ページ4


■ 第1回日本再生医療学会・抄録

 (2002年4月)

 【シンポジウム】

 4−6:中枢神経系の再生医学

岡野 栄之(慶応大学医学部・生理学)

 従来、損傷した脊髄は再生しないものと考えられていた。これはニューロンに分裂能(細胞としての再生能)がないことと、成体中枢神経系内においては軸索再生さえできなかったことに起因する。 しかしながら、成体の中枢神経系においても神経幹細胞が存在することと、神経軸索伸長阻害因子の分子実体が明らかになってきたことから、この常識は破られつつある。

 現在では、損傷を受けた中枢神経系の再生の strategy としては、神経栄養因子および関連遺伝子導入によるneuroprotection 、神経軸索伸長阻害因子の機能抑制による軸索再生、内在性神経幹細胞の活性化、神経幹細胞あるいは胚性幹細胞由来の細胞移植、骨髄間質細胞等の非神経系細胞の分化転換の利用等多岐にわたっている。

 神経再生を効率よく誘導し、医療として確立するためには、これらの技術を統合的に組み合わせて brush up していく必要がある。これらの点を踏まえて、本講演では脊髄損傷やパーキンソン病の再生医学を目指した我々の最近の研究結果について話したい。


 5−1:神経再生戦略における幹細胞療法の検討
 
         −各種幹細胞の比較解析−

本望 修ら(札幌医科大学脳神経外科)

 近年、神経再生戦略において幹細胞を用いた幹細胞療法が世界的に注目されている。我々は、ヒト神経幹細胞が、種々の神経損傷モデルへの移植実験で良好な生着・分化・組織修復能を呈することを報告してきたが、神経幹細胞以外にも神経再生医療に有効と推測される細胞が幾つか示唆されている。

 一つは、ドナー細胞として入手がさらに容易な骨髄細胞である。また、胚性幹細胞を用いた再生医療戦略も世界的に注目されている。神経再生医学の発展には、これら細胞の増殖・分化を制御する分子メカニズムの解明と、神経再生能の詳細な比較分析が重要と思われる。 今回我々は、ドナー細胞として成人由来神経幹細胞、骨髄細胞、臍帯血細胞を使用し、各種神経損傷モデル(脳虚血、頭部外傷、脊髄損傷、脱髄疾患)への移植実験で、その有効性についての総合的な比較解析を行い、神経再生医療への応用の可能性を考察する。


 5−2:ES細胞を用いた神経再生

嶋崎 琢也・岡野 栄之 (慶応大学医学部・生理学)

 神経幹細胞は、自己複製を行ない様々なタイプのニューロンやグリアを生産することによって、中枢神経系発生の様々な時間及び場所で、その構築と機能維持に関与している。 そして、近年の神経幹細胞の増幅技術の発達は、これまで困難であった特定の神経変性疾患および外傷の治療に新たな可能性をもたらしている。

 しかしながら、神経幹細胞の系譜決定や分化は、時間的および空間的に厳密に制御されており、例えば、神経発生の初期のみで生産される運動ニューロンやA9タイプのドーパミンニューロンは、成体神経幹細胞からも生まれることは通常なく、また胎児由来でも  in vitro (試験管内)で長期間培養増殖させた幹細胞では同様である。

 そこで、我々はES細胞から、神経発生初期に存在するものと同様な神経幹細胞を分化誘導し、特定のタイプのニューロンを効率的に生産および精製するシステムを開発中である。


 5−3:ヒト胎児由来神経幹細胞の解析

高橋 淳ら(京都大学・脳神経外科)

 神経脱落疾患に対する細胞移植療法の材料として神経幹細胞や胚性幹細胞に期待が寄せられている。我々は、ラット海馬由来の神経幹細胞の in vitro(生体内)、in vivoでの解析を行ない、この細胞由来のニューロンがシナプスを形成すること、この細胞の移植によって前脳虚血で低下した空間認識能が改善されることを明らかにした。

 他にも神経幹細胞移植による神経機能改善は多数報告されており、これらの結果を踏まえて神経幹細胞移植を臨床の場に応用するために、我々はヒト胎児から神経幹細胞を分離培養した。

 Neurosphere 法での培養によってラットの培養と同様の細胞が得られ、ニューロンやグリアへの分化が見られた。今後、文化や増殖のコントロールについての研究が必要と思われる。


 5−4:生体体性幹細胞を用いた神経再生医療の
     現状と実用化への課題

桜田 一洋(協和発酵東京研究所再生医療研究グループ)

 再生医療の実用化のために、有効性・安全性・汎用性などの観点から機能的に優れた幹細胞システムならびに治療戦略を特定することが必要である。近年の幹細胞工学の進展から、脳をはじめ成体組織の多くに体性幹細胞が存在し、本幹細胞が細胞老化や障害などで失われた機能性細胞の新陳代謝に働いていることが明らかになった。

 我々は成体組織での幹細胞から細胞新生と発生段階における細胞新生の異同を明らかにするために、成体海馬より取得した培養神経幹細胞を用いての成体脳でのニューロン新生に機能する因子の探索を行い、神経再生と神経発生を担う幹細胞と分化誘導因子(ニッシュ)が異なることを知見を見出したので報告する。

 また欧米の公的機関で実施されているパーキンソン病に対する細胞補充療法の臨床試験結果をもとに、幹細胞補充・幹細胞賦活・ニッシュ再構築という3つの治療戦略の可能性について論じる。


 5−5:神経幹細胞の異種間移植による
     神経再生戦略の可能性

内田 耕一ら(慶応大学脳神経外科)

 異種神経細胞同士が形態学的・機能的に有用な神経回路を構築しうるかを解明する目的で、ブタ神経幹細胞をラット脳へ移植し、そのシナプス形成能を中心に解析した。

 胎齢17日中ヨークまたミニブタ中脳胞部神経版由来の神経上皮型幹細胞(神経上皮細胞、bFGF反応性神経塊)をパーキンソン病モデルラット線条体へ定位的に移植し、4−12週後に行動評価とともに免疫組織化学的、電子顕微鏡的検討を加えた。

 ブタ神経幹細胞は、異種脳内でみごとに生着し、ロゼッタ形成と神経細胞への分化を示した。電子顕微鏡的には異種ドナー由来神経細胞の遠心性および求心性シナプスを証明できた。さらに、ドナー由来神経細胞突起には、見事なミエリン形成が観察された。

以上により、異種神経細胞同士が機能しうる神経回路網を構築するものと考えられた。


 5−6:神経伝達物質・神経栄養因子産生細胞株の脳内移植

伊達 勲ら(岡山大学医歯学総合研究科・脳神経外科)

 分子生物学的手法の発達により、種々の神経伝達物質・神経栄養因子産生細胞株を作製することが可能になっている。これらを、高分子半透明製のカプセルに封入後、脳内移植することにより、免疫学的拒絶反応や細胞の腫瘍化を制御することができた。

 また、パーキンソン病モデル動物や脳梗塞モデル動物の脳内に移植することにより、組織学的、生化学的、行動学的な改善効果が得られた。

 今後は、神経伝達物質と神経栄養因子の両者を同時に脳内に供給する方法の検討、ヒト由来の細胞株をドナーとして用いる方法の検討、カプセル化した神経幹細胞の移植による神経栄養因子供給源としての神経幹細胞の検討、などが課題としてあげれれる。


 5−7:神経疾患に対する細胞移植療法

板倉 徹ら(和歌山県立医大脳神経外科)

 神経疾患に対する細胞移植療法は神経回路網の再構築が期待できるため、神経難病の根治療法として注目されている。われわれは1991年からパーキンソン病に対し自家交感神経節の脳内移植を行い、良好な結果を得ている。

 パーキンソン症状のうち無道症と歩行障害に有効で筋固縮や振戦には無効であった。しかし、移植後症状の改善率は徐々に低下し、著効例が術後1年の30%から、4年後には15%に減少した。これは移植片の長期間にわたる生存が不可能であることを示唆している。

 実験的にはラット胎児細胞や幹細胞の移植をパーキンソン病とハンチントン舞踏病モデルラットに行い、移植片の生着、神経線維の伸長モデル動物の機能改善を見ている。その他の神経難病に対する細胞移植の問題点にも触れたい。



 【一般演題】

 202 脊髄損傷後の運動機能回復及び上衣に対する神経栄養因子の効果

小嶋 篤浩ら(さいたま市立病院)

目的:脊髄損傷後の運動機能および上衣細胞に対する神経栄養因子の効果を検討した。

方法:ラットの脊髄損傷部位へ人口髄液、EGF、FGF2、EGF+FGF2を3日ないし14日間髄腔内投与し、運動機能回復および上衣細胞の増殖や分化を比較した。

結果:EGF+FGF2投与群は、運動機能回復および上衣細胞の増殖を有意に促進した。しかし、いずれの群も上衣におけるnestin発現および上衣細胞の成熟細胞への分化を促進しなかった。

結論:EGF+FGF2の髄腔内投与は、脊髄損傷後の機能回復および上衣細胞の増殖を促進したが、上衣における神経前駆細胞の増殖や分化を促進しなかった。


 203 MBP-Cre/p35 transgenic mouseを用いた脊髄損傷後の運動機能に関する実験的研究

田村 睦弘ら(慶應義塾大学整形外科)

 脊髄損傷後の機能障害は神経細胞の壊死や軸索断裂に加え、それらに引き続き起こる髄鞘形成細胞であるオリゴデンゴロサイト(以下、OLG)のアポトーシスにより重症化すると考えられてきたが、これを直接証明した報告はこれまでにはない。

 今回われわれは、OLGにおける caspase の活性化を抑制したp35 transgenic mouse(MBP-Cre/CAG-loxP-neo-loxP-p35 mouse)を用いて、MASCISモデルに準じて重錘落下法により胸髄損傷モデルを作成し、運動機能評価と免疫組織学的検討を加えた。

 対照としてp35-/-マウスを用いた。運動機能評価はBBB scaleと行動解析装置(SCANET)を用いた。運動機能は両評価法において、TG群が対照群よりも有意に良好であった。

 p35 transgenic mouse では対照群と比較して、脊髄損傷後のOLGのアポトーシスは抑制され、運動機能障害が重症化しなかったものと推測している。


 204 サル脊髄損傷に対するヒト神経幹細胞移植後の画像及び病理組織学的検討

岩波 明生ら(慶應義塾大学整形外科)

 近年、自己複製能と多分化能を有する神経幹細胞の存在が明らかになり、中枢神経系における外傷や変性疾患に対する治療法への応用が注目を集めている。

 われわれは、既にラット脊髄損傷に対するラット胎児由来神経幹細胞移植を行い、脊髄損傷の再生と運動機能回復が得られることを確認しているが、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植医療を確立するためには、その前段階として霊長類脊髄損傷モデルに対するヒト神経幹細胞移植の有効性の立証が不可欠である。

 そこで今回われわれは、霊長類であるコモンマーモセットを用いて頚髄損傷モデルを作成し、サル脊髄損傷に対するヒト胎児神経幹細胞移植実験を行い、これに対し独自に開発した運動機能評価法を使用して、対照群と比較し良好な運動機能の回復を得た。

 そのメカニズムに付き、MRIによる画像的および病理組織学的両面から評価・検討を行ったので報告する。


 205 サル脊髄損傷に対するヒト神経幹細胞移植後の運動機能評価

金子 慎二郎ら(慶應義塾大学整形外科)

 一度損傷を受けた脊髄は再生しないと信じられてきたが、ラット脊髄損傷に対するラット胎児脊髄移植の有効性が報告され、損傷脊髄も環境が整えられれば再生することが示された。しかし、この結果を臨床応用するためには移植に必要な大量のヒト胎児脊髄を確保しなければならず、現実的には不可能と言わざるを得なかった。

 近年、移植材料として神経幹細胞が注目され、中枢神経系の外傷や変性疾患に対する治療への応用の有効性が報告されている。

 今回われわれは、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の臨床応用を実現するために、霊長類であるサル脊髄損傷に対するヒト神経幹細胞移植の有効性を検討した。重錘落下法によるサル頚髄損傷モデルを作成し、9日後にヒト胎児脊髄由来神経幹細胞移植を行った。 移植後の運動機能評価法の確立とその結果につき検討したので報告する。


 206 実験的脊髄損傷に対する末梢神経由来シュワン細胞移植による神経軸索誘導路構築の試み

高見 俊宏ら(大阪市立大学脳神経外科学)Marin Oudegaら(マイアミ大学医学部)

 脊髄損傷に対する再生治療は未だ困難であるが、近年、細胞移植による神経再生の可能性が実験的に示唆されている。

 今回の研究では、グリア系細胞移植による神経軸索誘導路構築に注目し、成体末梢神経由来シュワン細胞による損傷脊髄の神経軸索再生について検討した。

 成体ラットNYU脊髄挫傷モデルを用い、損傷1週間後に脊髄挫傷部に純粋培養した成体ラット由末梢神経由来シュワン細胞を定位微量注入した。 生存期間は損傷後12週間とし、組織修復、神経軸索誘導・修復、下肢運動機能の観点から解析した。

 損傷1週間後に行ったシュワン細胞移植により、脊髄損傷部での神経軸索誘導路の構築は可能であったが、有意な神経機能回復に結び付けるためには、さらなる検討と工夫が必要であることが示唆された。


 207 ハイブリッド型人工神経による神経の再生

仲尾 保志(慶応大学整形外科)ら

 Schwann 細胞がを3次元培養したハイブリッド型人工神経が、長距離の末梢神経損傷の再建に有効か検討した。

 ラット坐骨神経より分離培養したSchwann 細胞をP(LA/CA)スポンジ scaffold (PLLAメッシュ補強、コラーゲンコート)に seeding して10日間培養し、これを坐骨神経の20mm欠損損傷に移植した。

 移植前の電顕では、Schwann 細胞が scaffold 内でネットワークを作りながら大量に3次元培養されている様子が観察され、移植後8週の光顕では、有髄神経の再生による欠損部の架橋が見られた。細胞を seeding していないtube では架橋組織は見られなかった。

 ハイブリッド型人工神経は、培養したSchwann 細胞が神経栄養因子を分泌し、これまで限界とされた神経欠損長を超えて再生神経を誘導したと思われた。


 208 エラステイン/コラーゲンハイブリッドゲルと培養シュワン細胞を用いる人工神経

平田 仁(三重大学整形外科)ら

 末梢神経は体内で常に圧迫、伸長、屈曲など様々な機械的ストレスに晒されている。このため末梢神経には神経外膜、周膜、内膜という3層の支持組織が存在し、また、軸索、神経束いずれのレベルでも蛇行して走行するなどストレスを回避する機構が備わっている。

 現在さまざまな素材を用いて人工神経が開発されてきているが、いずれも可塑性に乏しく四肢など動きの多いところで用いるには問題が多い。

 我々はこの点を考慮してエラステインをベースとし骨格筋に近い弾性係数を有するチューブ、エラステイン/コラーゲンハイブリッドゲル、培養シュワン細胞よりなる人工神経を開発している。

 培養シュワン細胞は長軸方向に配列して生着し、それに沿って軸索は1mm/日と良好な速度で伸長する。また、チューブ、ゲルのいずれも生体分解性であり、6から12ヶ月で消失する。



 ■ 損傷脊髄への神経幹細胞移植

中村 雅也,戸山 芳昭,岡野 栄之(慶応大学医学部)

*「実験医学」2002年6月号より 

特集:ここまできた再生医療−中枢神経系の再生に挑む−

【要約】 これまで再生は不可能と考えられていた中枢神経の再生が、神経幹細胞を中心とした再生医学の進歩で現実のものとして考えられるようになった。

 損傷脊髄への神経幹細胞移植を成功させるためには、移植神経幹細胞の分化誘導と移植時期が重要である。つまり、損傷直後の脊髄内微小環境は炎症期であるため移植神経幹細胞の生存・分化に不利である。しかし、損傷後慢性期になると損傷部には軸索の再生を阻害するグリア瘢痕組織が形成されるため、損傷後1〜2週が移植の至適時期と考えている。さらに、in vitroの結果より神経栄養因子を用いることで、神経幹細胞の分化誘導や損傷軸索の再生を促せる可能性が示唆された。


 はじめに

 19世紀初頭に神経解剖学の巨星Ramon y Cajalがその著書において、“成体哺乳類の中枢神経系(脳と脊髄)は一度損傷を受けると再生しない”と述べて以来、この通説が長い間信じられてきた。しかし、1980年代に入り脊髄損傷に対する末梢神経や胎児脊髄移植が報告され、脊髄損傷後であっても損傷部に適切な環境が導入されれば損傷軸索の再生がみられることが示された。また、神経栄養因子が損傷軸索の再生を促進することや軸索成長阻害因子の同定など脊髄再生に関する数多くの報告がなされ、損傷脊髄の再生が現実のものとして考えられるようになってきた。

 われわれは脊髄損傷に対する胎児脊髄移植の有効性に注目してきたが、ドナー不足と倫理的な問題のため実際の臨床応用は不可能と言わざるをえなかった。 近年、神経科学の目覚しい進歩により、新しい移植材料として神経幹細胞が脚光を浴びている。本稿では、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の基礎的研究の現状と将来の展望について概説する。


 1 神経幹細胞について

 神経幹細胞(neural stem cell)とは、増殖し継代を繰り返すことができる(自己複製能)と同時に、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトという中枢神経系を構成する3種類の細胞をつくり出すことができる(多分化能)未分化な神経系の細胞である。造血系などの幹細胞生物学者は、これらに加えて損傷後の組織を修復できることも定義に加えているが、神経系ではこれを満たす幹細胞が存在するかどうかは、まだ証明されていない。

 神経幹細胞の生物学的特徴や生体内での局在に関する研究は、Weissらが開発した神経幹細胞の選択的培養法(neurosphere法)により大きく進歩した。この培養法は、中枢神経系より採取した細胞を非接着性の培養皿で高濃度のEGF(epidermal growth factor)かFGF-2(fibroblast growth factor-2)、またはその両方を含む無血清培地により培養する方法で、細胞中に含まれるわずかな神経幹細胞が増殖因子に反応して選択的に浮遊した状態で増殖し、細胞塊(neuroshere)を形成する。

 これらの細胞を分離し細胞1つずつを同様の条件で培養すると再びneurosphereが形成され、継代を繰り返しても同様にneurosphereが形成される(自己複製能)。これらの細胞を接着性の培養皿に撒き、培地から増殖因子を取り除き血清を加えると、ニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトに分化することができる(多分化能)。つまり、この培養方法により、一度胎児より目的とする中枢神経組織を採取すれば、大量の神経幹細胞を確保することが可能となり、胎児組織移植で問題であったドナーの確保については解決することができる。

 われわれは、損傷脊髄への移植を目的として、Weissらの方法に準じて胎齢14日ラット胎仔脊髄から神経幹細胞培養を行った。これらの細胞はneurosphereを形成し、神経幹細胞のマーカーであるnestinおよび増殖細胞を標識するBrdU陽性であった。さらに、Weissらの方法に準じて分化誘導を行うと1週間後にはニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへ分化した。しかし、その約半数の細胞はアストロサイトに分化し、ニューロンは全体のわずか5%であった。損傷脊髄への神経幹細胞移植を確立するためには、神経幹細胞の分化誘導メカニズムを解明することは必須といえる。


 2 神経幹細胞の分化誘導にかかわるサイトカイン

 神経幹細胞の分化誘導にかかわるサイトカインの報告は散見される。Weissらは、胎仔マウス線条体由来の神経幹細胞のニューロンへの分化がBDNF(brain-derived neurotrophic factor)により促進されると報告した。

 また、Ghoshらは胎仔ラット大脳皮質由来の神経幹細胞のニューロンへの分化がNT-3(neurotrophin-3)により促進されると報告した。McKayらは胎仔ラット海馬由来の神経幹細胞の分化が、PDNF(platalet-derived neurotrophicfactor)でニューロンへ、CNTF(ciliary neurotrophic factor)でアストロサイトへ、甲状腺ホルモン(T3)でオリゴデンドロサイトへとinstructiveに誘導されると報告した。さらに近年、田賀らは胎仔マウス神経上皮細胞由来の神経幹細胞のアストロサイトへの分化がLIF(leukemia inhibitory factor)とBMP-2(bone morphogenic protein-2)により促進されることを報告した。

 これらの報告の共通点は、CNTF、LIFなどのいわゆるIL-6(interleukin-6)スーパーファミリーである。すなわち、サイトカイン受容体のサブユニットであるgp130を介するシグナルが神経幹細胞をアストロサイトへ分化誘導すると考えられる。しかし、ニューロン、オリゴデンドロサイトへの分化に関しては相違点があり、これは神経幹細胞の採取時期や部位、培養方法の違いなどを反映したものと考えられる。

 従来の報告では、外因性の神経栄養因子による分化誘導について述べられてきたが、特に栄養因子を加えなくてもin vitroでは約半数の神経幹細胞がアストロサイトへ分化することから、われわれは内因性の神経栄養因子がparacrineもしくはautocrineに働き、glial lineageに誘導しているのではないかと考えた。

 そこで、分化誘導前と分化中の神経幹細胞の神経栄養因子mRNAの発現の変化を調べた。分化誘導前は、BDNFとCNTFの発現がみられたが、他の因子の発現はみられなかった。分化とともにBDNFの発現は減少したが、CNTFの発現は増加した。また、分化誘導中のこれらの細胞はCNTF受容体α陽性であったことからも、内因性のCNTFが神経幹細胞の分化に影響を与えていると考えた。

 そこで、内因性CNTFを抗体により中和すると、分化誘導後のアストロサイトの数は全体の約50%から約20%へと減少した。しかし、survival assayとprolifer-ation assayで神経幹細胞の生存や増殖への影響はみられなかった。つまり、内因性CNTFの中和により神経幹細胞のアストロサイトへの分化は抑制されたものと考えられる。

 一方、ニューロン、オリゴデンドロサイトの細胞数に変化がなかったこと、さらにnestin陽性な未分化な細胞数が増加したことから、アストロサイトへの分化が抑制され未分化な状態に留まった神経幹細胞が他の神経細胞へ分化するには、異なる神経栄養因子を必要としているのではないかと考えた。そこで、内因性CNTFの中和に加えてBDNFを投与すると、分化誘導後のニューロンの細胞数は全体の5%から約10%に増加し、NT-3を投与するとオリゴデンドロサイトの細胞数は20%から約40%にまで増加した。

 以上の結果をまとめると、これまでに報告された外因性に加えて、内因性のCNTFはin vitroにおいて胎仔脊髄由来神経幹細胞をglinal lineageに分化誘導し、外因性のBDNFはニューロンへ、NT-3はオリゴデンドロサイトへ分化誘導すると考えられる。しかし、この系譜図にもまだまだ不明な点が多く、近年前駆細胞(pro-genitor)が分化転換や脱分化を起こすとの新しい報告がなされたことにより、この系譜図も変貌しつつあり、さらなる研究が望まれるところである。


 3 損傷脊髄内微小環境の変化からみた神経幹細胞の至適移植時期

 移植神経幹細胞の生存・分化に、ホストの微小環境が影響を与えることはよく知られている。in vitroで神経幹細胞の分化誘導に影響を与える種々の因子がホスト内でどのように変化するのかを明らかにすることは、神経幹細胞移植を成功させるためには必要不可欠である。

 そこでわれわれは、前述した神経栄養因子が損傷後脊髄内でどのように変化するのかを検討した。成体ラット脊髄内では損傷前に最も高い発現を示したのはCNTFで、BDNFの弱い発現も見られたが、他の因子の発現はほとんどみられなかった。損傷後1〜4日に脊髄内で、CNTFとNGF(nerve growth factor)の発現は損傷前と比較して有意に増加し、特にCNTFは他の栄養因子と比べ非常に高い発現を示した。また、BDNFとGDNFも損傷後一過性に増加した。しかし、NT-3、NT-4の発現は損傷後もほとんどみられなかった。

 近年、正常成体ラット脊髄内にも神経幹・前駆細胞が存在し、損傷後これらの細胞は増殖し損傷部に移動するが、そのほとんどがアストロサイトに分化することが明らかになった。われわれの結果とin vitroのこれまでの報告をあわせ考えると、損傷後脊髄内のCNTF発現の増加は、内在性神経幹細胞をアストロサイトへ分化誘導する要因の1つと考えている。さらに、ニューロンやオリゴデンドロサイトへの分化誘導を促す、NT-3やBDNFの発現が低いことも内在性神経幹細胞からのニューロンやオリゴデンドロサイトへの分化を起こしにくくする微小環境と考えている。

 さらに興味深いことに、損傷後に旺盛な損傷軸索の再生がみられる新生ラット損傷脊髄内の神経栄養因子の発現を成体ラットと比較すると、CNTFの発現が有意に低く、BDNFは有意に高かった。CNTFは前述したように内在性神経幹細胞をアストロサイトへ分化誘導する。このように損傷後CNTFの発現が低く、損傷部にグリア瘢痕組織の形成がほとんどみられないことからも、新生ラット損傷脊髄内の環境は損傷軸索の再生によりpermissive(許容的)な環境と考えている。

 神経幹細胞移植を成功させるためには移植細胞の分化誘導とともに、生存率を向上させることも重要な問題である。損傷脊髄内では、種々の炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1α、IL-1β、IL-6)が損傷後6〜12時間をピークに4日後まで上昇する。これら炎症性サイトカインは、濃度依存性で神経毒性と神経栄養性の二面性の作用をもつことが知られており、損傷脊髄内における作用に関しては慎重な解釈が必要である。

 しかし、少なくとも損傷後7日以内の極端な発現の増加は神経毒性であり、移植神経幹細胞の生存には不適な微小環境と考えている。一方抗炎症性サイトカインであるTGFβの発現は損傷直後には上昇せず、その後徐々に上昇し損傷後4日にピークに達する。つまり、TGFβは損傷脊髄内の炎症性環境を沈静化する働きがあると考えられる。

 以上を総括すると、移植神経幹細胞の生存・分化の観点から考えた至適移植時期は、少なくとも損傷直後ではないと言える。しかし、損傷後あまり時間が経過すると、損傷部周囲にはグリア瘢痕組織が形成され軸索の再生を阻害するため、現在われわれは至適移植時期を損傷後7〜14日頃と考えている。

 近年、Bregmanらは脊髄損傷に対する胎仔脊髄移植を損傷直後と2週後に行い、詳細な解剖学的検索と運動機能の回復を2群間で比較検討した。その結果、損傷2週後に移植した動物のほうが、損傷直後に移植したものより、損傷軸索の再生、下肢運動機能の回復ともに優れていた。この結果は、亜急性期の損傷脊髄内の微小環境が移植胎仔脊髄にとってより適した環境であったことが1つの要因と考えられる。


 4 損傷脊髄への神経幹細胞移植の現状と展望

 McDonaldらは、神経幹細胞より未分化な胚性幹細胞をレチノイン酸で分化誘導し、ラット胸髄内に損傷後9日目に移植した。2週後には移植細胞のニューロン、オリゴデンドロサイト、アストロサイトへの分化がみられ、5週後には後肢運動機能が改善したと報告した。しかし、運動機能の回復メカニズムに関する詳細な検討はなされていないため、今後の課題と言える。彼らの報告のポイントは前述したように、亜急性期(損傷後9日目)に移植を行ったことであり、おそらく脊髄損傷直後に移植したとしても、内在性幹細胞と同様にアストロサイトのみに分化した可能性が高いと推測している。

 われわれは安全性(腫瘍化と分化誘導)と倫理的な問題を考慮すると、胚性幹細胞よりも胎児由来神経幹細胞のほうが現時点ではより臨床に近い移植材料であるとの考えから、損傷後9日目のラット脊髄に胎仔由来神経幹細胞移植を行い、移植神経幹細胞のニューロンへの分化と運動機能の回復がみられたことを報告した。

 損傷後に末梢神経系では起こる軸索の再生が、中枢神経系では起こらない要因の1つとして、中枢神経系には軸索再生を阻害するさまざまな因子が存在することがあげられる。神経幹細胞がいかに優れた移植材料であったとしても、この中枢神経系に存在する軸索再生阻害因子の問題の解決なくして、有効な神経幹細胞移植の確立は不可能といえる。

 現在までに発見された中枢神経系に存在する軸索伸展阻害因子は、中枢神経軸索を取り巻くミエリン関連タンパク質と、セマフォリンやコンドロイチン硫酸など損傷部に形成されるグリア瘢痕組織に由来するものに大別される。 

 すでにBregmanらは脊髄損傷に対する胎仔脊髄移植にミエリン関連タンパク質に対する抗体を併用して、損傷軸索の良好な再生と運動機能の回復を報告している。今後は、このような胎仔脊髄移植で得られた効果が神経幹細胞移植においても可能かどうかを検討する必要がある。さらにグリア瘢痕組織に存在する軸索伸展阻害因子として注目を集めているセマフォリンなどを抑制する化合物の開発も期待される。


 おわりに

 近い将来に、これらの基礎的実験で得られた結果を臨床応用するためには、よりヒトに近い霊長類を用いた実験系の確立も急務であり、現在われわれはこの問題に取り組んでいる。これらの山積する問題を解決できれば、神経幹細胞を用いた脊髄損傷に対する再生医療も可能となる日が必ず訪れるものと確信している。

                  <図は省略>


 Profile  筆頭著者プロフィール

 中村雅也:1987年慶應義塾大学医学部卒業、同大学整形外科学教室入室。現在同大学整形外科助手。’98年より米国ジョージタウン大学神経科学教室研究員としてBregman教授のもとで脊髄損傷に対する胎仔脊髄移植、さらに’99年より当時大阪大学神経機能解剖学岡野教授(現慶應義塾大学生理学教授)との共同研究で、脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の研究に従事し、現在に至る。

 基礎的研究が臨床に結びつき1日も早く脊髄損傷が治癒できる日が来ることを願い研究を続けている。




NEXT  ページ5 (全6ページ)

      4    



HOME