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| 脊髄に歩くことを教える (Teaching the Spinal Cord to Walk) |
| 雑誌「SCIENCE」1998年1月16日号 VOL.279, pp.319-321 (囲み記事を除く部分の全訳) 翻訳 中久喜健司 |
| 適切なトレーニングをすることで、脊髄損傷患者の中には 少なくともある程度の歩行能力を取り戻せる人がいる事を 最近の多くの研究結果が示している。
中久喜 健司
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二年前、27歳のTorsten Sauerは療法士の手を掴み、6年振りの第一歩を踏み出した。それまで彼は、1989年のオートバイの事故で脊髄の一部を断裂して胸から下がほとんど完全麻痺になってから、車椅子の生活を余儀なくされてきたのである。しかし、1995年にテレビのニュース番組に促されて、ボン大学の神経生理学者Anton Wernigによる実験的リハビリプログラムに参加するために、故郷ドイツのエルランゲンを旅立った。Karlsruheの近くにあるWernigの診療所では、療法士はSauerを持ち上げて、トレッドミル上をパラレルバーにつかまりながら3メートル程歩くのを補助した。「そりゃ、驚きだったよ」と、Sauerは回想する。
10週間のプログラムでは、特別にトレーニングされた療法士に補助してもらったり、ハーネスを使って体重の一部を支えたりして、トレッドミルの上を歩く練習をする。今では、Sauerは車輪付きのウォーカーを押して彼のアパートの周りを歩いたり、本屋に立ち寄って、以前は届かなかった棚から本を取ったりできる。補助があれば、階段を数段登ることもできるのである。そして、それはSauerだけではない。かつては車椅子生活を強いられていた何十人もの脊髄損傷患者達が、Wernigのプログラムのおかげで今ではある程度歩けるようになっているのである。
トレーニングによってある程度歩行能力を取り戻せるという考え方は、猫、そして今では人間における多くの証拠によって裏付けられてきている。その事は定説に反して、補乳類の成体においては歩くために必要な機能を、脳からはほぼ独立に脊髄が自立的に果たせる事を示している。さらには、最近のデータによると、脊髄の中で運動を司っている神経回路が自分自身の接続を変更することによって"学習"できる事を示しており、Wernigがこれまで見てきた運動能力の改善を説明できる可能性がある。カナダのエドモントンにあるアルバータ大学で歩行の神経生理学の専門家をしているKeir Pearsonは、「多くの活動が現在なされており、非常に上向きなムードがある。人々はトレーニングによって脊髄損傷者の能力を高めることができると考えている。」と言っている。
勇気付けられる結果とはいえ、まだ初期段階のこれらの結果を確認するためにはさらなる研究をする必要がある。実際、この説を擁護する人達でさえも、治療によって個々の患者においてどれだけの機能回復が期待できるかは誰にも分からないのだ、と注意を促している。さらに言えば、アメリカ合州国だけでも20万人にものぼる脊髄損傷患者の多くは、そのような方法による機能改善は望めないであろう。スウェーデンのストックホルムにあるカロリンスカ工科大学の神経生理学者であるSten Grillnerによると、特に脳と怪我の部位以下の神経伝達がまったくないほどひどく脊髄がダメージを受けている場合には、トレーニングによって患者が歩けるようになるとは考えにくいとのことである。そういった人達は歩き始めたり止まったりするのを自分の意志でコントロールすることが非常に困難である。さらに彼によると、運動訓練はバランスまでも回復させることにはならないというのだ。その結果、クリストファー・リーブのような四肢麻痺患者は腕を使ってウォーカーやその他の機器のところで体を支えることができず、直立姿勢に支えてもらえなければ歩くことを学習できないのである。
しかし、この訓練法がうまくいくということが、いつの日かより多くの臨床テストで本当に証明されれば、最終的には多くの脊髄損傷患者の治療法が変わることになる。今日では、問題なく動かせる筋肉を強化したり、柔軟性を保つための治療をする以外は、医者はそのような患者をほうっておくことが多い。患者を立たせたり、空中で自転車をこぐように足を動かさせたりするような現在のリハビリ手法は常に効果があるとは証明されていない。
しかし、この新手法は「『これがあなたの運命ではないかもしれないのだ。』と車椅子の人達に向かって呼びかけているのです」とクリーブランドにあるCase Western Reserve大学で生物医学エンジニアをしているJ. Thomas Mortimerは言う。彼はその訓練によって通常の歩行ができるようになることはないことを認めながらも、数歩歩くことができるようになるだけでも、数段階段を上ることができるようになるだけでも、友達の家や映画館や狭いお風呂場のような以前は行けなかった場所に入ることができるようになったりして、その人の生活を劇的に変えることができるのだということを言っている。