脊髄に歩くことを教える

(Teaching the Spinal Cord to Walk)

雑誌「SCIENCE」1998年1月16日号 VOL.279, pp.319-321
(囲み記事を除く部分の全訳)     翻訳 中久喜健司

人にとっての小さな一歩(Small steps for man)
  これらの初期の研究は規模が小さく、十分な管理ができていなかったし、人間の脊髄が運動の指令を出すための神経回路を持っているという証拠がなかったので、関心をもつ研究者はほとんどいなかった。しかし、1994年に麻痺治療マイアミプロジェクトのBlair Calancieが報告した、17年前に脊髄を部分的に切断した男性のケーススタディの中にそのような証拠が出てきた。歩行訓練を含む集中理学療法処方を始めて一週間後、ある晩仰向けに寝ているときに突然彼の足が"歩き"だしたというのだ。

  その歩行が自発的なものではないので、Calancieによると、彼の足の動きは脳によってコントロールされているのではなくて大部分は脊髄で生まれた信号で動いているのだということを示唆しているという。実際、Calancieと彼の同僚たちが、足をコントロールしている神経の活動を反映している足の筋肉の電気的活動を測定したところ、猫と同じように、伸筋および屈筋神経が時計のような規則性をもって交互に信号を出していることが分かったのである。

  それ以来、人間の脊髄が歩行に付随する感覚にさらされると、歩行しているような電気信号パターンを脊髄が生成するという証拠をいくつかのグループが確認した。例えば、1995年にスイスのチューリッヒにある大学病院BalgristにおいてVolker Dietzと彼の同僚達は、脊髄が完全に脳から切断されている10人の対麻痺患者を、動いているトレッドミル上にハーネスで体重を支える形で立たせることで歩行の要素を引き出すことができた。彼らは、それらの患者の足の筋肉の活動パターンはトレッドミル上を歩いている健常者のものに似ていることを発見した。

  その同じ年に、ドイツにいたWernigと彼のチームは、脊髄の歩行プログラムが受傷後の訓練に有効だとする初めての強力な論文を出した。European Journal of Neuroscienceに掲載された彼らの研究では、部分的に麻痺した患者に3週間から20週間のトレッドミル訓練を受けさせた場合と、同じような患者を以前の伝統的な治療法による訓練をした場合とを比較している。開始時には車椅子に座っていた脊髄損傷をしたばかりの36人の患者のうち33人は、トレッドミルによる訓練の後、少なくともウォーカーや杖を使って一人で歩けるようになった。対照的に、伝統的な方法による訓練では24の車椅子患者のうち12人しか一人で歩けるようにならなった。そして、怪我をしてからもっと時間が経っている車椅子患者の場合、33人のうち25人までもがWernigのプログラムによって一人で歩けるようになったが、以前の方法では14人中1人だけしか一人で歩けるようにならなかった。

  ちょうど去年(1997年)Journal of Neurophysiologyの中で、Susan HarkemaとBruce Dobkin、EdgertonそしてUCLAの彼らの同僚達が、歩行訓練プログラムがどのように対麻痺患者に有効となるかを説明する一助となるような、人間の脊髄から得られた詳細な証拠を報告している。彼らは、4人の完全脊髄損傷患者に補助付きでトレッドミル上を歩かせて、患者の3つの足の筋肉から電気信号を取り出して記録し、その瞬間瞬間の足への荷重も記録した。二人の健康体の人にも同じようにして測定した。

  どちらの被験者の場合でも、筋肉の活動として測定される脊髄からの信号は足にかかる荷重に大いに依存していることが分かった。足への荷重が大きくなればなるほど、筋肉の活動(すなわち脊髄の信号)も大きくなるのである。さらには、筋肉の活動は歩行動作の過程に合わせるように起きており、ゆえに、歩行動作を進めるのにちょうどいいタイミングで筋肉の活動が起きているのである。この結果は、人間の脊髄が歩行の動作に同調するために、足にかかる荷重や複雑な感覚の情報に頼っていることの"すばらしい証拠"となる、とEdgertonは言う。

  いつの日かそのようなデータによって、脊髄が歩行の過程をもっとも効率よく調節するために、どのような種類の感覚信号を必要としているのかということが分かるようになって、訓練処方を最適なものにするための一助となるであろう。しかし、多くの臨床医がリハビリプログラムの一部として運動神経トレーニング(locomotor training)を取り入れるようになるまでには何年もかかるかもしれない。そのひとつの理由としては、他の方法を教えられてきた専門家たちは、トレッドミルでの歩行訓練がよりよい結果をもたらすことに納得しないからである。

  それは、一部にはその証拠となる事柄をあまりよく知らないからで、一部にはもっと大規模な比較研究がまだなされていないからである。フィラデルフィアにあるトーマス・ジェファーソン大学病院のリハビリテーションの専門家であるJohn Ditunnoは「これらの新しい方法はどれもまだ以前の方法に比べて優れていると証明されていないと思っている」と述べている。




関連資料 TOP    NEXT