脊髄に歩くことを教える

(Teaching the Spinal Cord to Walk)

雑誌「SCIENCE」1998年1月16日号 VOL.279, pp.319-321
(囲み記事を除く部分の全訳)     翻訳 中久喜健司

Moving to the beat
  哺乳類の脊髄が歩くための洗練された神経構造をもっていることが最初に示唆されたのは1910年のことである。イギリスのオックスフォード大学の神経生理学者であったCharles Sherringtonが脊髄を完全に切断された猫が限られた歩行動作しかできないことを発見したのである。しかし、脊髄が運動をつかさどっていることを断定するまでにはそれから数十年かかっている。

  1967年にスウェーデンのGoteborg大学のAnders Lundbergと彼の同僚達は、"運動に関係している感覚の信号"が脊髄に入らないように、大人の猫の脊髄と脳との接続を切断してさらにすべての筋肉を麻痺させることによって脊髄を孤立させてみた。そして、その猫の脊髄ニューロンを活性化させるために、脊髄の主な神経伝達物質のひとつであるドーパミンの先駆物質であるL-dopaを注射してみた。そして、足を曲げるニューロンと足を伸ばすニューロンが交互に信号を出していることが分かったのである(図1参照)。



  彼らは、脊髄が運動のための"リズム発生器"を持っており心臓のように鼓動し、感覚の信号と脳のどちらからも独立していると断定した。1970年代に、同じくGoteborg大学のGrillnerとPeter ZanggerはLundbergの結果を確認しさらにそれを発展させた。彼らは、脊髄が基本的な運動リズムの信号だけでなく、筋肉ごとに異なる神経信号を送るというようなきめ細かな電気信号を作り出すことができることを示した。

  研究者達が切断された脊髄から電気信号を拾っていた中、多くの研究室でその信号によって何らかの機能を得られるかもしれないという兆候を得ていた。例えば、Grillnerのチームでは、猫の脊髄を切断した場合、切断後すぐにある種の薬を投与されれば、大人の猫は一時的にしか歩けないのに対し、子猫はうまく歩くことができるようになったのだ。しかし、大人の猫で怪我をしてから時間がかなり経っている場合にはあまり歩けなかった。足を踏み出させたり、バランスを取ったりするのを助けてやらねばならず、体重も支えてやらねばならない状態であった。そして、そのような状態の動物が回復できるなどと信じている専門家はほとんどいなかった。大人になりきった脊髄は柔軟性がなさ過ぎて、受傷後に脊髄自身が独立した運動能力を獲得するために回路接続を微妙に調整するということができないと考えられていたのである。

  しかし、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とカナダのモントリオール大学でそれぞれ別のチームを率いているReggie EdgertonとSerge Rossignolの二人の神経生理学者はそれほど悲観的ではなかった。そして実際、1980年代のさまざまな研究結果から、慢性「脊髄猫」(切断された脊髄を持つ動物がこのような呼ばれ方をする)が普通の猫と同じような運動指令パターンを学習できることを両方のチームが示したのである。

  例えば、1987年に公表されたある研究では、RossignolとHughes Barbeau(Rossignolの学生で当時博士課程を終了して研究者をしていた。現在はモントリオールのMcGill大学にいる)は3匹の脊髄猫にトレッドミル上を後ろ足で歩くようにする訓練を週に2,3回受けさせて、歩く能力が劇的に向上したことを示した。その猫たちは当初はしっぽをつかんで持ち上げてやる必要があったが、最終的には歩くあいだ臀部を自力で支えることができるようになった。そして、トレッドミル上で立ち、ゆったりとした自然に見える歩行を習得することができたのである。それと同時に、その猫たちの歩いてる姿をビデオカメラに収めた結果から数値的な測定を行った結果、関節の角度や足の動きが無傷の猫にだんだん似てきていることが分かったのである。さらには、その猫たちの足の筋肉はより普通に近い電気的活動のパターンを示し始めたのだ。

  そして、1990年代の初めにEdgertonのチームのメンバーが損傷した脊髄が学習できる内容には驚くべきほど特徴があることを発見した。彼らは、3つの脊髄猫のグループを作ってそれらの歩行能力を比べた。3つのグループとは、回復訓練をしないグループ、歩行訓練をするグループ、立つことだけを教えるグループである。歩くことを教えたグループは5ヶ月の訓練の後、他のグループに比べてより自然にそして早く歩くことができることが分かった。対照的に立つことだけを教えられたグループはほとんど歩くことができなかった。Edgertonによれば、この結果は脊髄が学習することができるということだけではなく、脊髄が学習する内容は脊髄が受ける感覚の入力に依存することが分かったのである。「もし猫に歩くことを教えれば、猫は歩くようになる。もし猫に立つことを教えれば、猫は立つようになる。しかし、歩けるようにはならない。」と、Edgertonは結論付けている。

  このような勇気付けられる結果があるにも関わらず、ほとんどの専門家は脊髄損傷をした人間が適切な訓練を受ければ歩けるようになるという考え方を否定している。彼らは、結局猫ではなく人間において、そのようなことが起きたのを見たことがなかったのである。ひとつの例外がMcGill大学のBarbeauのところにある。1989年に終了した試験的研究では、彼のチームは10人の患者に、40パーセントの体重まで支えることができるハーネスを使って、トレッドミルの訓練を受けさせた。その結果、トレッドミル上においても地面においても、歩くときに支えられる自分の体重の割合や歩くスピードにおいて、訓練開始時に支えなしで歩けたかどうかにもよるが、6週間後にはかなりの回復が見られたのである。1990年までに、Wernigのチームも12人の患者に関してトレッドミル訓練がよい効果をもたらしたという結果を得ている。




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