アメリカでのリハビリ体験

――せきずいを損傷、3ヵ月後には 走れるまでに――
中久喜 健司

▼ 私がアメリカで受けた治療(リハビリ)について説明します。

 まず私が怪我をしたのは1997年9月18日(現地の日付)で、スカイダイビングで着地の時に転倒し頭を打ってC5のあたりを骨折しました。足や腕などは怪我をしていなかったことは、その後のリハビリを考えると幸運でした。

 怪我をした時ははっきりと意識がありましたが、首から下は全く動かなくなっており、すぐさまカリフォルニア州サクラメントにある、UC (カリフォルニア大学)Davis Medical Centerという病院に運ばれました。

 始めは医師たちは手術すべきかどうか迷ったらしく、首の牽引をして数日間様子を見ました。その後結局、9月22日に手術を行いました。私の手術もクリストファー・リーブのように腰から骨を取り、首の破損部にその骨を使って、チタンワイヤーで固定するというものでした。そして、しばらく首を固定するために Halo vest(ハローベスト)を付けられました。

 手術後一日くらいでICUから普通の病棟に移った時の状況は、呼吸は何とかできるものの、少ししか空気を吸うことができず、食べ物をうまく飲み込むことができず、特に水を飲むと肺にすぐに入ってしまって、そのせいで痰がたくさん出て大変でした。もちろん、その痰を吐き出す力もないわけです。その時点では、足がかすかに動かせて、手は親指をかすかに動かせるくらいでした。

 体力的にはかなり辛い状況だったのですが、4日後の9月26日にはリハビリを開始していました。向こうでは、とにかく早くリハビリを開始することが重要だという考えが浸透していて、私の場合も他に怪我をしている部分がなかったので、すぐにでも始めることになったのです。

 セラピストはOTもPTも大学院を出ている人ばかりで、患者に対する接し方などが非常に優れていました。リハビリ中は必ず1人以上のセラピストが付きっきりで指導し、多くの場合はボランティアの人達が一緒にリハビリの手助けをしてくれるので、1人の患者に2人の人がついている事が多かったです。始めのうちは立ちくらみをしないように、体を起こす前に腹巻き(abdominal bind)をして、足全体を布でぐるぐる巻きにして起き上がるようにしていました。

 リハビリの内容は、始めの1、2日はベッドの横に座ってバランスを取ったり、殆ど動かない腕を利用してどのように、車椅子とベッドの間を移動するかという様なことをやりました。数日後には無理矢理持ち上げられて、まっすぐに立たされました。始めは10秒、それから徐々に時間を長くするという感じです。PTには殆ど女性はいませんでしたが、このようなかなり筋力を必要とするリハビリの補助ををやらなくてはいけないことも理由の一つなのかも知れません。

 それから、平行棒の所でセラピストに支えられると同時に、自分の手で支えながら、歩いたりエアロバイクを漕いだり、回復の度合に合わせて、できることをどんどんやって行きました。直径70cmくらいの大きさのゴムボールを使い、その上に座ってバランスを取る練習をしたり、サッカーボールほどの軽いゴムボールを患者どうしでキャッチボールしたり、いろんな遊び道具を使ったリハビリもやりました。でも、むやみやたらにたくさんリハビリをしていたわけでもなくて、セラピスト達は、やりすぎで筋肉を痛めてしまうことがないようによく配慮してくれていました。むきになって一生懸命やろうとすると、"Take a rest."と良く言われたものです。

 リハビリは午前、午後ともに1時間半づつだったと記憶しています。ベッドの上で一人でできるリハビリをいろいろ教わりやっていました。指のリハビリのための粘土の様なものももらって良く使っていました。

 私の場合、central code syndromeといって、上半身を動かす神経部分が大きなダメージを受けていたため、下半身は自分でもたった1日間の変化が分かるほどどんどん回復していたのですが、腕や手はなかなか動いてくれなかったので必死でした。10月下旬くらいにはなんとか一人で歩けるようになりました。しかし、11月5日に UC Davis Medical Centerを退院し帰国した時点では、まだ手をしっかり握る事はできず、左腕は重力に逆いまっすぐに伸ばすことができるかどうかという程度でした。

 帰国後は、仙台市の東北労災病院に入院しリハビリを継続しました。一通り体は動くようになっていたので、どんどんリハビリをして12月24日に退院するまでには、走れるようにさえなっていました。握力も東北労災病院で最初に計った時は3キロくらいでしたが、退院時には両手とも30キロ近くになっていたと思います。退院後もスポーツクラブに通い一生懸命トレーニングしたおかげで、今では全く日常生活には支障がない程度の筋力はついています。

 アメリカと日本の病院でのリハビリの違いは、開始の時期やアグレッシブさであると思います。患者が1人ではできないことを、力ずくで助けてあげてやらせることによって最大の効果を上げようとするのがアメリカでのやり方です。もちろん、細心の注意を払ってやっていました。

 またアメリカのセラピスト達は教育程度が高いという印象を強く受けました。患者への接し方が非常にうまい。どうすれば、患者がやる気を起こし、楽しくリハビリに取り組めるかをよく分かっている。
 アメリカでは、患者への説明がとてもしっかりしています。どうしてそれをやるのか、どうすればうまくできるのか、患者がきちんと理解できるように説明してくれました。それに比べ日本のセラピスト達は説明不足という感じは否めません。

 その背景には、日本では1人のセラピストが同時に何人もの患者を面倒見なくてはならない現状があります。つまり、日本では十分な体制が整っていないのです。日本でもどんどんアメリカの技術を取り入れようとしていますが、決定的に違うのは、アメリカでは怪我の直後からアグレッシブに患者にリハビリをさせようとするのに対し、日本では「無理せずにできるようになったらやりましょう」という感じでのんびりしているという所でしょうか。




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