pdf形式でダウンロード kokyuukironbun5.pdf  34kb
人工呼吸器長期依存による
高位頸髄損傷者の在宅化の条件
松井 和子
東京都神経科学総合研究所
(現、国立看護大学校看護学部部長)

〔「日本パラプレジア医学会雑誌」第7巻 pp.124-125、1994〕

 Key words:Respiratory quadriplegia(呼吸不全性頸髄損傷)、
Home ventilation(在宅人工呼吸療法)
Independent living(自立生活)



 [目的] 
 Respiratory quadriplegia (以下Resp.Quad.と略)は、在宅人工呼吸療法の普及によって、救命のみならず自宅退院の対象となってきた。海外の報告によれば、Resp.Quad.は在宅人工呼吸療法の最適な例とされ、その理由は自立生活が可能な対象であり、経済的、生活の質的にも利点が大きいことである。

 しかし最近、当研究室に在宅生活の相談を寄せる事例は、その利点よりも家族の負担が際立ち、家族介助に全面依存した療養状態であり、海外の自立例に比べ質的な差異を示す。そこで本論は、自立型と対比した在宅療養型の特徴を分析し、Resp.Quad.の在宅生活に必要な条件の解明を目的とする。


 [対象] 
 1990年から'93年8月まで当研究室が係わったResp.Quad.は9例、内訳は自宅退院4例(1例は3カ月後死亡)、療護施設入所が1例、入院中4例、うち在宅模索中が2例である。本報告の対象は、継続的なデータを収集できた在宅2例、施設1例、および在宅模索中の2例と計5例、全例男性である。

 その対象5事例の受傷原因、受傷年齢、人工呼吸器依存期間と1日の依存時問を示したのが表1である。なお本事例の対照群とした自立型の事例は、米国の1例とカナダBritish Columbia (以下B.C,カナダと略)の5例であり、いずれも20代から30代の男性で、麻痩のレベルは表1と同一のResp,Quad.である。


                 表1 対象事例
事例 在宅 在宅 施設 病院 病院
S K M A N

受傷原因

スポーツ

交通事故

スポーツ

交通事故

交通事故
受傷年齢 13 37 32 15 30
人口呼吸器
使用期間*
(年/月)
6/0 12/1 5/3 7/4 2/7
人口呼吸器
使用時間
(一日)
24 24 24 24 24
 *1993年9月現在


 [結果] 

 @ 表2は、Resp,Quad.の在宅療養で最低限必要条件とされる呼吸装置、呼吸器ケア、受け入れ家族と住宅について事例別の整備状態を示した表である。まず条件別の整備状態について、在宅で使用する呼吸装置は現状では自費とされるが、全例とも最低1台は購入あるいは購入予定である。呼吸器ケアについて最低必要な気管力ニューレの交換と定期検診は、入院中の病院から供給されたのが在宅の2例、紹介が施設の1例、家族が自力で確保予定が1例、未確保が1例である。さらに介助者となる家族の受け入れは、施設入所者を除いた4例ともあるが、いずれも妻または母一人の専従介護体制である。

 住宅は、呼吸器ケアを供給する医療施設と近距離が必要条件となり、その近距離に自宅があったのは、5例中1例のみである。他の4例中2例は入院中の病院から自宅あるいは施設近くの病院を紹介されたが、在宅模索中の2例の家族が自力で探した病院は、ともに自宅から遠距離のため、1例は事故の賠償金で近くに家を購入予定である。他の1例は購入資金がなく、賃貸住宅を探すが、条件に合う住宅を見つけられず退院の目処が立っていない。


       表2 在宅の必要最低条件
S K M A N
人工呼吸器 + + + *
+
*
+
横隔膜ペーサ + + *
+

在宅ケア
カニューレ交換 + + + - *
+
訪問看護 + + - - *
+
定期検診 + + + - +
家族の受け入れ + + - *
+
+
住宅 + + + - *
+

退院
+ + + - *
+
現状 在宅 在宅 施設 入院 入院
 *
 +:予定
 
 
 A 表3は、Resp.Dep,が最低限必要とするケアに関する家族の役割を入院中、施設と在宅別に示した結果である。5例とも四肢完全麻癖であり、日常生活のすべてが全介助の状態である。まず入院中の2例をみると、2例とも24時間付添婦が付くが、器材の消毒を除き呼吸装置の安全確認を含めていずれのケアも家族は関与する。しかしケアの責任者は職員であり、家族はその手伝いである。

 一般に家族は施設内ケアに関与しない療護施設でも、表3で明らかなように入院中と同様に家族がケアの一部を分担するのみでなく、横隔膜ペーサの使用は家族に限られている。さらに在宅者になると、毎週、あるいは隔週に1回、訪問する看護婦が消毒や装置を点検する以外、日常のケアは介助者である家族の全責任となっている。


    表3 最低必要なケアとケア供給者
在宅
S
在宅
K
施設
M
病院
A
病院
N
身辺ケア FA + + + + +
AT + +


HN +
吸引 FA + + + + +
AT +


HN + + +
消毒 FA + +
HN + + +


BN + +
安全点検 FA + + + + +
AT +


HN + + +
装置切替 FA + +
 FA:家族 AT:付添 HN:病院・施設職員
 BN:訪問看護婦
 装置切替:人工呼吸器と横隔膜ペーサの切替


 B 表4は、在宅者2例の生活状態を自立生活のモデルとされる米国とB.C.カナダの事例と比較した対照表である。在宅2例は自立型の事例と比べてつぎの5点の特徴的な差異を示す。まず第1に日中の行動範囲であり、自立型の事例がいずれも電動車椅子やECS〔環境制御機器〕の活用で自由に外出し、地域を行動範囲とするのに対し、在宅の2例はベッド上に限られ、入院の延長上の療養生活状態であり、自立型に対し療養型の特徴を示す。第2は、専門的呼吸訓練の指標となる人工呼吸器の最大離脱時間であり、自立型が数時間以確保されているのに対し、療養型はゼロ(不明)と45分間である。

 第3は陽圧換気の有無に係わらず自立型が音声対話を可とするに対し、療養型は不可である。第4は専従介助者であり、自立型が有料介助に対し、療養型は家族である。第5は1日の介助必要時間が、自立型の約8時間に対し、療養型では妻または母をほぼ24時間拘束する介助体制である。


        表4 療養型と自立生活型の比較表
事例     在宅療養型
           S     K  
自立生活型
 B.H.     Creekview
 (USA)    (カナダ)
日中行動範囲 ベット上 ベット上

人工呼吸
陽圧換気 + +
横隔膜べーサ +

ニューモベルト
最大離脱時間 なし 45分
音声対話 - -
復学・進学 -
専従介助者 家族 家族
介助必要時間`
家族拘束時間` 24 24
地域 地域

+
+
+

+
7時聞 数時間以土
+ +
+ +
有料 有料
7‐8 7.6
- -
 *:一目当り 〔Creekviewは呼吸器使用者のグループホーム〕


 [考察] 
 W.J.O'Donohueらが作成した在宅および地域における人工呼吸長期依存者のガイドラインによれば、頸髄損傷は呼吸機能が安定し在宅で管理しやすく、また自立生活の豊富な経験から、吸引を含む日常的なケアを無資格の介助者でも訓練によって可能であり、経済的に在宅のメリットの大きな対象である。その前提条件としてB.Makeらは初期の治療時期においてResp.Dep.の自立を目標とした専門訓練プログラムの役割を重視する。表4の自立型はいずれもその訓練を受けた事例であり、さらにB.C.カナダの事例は、療養型に対し自立型が経済性、健康状態および生活の質の3点でメリットがあることを実証したプロジェクトのモデルとなったResp.Dep.である。

 しかし当研究室の相談事例中、一般病院や大学病院などで救命救急治療後、専門施設でリハビリテーションを受けられたのは1例のみであり、本分析対象の5例はその訓練を経ずに、退院を勧められ在宅あるいは自宅退院を模索中である。また専門施設で訓練を受けた1例を含め全例ともB.Makeらが社会生活の必要条件として最重視する音声対話を可能とする器具も使用されず、発声の訓練も受けていない。その結果、在宅後無声の対話に習熟した家族に全面的に依存した生活となり、家族は吸引と吸引の間が自由時間という拘束時間の長さに加えて、生命維持に直接係わる呼吸器ケアにほぼ全面的な責任を担うことから強度のストレスを受けていると推測される。

 さらに有料介助者を主とする自立型では訓練用の介助マニュアルを必要とし、B.C.カナダではすでに体系化されたマニュアルが実用化されている。しかし家族を専従介助者とする療養型のケアは患者の死によって終結し、自立型のように在宅ケアの経験が社会化されないという点で社会経済的な損失が大きいと考える。


 [結語]
 Resp,Dep.の在宅生活に必要な条件について検討した結果、つぎの3点が明らかにされた。

@ 従来指摘されていた最低必要条件のうち在宅の決定要因は、呼吸器ケアの供給機関と家族の受け入れであった。
A 自立型に対し療養型は、日中の行動範囲、人工呼吸器の離脱時間、音声対話、家族関係、介助時間に顕著な差異を示した。
B 生活の質的向上や経済効率など在宅のメリットを得るために、家族に全面的に依存した療養型から自立型の生活に転換を可能とする専門的な訓練の機会と自立型在宅ケア供給システムの必要性が明らかにされた。


なお、米国の事例は清家一雄氏、カナダの事例はI.Martens, RRTから得たデータを活用させていただいた。


 文 献
1) K. Mattinson, et al,: Independent living for high lesion quadriplegics, Dimens Health Serv. 64, 34- 37,1987
2) G. Whiteneck, et al.:The management of high quadriplegia,353-361,1989
3) W.J. O'Donohue, et al.: Long-term mechanical ventilation, Chest, 90,1S-37S,1986
4) B. Make,et al.:Rehabi1itation of ventilation-dependent subject with lung disease, Chest, 86,358-365,1984
5) 清家一雄:脊髄損傷者の就労など社会的到達目標、脊椎脊髄ジャーナル、5(7)、495-506、1992



BACK