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高位頸髄損傷の死亡例からみた
在宅人工呼吸療法の安全性
松井 和子
東京都神経科学総合研究所
(現、国立看護大学校看護学部部長)
〔「日本パラプレジア医学会雑誌」第8巻 pp.302-303、1997〕
Key words:Respiratory Quadriplegia(呼吸不全性四肢マヒ)、
Home Ventilation (在宅入工呼吸療法),Safety((安全性)
[目的]
脊髄損傷のQOLで現在、欧米との格差を最も顕著に示すのがRespiratory Quadriplegia (R.Q.と略)ではないか。欧米の自立生活志向型に対して、日本は在宅でも入院の延長のような療養型の特徴を呈す。療養型は家族の負担が大きいのみならず、セルフケアが重視されず、安全性の確保でも間題が多い。その具体例として突然死したR.Q.の1例を対象に療養型の安全性について検討した結果を報告する。
[対象]
対象YSは1974年生の男子、1987年10月民間スポーツクラブの鉄棒競技練習中に落下、第3、第4頸椎脱臼骨折、K病院を経て当日S大学病院へ転送された。自発呼吸なく24時間器械呼吸の状態で2年3ヵ月の入院治療後、1989年12月自宅近くのK病院に検査入院、1週間後自宅退院、K病院の訪問診療によって在宅生活を開始した。在宅約4年間のうち、1993年5月鼓腸による1週間の入院、他に合併症なし。
表1. 在宅で本事例と係わりあった人々
関係者 頻度 内容
食事、排泄、吸引、消毒 家族 母 常時 安全性の点検、清拭など身の回り
すべての介助父 帰宅後と休日 吸引、移動介助など 姉 在宅時のみ 吸引など 兄 在宅時のみ 吸引、移動介助など K病院 医師 隔週1回往診 気管力ニューレの交換・診療など医師の介助、加湿器の交換、 ナース 週に1回 血圧測定、洗髪などの観察など 保健所 保健婦 隔週1回 血圧測定、洗髪など 地域住民 歯科医 週1回 朗読ボランティア、虫歯の治療など 理髪師 月1回 理髪など 主婦 ときどき 話相手
[結果]
@ 自宅はYSの退院前に車イスで移動、外出可能に建て替えたが、車イス使用は家族の揃う日曜日、シーツ交換時のみで、普段はベッド.上、その生活は、表1に示す関係者によって維持されていた。うち呼吸器ケアは母とK病院の在宅診療が担当、保健所はK病院の訪問看護サービス開始後、重複する理由で訪問を中止した。自宅周辺は住宅地で、ボランティアの訪問も頻繁であったが、吸引など身辺ケアは日中母一人、母は家族5人の家事に加え、YSの食事、排泄、清拭、拘縮予防の四肢体操、頻繁な吸引とアンビュ―の使用、ベンチレータ接続など安全点検、器具やガーゼの消毒洗浄などに忙殺された生活であった。 A YSの死亡に至る経過は表2に示す。在宅で約4年間使用したLP6はS大学病院入院中主治医の指示で自費購入したもの、代替えのLP6プラスは従来のLP6と使用法が同じという業者の説明であったが、従来のように蛇管に水滴が溜まるとか、圧がかかるとかはっきりした原因なしにアラームが点灯した。事故当日の朝も頻繁にアラームが鳴っていたが、アラームを解除するとまた正常に可動という反復で使用継続していた。事故後、K病院へ転送中救急車の装置を使用したが、K病院到着後は自宅が持ち込んだLP6プラスを23日亡くなるまで使用した。
表2. 死亡に至る経過
年 月 時刻 経過
1993年9月 ベンチレータ(LP6)の保守点検日が近付いたので、母が業者に連絡、業者の見積額が予想外に高額であったことから家族は新規購入を検討。 9月30日 購入機種を決定するまでという約束で、業者はLP6の代替品としてLP6ブラスを持ってきた。そこでK病院医師の往診日にLP6からLP6プラスに交換した。LP6プラスを使い出してしばらくしたころ、原因不明で装置のアラームが鳴るのに家族全員が気づき、業者に交換するよう連絡していた。 11月半ば 母鼻出血激しく、救急車で耳鼻科へ運ばれ、治療を受ける。 11月18日 K病院のナース定期の訪問で、異常感じていない。 11月19日 7:20 母の介助で朝食と牛乳を飲む。 10:30 母の介助でカルピスを飲む。 11 :30 夜勤開けで帰宅した兄に留守番を頼み、母耳鼻科外来へ。 12:00 兄の介助で野菜ジュースを飲む。 12:30頃 本人がうとうとするのを確認後、兄仮眠をとる。 13:00頃 兄、ベンチレータのアラームに気づき、弟の様子がおかしいので急ぎ吸引、アンビューバックで人工呼吸始める。自宅付近でアラームを聞き、母室内に駆け込む、アンビューを交替。 13:30頃 救急隊到着、心臓マッサージ開始後15分くらいで蘇生したが、意識は回復せず、K病院へ運ぶ。K病院、CT後、脳死状態と診断。 11月23日 心停止で死亡。
[考察]
ベンチレータの事故死に関する報告で最も多いのは接続不良である。突然、チューブの外れは日常頻繁に遭遇する。本事例も吸引やアンビューの頻繁な要求から、母親は接続不良にはとくに注意を払っていたし、事故発見時、ベンチレータのチューブは外れていなかったという。しかし、ベンチレータ長期使用者、特に在宅生活者の安全性は、単に装置の点検のみでない。呼吸生理解剖から始まる呼吸ケアに関する教育、緊急時ケア訓練、さらに安全性の自己管理として、カフ付きからカフなし力ニューレヘの早期切り替え、音声会話を可能にする訓練やコミュニケーション手段の確保、自発呼吸の訓練によるベンチレータのフリータイム、コールサインやリモートアラームなど緊急時の連絡システムなどが不可欠と指摘されている。本事例でみると、S大学病院退院前に病棟ナースから家族は呼吸ケア指導を受けている。だが、表3をみると、退院前の指導は呼吸ケアの技術的な習得に重点がおかれ、呼吸生理の基礎的な知識が欠けていたため緊急時に適切な処置ができなかったと考える。
さらに本事例がカフなしの力ニューレを使用し、数10分でも自力呼吸が可能であれば、最悪の事態は予防できたと考えられることから、表3に示すセルフケアの訓練と整備が皆無であったことも、事故死を予防できなかった遠因の一つと考える。さらに事故原因の解明が予防に不可欠という点から、装置の保守点検は、現行のように業者と病院、家族という閉鎖的な関係ではなく、カナダのように公的な機関の介在も検討すべきではないかと考える。
表3. 安全生と backup system
ケアスタッフ関係
緊急時のカニューレ交換 母のみ 吸引 家族全員 ベンチレータ接続などの安全点検 主として母 呼吸生理に関する教育 ― 酸素ボンベの使用訓練 ― 家族以外のケアの要因 ―
セルフケア関係
カフなしのカニューレ使用 ― コミュニケーションの手段 ― ベンチレータのフリータイム ― コールシステム ― リモートアラーム ―
[まとめ]
在宅生活4年後に突然死したR.Q.のHome Ventilationと死因について分析し、在宅における安全性について考察を加えた結果、在宅生活では次の4点が必要最低条件と考える。
@ コミュニケーション手段の確保や自力呼吸の訓練などセルフケアの訓練と整備、 A 家族のバックアップとなるケアスタッフの確保、 B 呼吸生理の教育と緊急時の訓練、 C 地域におけるベンチレータの保守点検の公的なシステム化である。
文 献
1) W.J. O'Donohue, et al,: Long-term Mechanical Ventilation Guidelines for Management in the Home and at Alternate Community Sites.Chest.90:Supple. 1986 2) A.B.Wicks, et al.: Long-term Outlook in Quadriplegic Patients with Initial Ventilator Dependency.Chest 90 406-410,1986 3) 松井和子:カナダ、ブリテッシュ・コロンビア州の四肢マヒと生活型呼吸管理プログラム―日本の在宅人口呼吸療法と比較して 東京都神経研1994/7