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器械呼吸長期依存頚髄損傷者の
在宅における呼吸発声訓練
松井 和子
浜松医科大学医学部臨床看護学部
(現、国立看護大学校看護学部部長)
〔「日本パラプレジア医学会雑誌」第12巻 pp.194-195、1999〕
Keywords:High Quadriplegic(高位頚髄損傷)、
Ventilator weaning(離脱),
Speech(音声会話)
[目的]
最近、器械呼吸依存頚髄損傷(VD頚損と略)の在宅例が増えるに伴い、QOLの向上と共に器械呼吸の安全性確保は重要な課題と考える。器械呼吸の事故と推定されるVD頚損の死亡はすでに報告した4例1)を加え5例ある。それらは数分の自力呼吸あるいは自力発声が可能であれば、事故死は回避できたと考える。VD頚損のリハビリテーションは発声手段の確保が不可欠と強調される中で2)、わが国では、入院中、その訓練を受けずに在宅に移行するVD頚損が多い。
カナダBC州地域呼吸管理責任者I,Hanley(RN,RRT〔正看護婦・呼吸療法士〕)によれば、安全性を目的としたVD頚損の呼吸発声訓練は損傷高位や受傷後の経過年数に拘らず、在宅でも在宅ケアスタッフや家族の協力があれば実施可能である。その協力を得て呼吸発声訓練プログラムを作成し、在宅における適用条件と効果の検討が本報告の目的である。
[対象と方法]
対象は8例、すべて外傷性VD頚損である(表1)。いずれも家族を通じて在宅呼吸ケアの相談を受けた事例である。1997年10月、I.Hanleyが呼吸発声訓練の指導を目的に訪日、8例中6例は対象者を診察後、残り2例は家族の情報を基に個別のプログラムを作成した。なお8例中7例は訪日前から間接的指導により呼吸訓練を開始、3年から3カ月の実施期間があった。
本対象者に実施する自力呼吸の訓練プログラムは表2に示すように、呼吸筋と呼吸補助筋の強化を目的とした短時間離脱を反復するon and off方式で、パルスオキシメータをモニターにした長期継続の呼吸筋強化訓練法である。プログラム作成の約1年後、1998年8月から9月訪問あるいは電話で訓練の実施状況と成果について8例からデータを収集した。
表1 対象(1997年10月現在)
対象 年齢 損傷部位 受傷原因 器械呼吸
依存年数入院 KS 10 C1/2 交通事故 3 KY 22 C2 交通事故 4 YM 45 CI 交通事故 1
在宅 ST 3 C2 交通事故 2 YK 21 C4/5 スポーツ事故 4 UM 25 C1 交通事故 4 AI 28 C2 交通事故 11 AM 36 C4 転落 6
表2 呼吸訓練プログラム
車椅子座位時間の延長 気管カニューレのカフをディフレイト 1日2回自力呼吸訓練のため人工呼吸器の回路を外すパルスオキシメータをモニターに使用 SaO2≦90%に低下したら自力呼吸ストップ 〔SaO2:動脈血酸素飽和度〕 SaO2>90%でも脈拍が増加したら自力呼吸ストップ 離脱の回数と時間を記録 当事者の主導で実施
[結果]
1) 呼吸訓練の実施結果を示したのが表3である。表をみると、on and off方式で訓練を行った8例中7例の自力呼吸時間は最短30秒、最長24時間であり、顕著な差を示す。訓練期間をみると、最長3年、最短5ヶ月である。自力呼吸時問は訓練期間の長さに比例していない。うち完全離脱となったSTは、受傷後4ヶ月から計画的な離脱訓練を開始、1ヵ月後1〜2時間、1年2ヵ月後に覚醒時自力呼吸、さらにI.Hanleyの指導で入眠時30分、覚醒前30分と離脱時間を延長し、約8カ月で自力呼吸が24時間可能になった4歳児である。同じく小児のKSは、5カ月の訓練で仰臥位で3時間の自力呼吸が可能になったが、その後顕著な延長は示していない。成人の5例は訓練期間最長3年、最短10カ月であるが、最短10カ月の30秒を除き、1年以上の4例はいずれも2分から3分30秒の自力呼吸に留まっている。 2) 気管切開によるVD頚損の発声訓練プログラムは表4に示す。VD頚損が声を出すには通常の設定値、すなわち生体維持レベル以上の換気量が必要である。本対象者全例がカフ付き気管カニューレを使用中である。そこでまずカフをディフレイトし、器械呼吸の1回換気量と呼吸数はやや多めに設定し、対象者に声を出すよう要求する。
その結果、表5に示すように、実施7例とも発声可能であった。ただし長く話せたのは7例中2例であり、かすれ声ながら話せる1例を加えても3例である。そのうち2例は小児事例、他の1例は成人YMである。YMの気管カニューレは9サイズと太いが、VT〔1回換気量〕850ml、RR〔呼吸数〕15と多めの設定であり、声は低いが会話は充分可能である。発声は可能でも長く話せない4例のカニューレサイズは、8サイズか9サイズと太い。
カニューレサイズの縮小が困難であれば、ワンウエイバルブかPMスピーキングバルブを使用して声帯を通過する呼気量を増大できると、表4に示すプログラムを作成した。2カ月後、カニューレサイズの縮小によって声が多少楽に出せるようになったと報告がYKからあった。さらにKYはスピーキングバルブの工夫によって6ヵ月後音声会話が可能になったが、他の3例は10ヵ月後もなお無声会話の状態である。
表3 呼吸訓練結果
対象 自発呼吸 訓練
期間
開始 → 1997/10 → 1998/8〜9
入院 KS 0 → 3時間 5カ月
KY 50秒 →未訓練 −
YM 0 → 30秒 10カ月在宅 ST 0→ 覚醒時 → 24時間 2年
YU 0→ 2分 2年
UM 0→ 2〜3分 1年
AI 0→ 90秒 → 2分 3年
AM 0→ 2〜3分 → 3分30秒 3年
表4 発声訓練プログラム
1回換気量と呼吸数は多めに
VT:700〜900mI
発声 RR:16〜20/min
気管カニューレのサイズは小さめに:7〜6人工呼吸器のリズムに合わせる呼吸練習
訓練開始の約30分〜60分前にカフをディフレイト
長く パルスオキシメータをモニターに使用
話す ワンウエイバルブ或いはスピーキングバルブを使用
1日2回音読の練習
表5 発声訓練結果
発生 音声会話
対象
1997/10 1997/10→1998/9KA + ±
KW - → + - → +
YM + +ST + +
YK + - → ±
UM + -
AI + -
AM + - → ±
[考察]
器械呼吸のweaningに関する報告は多いが、C1/2レベルを対象とした報告は皆無に近い。本対象者に実施した呼吸発声訓練プログラムは、カナダBC州のVD頚損及びポリオ後遺症者を対象に開発され、BC州では顕著な効果が示される。I.Hanleyによれば、このプログラムは離脱時間の延長が目標ではなく、呼吸筋および呼吸補助筋の強化が目的である。
SaO2≧90%以上であれば、息苦しさの体験なしに訓練でき、在宅でも安全に実施可能なプログラムである。器械呼吸の安全性が目的であれば、離脱時間では最短数分で充分である。アラームが鳴り出すまで5、6秒かかる。アラームが鳴り介助者が駆けつける数分問自力呼吸できれば、事故は予防可能と考える。その必要条件は数分の自力呼吸のみならず、異常を知らせる発声、とくに長く話せることである。さらに本プログラムは恐怖感を学習させないためにも当事者の主導で実施が肝要と強調される。
I.Hanleyによる個別プログラムの作成後3)、1998年8月時点で顕著な成果の報告があったのは1例、4歳のSTのみである。その訓練を計画的に実施したのは両親である。同じく小児のKSは病院から通学する小学生であり、STと異なり学業が優先し、訓練は間欠的である。成人6例中入院中の2例は、呼吸訓練のみ未実施あるいは訓練中断である。在宅の成人4例は日課として訓練の継続的な実施が困難であったと推測される。その理由は以下の3点と考える。
1つは、4例とも在宅ケアスタッフの熱心な協力が得られた事例であるが、スタッフの時間的な制約があり、日課としての継続には家族の協力が不可欠となる。しかし家族は器械呼吸の保守管理に加え、食事から排泄まで全介助の生活に追われ、訓練を継続する時間的余裕を失っている。
2つは、在宅でも入院中と同じ生命維持型のケアサービスの供給である。その具体例は気管カニューレのサイズである。カニューレサイズは細いほど声帯に流れる空気量が多く、かつ気道抵抗は小さい4)。カナダBC州のVD頚損は成人でも5〜6サイズである。発声訓練にI.Hanleyから気管カニューレを9から7〜6サイズヘ変更を指摘されたのが在宅成人で3例あったが、いずれも主治医の協力を得にくいと家族が抵抗した。
3つは、カニューレサイズの変更が困難であれば、ワンウエイバルブかPMスピーキングバルブ使用が有効であると勧められた。入院中のKYはその方法で長時間の会話が可能になった。しかし在宅者、とくに成人事例は無声であっても家族と会話が通じてしまうと、発声や会話のメリットを見出しにくくなっているのか、あるいは訓練による家族の介助負担増を回避しているのか、音声会話に対する意欲の低下あるいは二一ド喪失が示された。
[結語]
在宅における器械呼吸の安全性を目的にVD頚損8例を対象としてカナダBC州で開発された呼吸発声訓練プログラムを10ヵ月〜3年実施した結果、以下の知見を得た。
1) 器械呼吸に長期全面依存のVD頚損で数力月から数年の計画的な訓練によって2分間以上の自力呼吸の可能性が示された。 2) 発声は全例可能であった。 3) 発声が可能であっても、長い会話には、気管カニューレサイズの縮小、器械呼吸の設定値の変更、カフなし気管カニューレの導入、あるいは発声装置の使用に加えて、当事者の二一ドも重要な必要条件であった。
文 献
1) 松井和子:高位頚髄損傷の死亡例からみた在宅呼吸管理の安全性、日パラプレ医誌、11、54、1995 2) B.J.Make: Long-term management of ventilator-assisted individuals: The Boston University Experience, Respiratory Care,31:306,1986 3) 松井和子、他:カナダBC州在宅人工呼吸ケアから学ぶこと一訪日した地域呼吸療法士Irene Hanley氏のコメントより、訪問看護と介護、3:275-286、1998 4) M,J, Tobin: Weaning patients from mechanical ventilation, Postgraduate Medicine Ventilator Weaning,89:176,1991