| 夕刊讀賣新聞 2002年(平成14年)8月13日(火)に掲載された 「脊髄損傷 外せぬ人工呼吸器」の記事 |

夕刊讀賣新聞 2002年(平成14年)8月13日(火曜日)
脊髄損傷 外せぬ人工呼吸器
先月十七日、せいや君(6)は人工呼吸器を積んだ車いすで、一年ぶりに千葉県内の幼稚園の門をくぐった。友達から、捕まったクワガタムシを渡され、やせ細った顔がほころぶ。それでも、付き添う母の胸からわだかまりが消えることはない。「脊髄損傷」――その治療体制に患者たちがだく不満は強まるばかりだ。
昨年七月十八日、幼稚園帰りのせいや君を後ろに乗せた母の自転車は、時速百キロで横断歩道に突っ込んできた信号無視のトラックにはねられた。一命はとりとめたが、脊髄最上部の損傷で全身がまひし、横隔膜も動かなくなった。
軽傷の母と駆けつけた父に、搬送先の大学病院の救急医は早くも「一年、人工呼吸器が必要です」と言った。脊髄損傷で失われた機能は二度と回復しない。医療関係者の間では長年、それが常識だった。
だが近年では、脊髄が完全に断裂していなければ、数週間―数か月後に一部の感覚や運動機能が回復することが知られてきた。米国などでは、いったん人工呼吸器を付けた患者が自力呼吸できるようになった例も多い。事故後、救急病院からすぐに専門のリハビリ病院に転送され、筋力の低下などを防ぐシステムが確立しているためだ。
映画「スーパーマン」の主演俳優クリストファー・リーブさんも落馬で脊髄を損傷したが、今では人工呼吸器を短時間なら外せる。
せいや君の両親も昨年九月にこれを知り、リハビリ病院に移ることを希望した。だが日本ではリハビリを行う施設も、専門の医師も少ない。救急医は「回復は無理だから」と譲らない。呼吸のリハビリができる病院を自力で見つけても、ベッドには空きがなかった。
救急病棟で待つ日が続いた。空気が送り込まれるわずかな合間に、せいや君はかすれた声を振り絞る。「ママ」。両親はこっそり管を外し、のどの穴に手をかざした。かすかに、風を感じた。「ほんの少しだけど、呼吸している」
リハビリが遅れるほど、筋力は衰える。ある日、父が病室を離れたすきに人工呼吸器の管が外れ、戻ると青い顔で助けを求めていた。ストレスで髪の毛が抜け、歯ぎしりで歯もすり減った。動かすことのない体は、みるみるやせた。
治療態勢は・・・・募る不満
今年六月にようやく転院できた。だが結局、人工呼吸器は外せなかった。この病院の医師は「みんな事故から半年以上たって転院してくる。もどかしいですよ」と言う。
患者支援団体の日本せきずい基金(本部・東京)も「将来、先端医療で脊髄が再生できても、リハビリが不足すれば体は動かない」と懸念する。厚生労働省の今春の調査で、脊髄損傷による国内の身体障害者は初めて十万人に達した。
先月十五日、せいや君は退院した。「一年間、親子で苦しんだのは無駄だったんでしょうか」。両親は、米国でリハビリに再挑戦することも考えている。
(田中史生)