| 2001年(平成13年)6月7日(木) 朝日新聞に掲載された 「日本では二重の不幸」の記事 |

朝日新聞 2001年(平成13年) 6月7日(木曜日)
日本では二重の不幸
せき髄損傷
交通事故やスポーツ事故で、首の骨を折る大けがをしたとする。
その後の運命は国によって驚くほど違うことが、日本せきずい基金が開いたシンポジウムで明らかにされた。
背骨の中を通る神経の束、せき髄か傷つくと、さまざまな後遺症が出る。中でも首がやられると、手足を動かせなくなり、場合によっては呼吸も自力でできなくなる。
日本では、人工呼吸器が必要なこうした最重度の患者に、医療と福祉のひずみが集中する。
救急の現場は救命に精一杯で、機能回復をめざすリハビリテーション医療に関心を持たない。欧米では当たり前の早期からのリハビリは、先ず考慮されない。
日本でリハビリが始まるのは2週間ほどしてからだ。日米双方を体験した人によると、米国は失われた機能を回復させ、自力でできることを増やすように訓練する。
日本では「無理をしない」を基本に、残った機能を強くすることに力をそそぐだけだから、回復可能な期間をいたずらに過ごしてしまう。その結果、寝たきりを余儀なくされることが多い。
入院が長引き、病院から追い出されれば、家族に大変な負担がかかる。呼吸器が故障して死に至る事故も後を絶たない。
のどを切開して呼吸器をつけたら、もう声は出せなくなると思いこんでいる人が多い。実際は、その後のやり方で声は出せるようになる。日本の医療現場では、呼吸器を長期に使う利用者にも、救急時と同じ対応をしたままで疑問に思わない。
シンポジウムにカナダから参加したウォルト・ローレンスさんは30年余り前、17歳のとき水泳の飛び込みで首を骨折、首から下がまひした。最初は自力で呼吸できなかったが、呼吸器離脱訓練を受け、昼間は呼吸器にたよらなくてよくなった。
施設から車いすで大学に通った。今は自分で選んだ介助者の支援を受けながら、郊外の家に妻と4歳の養女と住む。10年前からせき髄損傷患者の悩みを聞くカウンセラーとして病院で働いている。
ローレンスさんが先駆者となり、いまカナダでは何人者重度の患者が大学へ通ったり、働いたりしているという。
せき髄損傷患者は、日本では毎年約5000人も新たに生まれる。その半数は交通事故が原因だ。シンポジウムでは、骨折のおそれがあれば首を固定しなければならないという鉄則が守られず、病院に着くまでに障害をひどくする例も紹介された。
昨日までぴんぴんしていた人が、一瞬の事故で動けない体になる。その危険性はだれにでもある。
リハビリのやり方、在宅支援のあり方次第で、患者の回復や生活が大きく変わることは、せき髄損傷者に限らない。
彼我の違いを知り、学ぶべきことは学ぶ。医療環境の改善はそこから始まる。