「日本脊髄障害医学会雑誌」16巻P184-185(2003年)
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■ 細胞内精子注入法を用いた
  男性脊髄損傷患者に対する不妊治療の成績


 小宮 敦/佐藤 和彦:社会保険相模野病院泌尿器科
 田中 克幸/友田 岳志/石堂 哲郎:神奈川県総合リハビリテーションセンター泌尿器科

  Key words :Spinal cord injury(脊髄損傷)、
  lnfertility(不妊症)、
  Intracytoplasmic sperm injection(細胞内精子注入法)


【目的】 男性脊髄損傷患者では多くの症例で射精障害や造精機能障害などの合併症を伴う。そのため挙児を得ることはきわめて難しいことであったが、近年の生殖補助技術の急速な進歩によって、妊娠および挙児が不可能ではなくなってきた。射精障害に対してはさまざまな方法が行われているが、電気刺激射精(electroejaculation:EE)によって射精誘発の良好な成績が報告されている。

 しかしその精液所見は条件の悪いものが多く、従来の配偶者間人工授精(artificial insemination of husband:AIH)では成功率は低いものであった。最近ではこのような精液所見の悪い症例に対し、細胞内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)を用いた体外受精により成功率の向上が報告されている。我々も挙児を希望する男性脊髄損傷者に対する不妊治療として、EEもしくは精巣内精子抽出法(testicular excision sperm extraction:TESE)で採取した精子を使い、ICSIにて体外受精を行っている。最近5年間に行った10例のうち、6例でのべ10回の妊娠(うち3回流産)、10児の出産(双子1例、三つ子1例)を得ることが出来たのでその詳細を報告する。


【対象と方法】 1997-2002年までの過去5年間で当院にてICSIを行った男性脊髄損傷者10例を対象とした。初診時年齢は27-35歳(平均30歳)、受傷から初診時までの経過期間は6-16年(平均11年)、障害レベルは頚髄が2例、胸髄が7例、腰髄が1例であった。
配偶者の年齢は21-33歳(平均28歳)であった。

 当日午前中に産科で配偶者の採卵を行い、良好な卵子が採取できた場合、午後に当科でEEおよぴTESEを行った。EEは経直腸プローベを使用し基本的に外来で行ったが、不全損傷で知覚残存例では入院の上、全身麻酔下で行った。砕石位で導尿後5%glucoseを20m1膀注し、プローべを直腸内に挿入して電気刺激を行った。5秒間の刺激ののち血圧を測定し、最高血圧が150mmHg以下であれば電圧を上げ再度刺激を行った。

 順行性射精が2-3回得られたところで刺激を終了し、最後に導尿をして逆行性成分も採取した。得られた精液は当院産婦人科で鏡検し、運動精子を認めない場合はさらにTESEを追加で行い精子の採取を行った。EEで運動精子が得られなかった場合や、EEで得られた精子で数回ICSIを行っても妊娠に至らなかった場合などは、その後はEEを行わずTESEのみ行った症例もあった。この場合も基本的には外来で行い、不全例では希望により局所麻酔または全身麻酔下で行った。


【結果】 10例中6例で妊娠および出産に至ることが出来た。初回の妊娠までに要したICSIの回数は1-4回で平均2.5回であり、第一子出産までには2-6回、平均3.5回のICSIを要した。このうち1例は初回EEで精子を認めなかったため、次回よりTESEにて精子を採取した。妊娠はしたものの流産となってしまった例は3例あったが、のちのICSIにていずれも挙児に至った。また1例は2回目のICSIで出産、続けざまに3回目のICSIで第二子を得ることが出来た。一方で4例では2-14回、平均8回のICSIを行ったものの挙児はおろか妊娠にも至らなかった。この4例ではEEを3-14回(平均8.3回)、TESEを0-4回(平均1.8回)行った(表1)。

 次に成功例と失敗例の比較をしてみると、平均年齢は30才と29才、経過年数の平均は11.8年と9.5年、配偶者の平均年齢は27.1才と28.8才、精子数の平均は136×106/mlと27×106/ml、運動率は7.3%と8.5%であった(表2)。


表1.症例の概要

年齢 障害
部位
経過
年数

年齢
EE
回数
TESE
回数
精子
運動
ICSI
回数
妊娠-出産 妊娠-流産
1 32 Th3 13 21 4 0 73 1 4 4回目 2回目
2 25 Th10 6 23 3 0 411 40 3 2,3回目 .
3 25 C 7 25 3 0 98 1 3 3回目 .
4 35 Th11 16 32 1 4 0 0 4 4回目 .
5 32 C 16 32 1 0 90 1 6 6回目 3回目
6 31 Th8 6 28 9 4 1 1 9 . .
7 33 Th12 13 30 2 0 144 1 2 2回目 1回目
8 27 Th5 10 25 7 0 80 3 7 . .
9 31 Ll 15 33 3 1 2 10 2 . .
10 28 Th10 7 29 14 2 23 20 14 . .
平均 30 . 11 28 5.2 1.1 92 7.8 5.4 . .
. . ×106/m1 % . .


表2.成功例と失敗例の比較(平均値)

. 年齢 経過年 妻年齢 精子数 運動率
成功例 30.3 11.8 27.1 136×106/ml 7.3%
失敗例 29.3 9.5 28.8 27×106/ml 8.5%


【考察】 挙児を希望する脊髄損傷者に対して、従来さまざまな不妊治療が行われてきた。射精障害に対しては、くも膜下薬物注入法、振動刺激、EEなどによって順行性射精を誘発し精液を採取することが可能となっている。

 この中でもEEは、副作用が少なく良好な誘発率を得ることができるとの報告もあり、当院でも採用している。しかし採取された精液は、量としては十分であるものの精子数や運動率は低下していることが多い。これは尿路感染、精巣の温度変化、血流障害などによって引き起こされていると考えられている。

 今回の検討でもEEによって採取した精液の所見は平均で、精子数92×106/ml、運動率7.8%であった。年齢や受傷後の経過年数の違いで精液所見を検討すると、運動率は若年の方がやや高い傾向にあったが大きな差は無く、経過年数では差が見られなかった。精子数はどちらでも差が無かった。これは症例間で年齢差が少なかったことと、経過年数がいずれも5年以上の慢性期であったためと考えられる。

 このように条件の悪い精液では、従来行われていたAIHでは成功率はかなり低かったが、ICSIが不妊治療として登場してからは、このような症例でも挙児の期待が大きくなってきた。ICSIでは運動精子が少量でもいれば受精が可能となり、たとえば副睾丸炎などを繰り返し、精路の閉塞がみられる症例でも、TESEにより精子を採取して受精させることが出来る。本例でも1例はEEで精子を得られなかったが、TESEにより精子を採取し挙児に至った。

 今回10例中6例は挙児に至ったが、残りの4例は妊娠までも不可能であった。この両群を比較すると、挙児群のほうが年齢は高く、経過年数も長い。運動率も非挙児群の方が高く、男性因子としては精子数が多いことのみが挙児群の方が優位な因子と考えられる。しかし実際には、ICSIでは1個の運動精子さえいれば受精は可能であり、両群に決定的な差は無いと思われるが、受精させる精子は鏡検をして人為的に選ぶため、精子数が多いほうが良質な精子を選ぶ可能性が高くなるということは考えられる。

 また、精子数や運動率以外にもなんらかの精子の因子の存在も可能性はあると考えられる。両群を分ける因子としては、配偶者側の因子も少なからず影響があると考えられる。配偶者の年齢は非挙児群のほうがやや高く、なかには採卵がうまくいかず当日にEEを中止することを繰り返している例もあった。


【結語】 脊髄損傷者が結婚や挙児について考えるのは受傷後しばらくして生活が落ち着いてから、というのが現実的である。そのため、受傷直後にまだ良好な精液を採取し保存するといったことはあまり行われていない。

 今後は医療者側から情報を提供し、希望があれば精液の採取・保存を行うといったシステムを作ることが必要になってくるのではないだろうか。また、どうすれば造精機能を保持できるのか、採取した精子の運動率を人為的に上げることは可能かなどの研究も期待される。



文 献

1) 山本雅司、他:脊髄損傷患者に対するElectroejaculationと人工授精について。
日泌尿会誌88(3):420-426,1997

2) Edward,C.S.,et al:Treatment of infertility due to anejacu1ation in the male with electroejaculation and intracytoplasmic sperm injection,J.Urol.,163:1717-1720,2000





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