■ 脊髄損傷者の自殺とその背景要因
「日本脊髄障害医学会雑誌」16巻P206-207 206-207.pdf 64kb

 脊髄損傷者の自殺とその背景要因

 内田竜生1) 住田幹男2) 徳弘昭博3)
 1)関東労災病院、2)関西労災病院、3)吉備高原医療リハ

 key words: Spinal cord injury(脊髄損傷)、Suicide(自殺)、
 Standardized Mortality Ratio(標準化死亡比)


[目的] 脊髄損傷者は医学的健康管理の向上と共にその受傷後生存期間は飛躍的に延長してきている1。しかし一方で心理的・社会的問題による自殺者の増加が危惧されている。今回、脊髄損傷者の標準化死亡比(SMR)を算出し、一般人口における死亡率と比較検討した。またその背景要因について検討した。


[方法] アンケート調査により労災病院及び労災リハ作業所を受療した全脊髄損傷患者について氏名、性別、生年月日、受傷年月日、脊髄損傷高位について調査し母集団とした。調査表の記入は各施設に一任した。自殺者の背景要因については、後方視的にカルテおよび主治医よりの聞き取り調査を行った。調査期間は平成3年10月より平成9年9月までの6年間とした。

 脊髄損傷における自殺死亡率の標準化を行い一般人口における自殺死亡率と比較するため、標準化死亡比(Standardized Mortality Ratio: SMR)を算出した。標準化死亡比は脊髄損傷者中の死亡数(観察死亡数)を求め、調査期問の中央値である平成7年度人口動態統計2における年齢階級別死亡率の値に年齢階級別脊髄損傷者数を乗じた値(期待死亡数)を算出、この期待死亡数に対する観察死亡数の比から標準化死亡比を計算した。有意差の検定はポアッソン分布検定3を用いて行った。


[結果] 
1)脊髄損傷者の自殺死亡率
 今回の対象施設における新規脊髄損傷者数は、年間およそ400名であり日本全国における脊髄損傷者のおよそ8%の患者を取り扱っている4。平成3年10月より平成9年9月までの6年間に対象施設を受療した脊髄損傷者数は3651名(男性3127名、女性524名)であった。死亡した脊髄損傷者数は250名(男性236名、女性14名)であった。そのうち自殺者は11名ですべて男性であった。女性の自殺症例は認めなかったため今回の検討から除外した。

 男性脊髄損傷者の死因を表1に示す。自殺の割合は、全死因の5.2%、死因の第7位であった。自殺の粗死亡率は0.352であり、脊髄損傷者1000人当たり3.5人となった。標準化死亡比は11.9であり一般男性に比べ約12倍自殺死亡率が高かった(P<0.01)。

表1 男性脊髄損傷者の死因とSMR


2)自殺の背景要因
 自殺者の概要を表2に示す。損傷部位は、頚髄損傷5名、胸髄損傷3名、腰髄損傷3名であった。フランケル分類では、Frankel Aが7名、Frankel Dが4名であった。特に偏りは認めなかった。機能障害の重傷度と自殺との関連性は認められない。

 受傷原因では、転落4名、交通事故3名、下敷き落下物2名、転倒1名、その他1名であった。受傷原因として、転落が多いのが特徴であった。

 受傷時年齢は、20歳代3名、30歳代3名、40歳代1名、50歳代3名、70歳代1名であり、他の脊髄損傷者の受傷時分布と比較し大きな差異は認めなかった。

 職業歴では、建築土木従事者3名、農林業2名、採掘作業2名、運送1名、事務1名、販売1名、造船業1名であった。特に大きな特徴は認めなかった。

 受傷後自殺までの期間は、1年未満1例、1−3年3名、4−6年1名、7−9年1名、15−19年1名、20−29年1名、30年以上2名であった。受傷後3年未満の症例が多い。入院加療を終了し、在宅生活を始めて3年以内の症例が多くこの期間の注意が必要である。


表2 自殺者の概要


図1 脊髄損傷者の自殺時年齢分布

 自殺時年齢を図1に示す。30歳代2名、50歳代5名、60歳代3名、70歳代1名であった。圧倒的に50歳代が多かった。他の死亡原因で死亡する脊髄損傷者の死亡年齢は60-80歳に多い。自殺者に特徴的な年齢分布を呈した。

 自殺の手段としては、首吊りによる縊死4名、割腹等自傷行為3名、入水・溺死3名、飛び降り1名であった。首にワイヤーを巻き車椅子ごと後方に転倒して首をつった例、風呂場での割腹自傷行為、車椅子ごと川に飛び込み溺死するなどがその具体的方法であった。

 自殺症例の精神疾患の合併について調べた。2名がうつ病の疑いが高かった。その他人格障害・アルコール依存の症例が1名あった。その他は不明症例が多くはっきりしない。神経科での治療中の症例はいなかった。うつ症状についての注意が大切である。

 身体症状の訴えについて調べた。強い下肢の痛みを訴えていた症例が2名、尿・腎機能障害の訴え2名、不眠の訴え1名、胸の締めつけ感1名、特になし3名、不明2名であった。抑うつ状態や興味や喜びの減退など、自殺前のうつ症状に関連する情報は聴取できなかった。不眠や胸の締めつけ感などはうつ症状に関連すると思われた。

 自殺企図歴について調べた。自殺企図歴の疑いの高い症例が1名、不明5名、自殺企図歴なし5名であった。受傷機序が転落の症例は、自殺企図による場合が含まれていると思われる。本人が自殺企図を認めない場合が多いが、疑いがある場合はその所見を記載し、受傷初期より臨床心理士による面接を行うことが大切である。

 同居者の有無については、同居者がいた症例が7名、単身者3名、療養型施設1名であった。同居者としては、妻および家族と同居していたもの4名、両親と同居していたもの2名、妻以外の女性と同居していたもの1名であった。離婚症例は3名とやや多かった。これら社会面において特に特徴的な問題点は指摘できなかった。

 住居・経済的側面については、自宅を持っていたもの7名、賃貸住宅1名、療養施設1名、不明2名であった。経済的問題については、年金等で比較的安定していたと思われる症例が8名、自営していた店の借金など経済的な問題を抱えていたと思われる症例が2名認められた。経済面では、他の脊髄損傷者との差は指摘できなかった。


[考察] 脊髄損傷者における自殺死亡率を算出した。脊髄損傷者の自殺の粗死亡率は0.352であり、脊髄損傷者1000人当たり3.5人となった。一般男性における粗死亡率は0.024(平成7年)であり、脊髄損傷者は約14倍高い。年齢階級調整を行い標準化死亡比を算出すると、11.9であり一般男性に比べ脊髄損傷者は約12倍自殺死亡率が高い結果となった。

 一般に自殺の危険因子として、高橋ら5は、1)自殺企図歴、2)精神疾患(特にうつ病)、3)援助組織の欠如、4)性(男性)、5)年齢、6)喪失体験、7)自殺の家族歴、8)事故傾性、9)児童虐待歴、をあげている。今回脊髄損傷者の自殺に関連した危険因子について検討した。自殺企図歴については不明な症例が多かった。しかし、受傷機序として転落症例が圧倒的に多く、自殺企図の症例が含まれている可能性が高い。転落症例は自殺企図の意味合いも含めて重要な危険因子である。うつ病および抑うつ気分も重要な危険因子である。今回は2例がうつ病の疑いがあった。脊髄損傷に関連した症状と混在するため症状の訴えに注意が必要である。援助組織については、特に問題点を指摘できなかった。

 性については全例男性と圧倒的に男性に多い。年齢については50歳代に圧倒的に多くこの年代は最も注意を要す。喪失体験としては、自身の脊髄損傷という大きな出来事を経験している。自殺は受傷後1−3年に多く認められた。この時期は自殺の要注意期間として重要である。


[結語] 脊髄損傷者の自殺の粗死亡率は脊髄損傷者1000人当たり3.5人。標準化死亡比は11.9であった。脊髄損傷者の自殺の危険因子として、1)転落等の受傷機序、2)うつ症状、3)男性、4)50歳台の年齢、5)受傷後期間1−3年後、が重要な因子と考えられた。


参考文献
1) 内田竜生:脊髄損傷患者死因統計−第7報 生命表分析について:日職災医誌Vol. 48, 163-168. 2000.
2) 人口動態統計:厚生省
3) J. A. Nelder: Significance Factors for the Ratio of a Poisson Variable to its Expectation. Biometrics 20: 639-943, 1964.
4) 新宮彦助:日本における脊髄損傷疫学調査:日本パラプレジア誌8(1), 26-27, 1995.
5) 高橋祥友:自殺の予告徴候、総合臨床41. 2, 379-380, 1992.


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