2003年3月に神戸で開催された第2回日本再生医療学会総会特別シンポジウムにおいて、日本せきずい基金理事長が当事者の立場から再生医療研究の促進を求める講演を行なった。以下がその要旨である。
SS-3 14:00〜14:200:2003年3月12日
再生医療の社会的意義――脊髄神経の再生修復に関して
NPO法人日本せきずい基金(理事長)大 濱 眞(オオハマ マコト)
1. 脊髄疾患(脊髄損傷)者の社会的費用・損失
わが国では年間6千人以上の脊髄損傷が発生しその総数は約11万人以上*1
である。救急医療の発展で頸髄損傷の比率が増大し、また医学の進歩により平均余命は一般人と変わらない状況にある。新たな受傷者の介護コストも含めた初年度費用を1人約1000万円(初期治療費500万+介護費用500万で労働損失を除く)と推計すると、総額で約600億円に達する。また我々の調査では、11万人(H15.3予測)
の脊損者の内、約5万6千人が自宅介護支援を必要とし、その費用は年間約2,400億円となる。
従って、年間で3000億円の費用がついやされている。
内88%が在宅者数で、その60%が介護を要し、5万6千人1日平均4時間で時間単価3000円(支援費制度における介護支援4類型より推定)で介護支援費は年間総額は約2,400億円となる*2。
全国の脊髄損傷者の介護に必要なヘルパー数は実数で2万4千人、交代勤務を考慮したグロスで3万6千人必要となる。介護者確保は、当事者のQOLや社会参加を大きく向上させるだけでなく、リハビリによる機能回復で、介護の社会的コストを大きく削減することに繋がる*3。
その実現のために、中絶胎児組織の利用も含めたヒト幹細胞研究の条件整備と、基礎と臨床を結合させた脊髄再生医療センターの開設による総合的な研究体制が求められている。
初期介護費用 493万円=0.3万円×4h×1.5×(365×0.75日) 492.75
年間脊損介護費用 2452億8000万円=0.3万円×4h×365日×56000人 24528000
(56,370)
注)
| *1 |
H13・6厚労省資料:対マヒ58%+四肢まひ42%:H8〜H13の5年間で約30%増加(年約6%増)となっている。従ってH15・3現在の脊髄損傷者総数は11万人、また年間の発生は6000人と推定。
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| *2 |
せきずい基金が2002年度に実施した「在宅脊髄損傷者の介護実態調査」(有効回答675人)によれば、サービス必要時間から算出した介護ヘルパーで2万4000人が必要であることが明らかになった。また、介護ローテーションを考慮しヘルパーの3分の2が稼動すると仮定すると3万7000人のヘルパーが必要となる。これは新障害者プランのヘルパーの5年後の整備目標6万人の実に6割を占めることを意味する。すなわち、わが国では、脊髄損傷者の治療と介護に毎年2,300+600億円程度の社会的コストが必要なのである。
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| *3 |
神経幹細胞研究の進展は当然のことながら脊髄損傷だけでなく、ALSやパーキンソン病などの神経難病者10万人以上の疾患の進行をとどめ生命を救う可能性を高めることになる。 |
2.幹細胞研究とその応用(臨床)に関して
【なぜ幹細胞研究が必要か】
我々が2002年11月に開催した脊髄再生セミナーにおいて、米国ラトガーズ大学教授のワイズ・ヤング教授は様々な幹細胞が発見されてきていると述べている、即ちそれらは、@以下である。
「幹細胞研究の課題と展望」(2002・11・10)ワイズ・ヤング講演
| @ |
胚性幹細胞:ヒトの場合、受精後6週間以内に胚のもとになる幹細胞ができる。初期の2週間までのものが胚盤胞(blastocysts)というもので、2週間から6週間のものを胚(embryos)という。
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| A |
胎児性幹細胞(fetal stem cell):胎児から採取される幹細胞であり、受精後6週間以上たったもの。この胎児性幹細胞は胎児の脳、あるいはOEG(olfactory ensheathing glia、臭覚の神経に栄養を与えたりサポートする)細胞、生殖細胞から採取することができる。
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| B |
新生児幹細胞(neonatal stem cells):これから採取できるものは臍帯血幹細胞のみ。
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| C |
成人幹細胞(体性幹細胞):脳、脊髄、骨髄、生殖細胞、皮膚、そして脂肪からさえも採取できる。
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| D |
腫瘍細胞:腫瘍、特に奇形腫から採取できる。 |
この中で、胚性幹細胞は多くの可能性を秘めているが、神経以外の組織にも容易に分化し、腫瘍を形成しやすい等の問題も指摘されており、さらに基礎的な研究を進めることが必要である。
現在、動物実験などから最も可能性が高いのが胎児性幹細胞であり、体性幹細胞はさらに研究を進めることが必要であるとの見解を示した。 世界各国の研究状況から見ても、我々脊髄損傷者にとって、胎児性幹細胞研究の促進こそが、現在において脊髄神経の再生につながるものであると考える。
【胚性幹細胞による治療研究の促進を】
社会的合意を得られるだけの研究倫理の制度的確立は、多くの可能性を秘めた胚性幹細胞研究への扉を開くものとなる。
幹細胞研究の結論としては、胚性幹細胞を厳格なガイドライン、すなわち「絶対にそれはこういうことで必要なのである」というEvidenceに裏づけられたガイドラインを定めた上で、この研究を認めるべきである。
また、受精卵の移植禁止や厳しい法的罰則規定ということで、生殖目的のクローニングを禁止することができるはずである。治療目的のクローニングは認められるべきである。
さらに、免疫拒絶反応、感染症、倫理的な問題が少ない自己の細胞である成人の体性幹細胞の研究を強く奨励すべきである。こういった政策は、日本でも奨励しうるものであろう。
尚、この体性幹細胞が再生医療で実用化されるまでは、ガイドラインが遵守されているかをまた倫理的な問題はないのかを定期的にチェックする新たな機構・組織が必要である。この組織構成メンバーは、専門家だけでなく関係当事者が参加した構成であることが、必須である。
3. 倫理面でのアプローチ
社会に於ける倫理論は、基本的に歴史と共に変遷する。現在のような価値観が多様化された時代にあっては、その倫理論も国際的に多様化されている。しかしどの様な時代にあってもその普遍的根元となるのは、「人の命、生きること、いかにして生きるか」である。私たちは、この再生医療という21世紀最大の革命こそこの倫理論の根元を大きく前進させる機会となると考える。すなわちこれからの倫理的義務は「今現在、生きながら苦しみと戦っている人間を苦しみから救うための医学的研究を支持、支援することにある。」
従来の一般的な「生命倫理」ではこれから生まれてくる胎児を重視した倫理論が中心であっが、今、生きている、生きながら苦しみと戦っている人間を苦しみから救うための倫理論。即ち、くどいようであるが「人の命、生きること、いかにして生きるか」に視点をあてた倫理論の構築こそが不可欠である。そこには自ずと研究倫理の課題が包含されておりその方向性も明白となろう。
【研究倫理を保障する制度を】
我々が求める幹細胞研究の促進において、研究倫理を制度的に確立していくことは社会的合意を得る上で極めて重要である。中絶胎児あるいは死亡胎児の幹細胞を用いることは、その増殖技術がほぼ確立されつつあるが、現在の臨床研究において不可欠である。そのためには真に自由な意思による提供を可能とするインフォームドコンセントの確立とともに、提供者の精神的なバックアップできるような専門的なコーディネーターの養成・研修も必要であると考える。 現在、厚生労働省の「ヒト幹細胞の臨床指針」に関する委員会では、国レベルの中央審査機関の設置が検討されているが、こうした機関が真に機能するような人的・制度的保障を国は進めるべきであり、そのことが施設倫理委員会の能力を高めることにもつながっていくはずである。
また英国の「幹細胞バンク」のような公的な組織バンクの整備や、フランス被験者保護法のような制度整備が、生命科学研究への社会的合意を形成する上で必要であると我々は考える。
(用語についての注;従来一般的に「生命倫理」といわれてきた。しかし、これはどこからが人間か、という問題に一挙に拡大される。三菱化学生命科学研究所ぬで島次郎氏は、遺伝子治療や再生医療において、問題なのは研究倫理の確立であるとのべ、「生命倫理」に代わり「研究倫理」を用いるべきだと述べている。こうした視点は我々にとっても有益であると思われる)
【最後のまとめ】
また、脊髄損傷者の再生への想いについても、あえてここで述べさせていただきたい。
人生の途上の一瞬の事故がもたらしたもの、それは人間の「社会的な死」(保険では死亡同様の扱い)に等しいのが現実である。意識が戻ったときには手も足も動かない。
食事も、入浴も、排泄も全て人の手に委ねなければならないことの精神的苦痛を想像することができるだろうか。介護のために家族の生活をも奪っていく現実。
20代で受傷すれば半世紀以上もその状況の中で生きていかなければならない。麻痺した身体がかかえ込まざるを得ないこの過酷な現実こそ、私たちが脊髄神経再生を渇望する根底にある。
自発呼吸だけでもしたい、食事だけでもしたい、排泄、入浴も自分一人で・・・・・・・・・・・。指先をそして上腕を動かし、立ち上がること、再び歩き出すことを実現したい。これからの21世紀前半の、いやこれから10年以内の神経再生研究の中で、その可能性が実現すると私たちは信じている。
その実現のために、中絶胎児組織の利用も含めたヒト幹細胞研究の条件整備と、基礎と臨床を結合させた脊髄再生医療センターの開設による総合的な研究体制(基礎と臨床を統合した)が求められている。
以下注釈
在宅脊髄損傷者の介護システムに関する介護状況調査 2002・6〜9NPO日本せきずい基金調査
。
WHO国際障害分類(ICF)の障害構造の概念モデルを援用している。
脊髄損傷において生じる「障害」を、「B.機能障害(impairment)」「C.活動の制約(limitation
of activity)」「D.参加の制限(restriction of participation)」の3つのレベルに分け、相互に影響を及ぼしあうものとして捉える。
有効回答数は675人
男性542人(80.3%)、女性124人(18.4%)であった。年齢の幅は広いが中心的な年齢階層は、「30才代」(23.7%)、「40才代」(20.1%)、「50〜64才」(29.7%)。
本人または介護者による自計式ではあるが、「5分間タイムスタディ」41人の調査協力者から53日分のデータを収集することとなった。調査実施期間は、2002年8月〜10月である。
必要ヘルパー数:
わが国の在宅脊髄損傷者数は8万7620人、サービス利用者は5万1259人と推計される。これに上記のサービス必要時間数を当てると、脊髄損傷者全体の1日のサービス必要時間は19万4666時間となる。
これは1日8時間労働のヘルパーが2万4333人が必要であることを意味する。また、ローテーションを考慮し1日に稼動するヘルパーを全体の3分の2とすると3万7000人のヘルパーが必要となる。
新障害者プランでは5年後の整備目標が6万人とされているが、脊髄損傷だけでその6割を占める。そもそも6万人という数字は、介護保険のように市町村の必要サービス量を積み上げたものでなく、何の根拠もないまま打ち出されたものである。国として障害種別によるサービス必要量を調査し、介護の現実に即した整備目標を策定すべきことは明らかであろう。
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