| 「骨髄間質細胞による脊髄再生のための臨床研究」 に関する懇談会報告(概要) |
〔日本せきずい基金事務局 編〕
日 時 : 2004年1月18日(日) 午後2時〜5時(目黒心身障害者センター会議室にて) 参加者 : 中谷壽男・関西医大救急部教授 井出千束・京都大学機能微細行動学教授、
鈴木義久・京都大学形成外科助教授 (順不同)
日本せきずい基金(主催)、全国脊髄損傷者連合会、頚損連絡会
【開催経緯】
2003年12月11日、共同通信社が「細胞移植で脊髄損傷を治療 関西医大、国内初実施へ」と報道した。私たちとしては国内で初めての脊髄再生のための臨床研究であることから、鈴木助教授に臨床研究を実施する前に可能な限りの情報公開と研究計画に関する話し合いを要望した。
それを受けて共同研究者が揃って上京し、当事者団体との事前の懇談会が開催された。
懇談会が当事者の高い関心と期待に研究者が真摯に応える場となり、先生方には改めて深甚の謝意を表したい。以下に懇談会の概要をまとめた(全容は追って報告予定)。
* 意見交換の中で、関西医大倫理委員会に対してその後の変更点について再申請をすること、臨床研究の実施前にインフォームド・コンセント文書を当事者団体が入手できるよう配慮すること、一般向けセミナーを開催することとなった。
【前臨床研究】
ヒトへの臨床研究に当たっては動物実験においてその科学性、安全性が確認されていなければならない。そこで懇談会の冒頭、鈴木助教授に、今回、ヒトへの臨床研究を計画するにいたった「前臨床研究」の内容について約1時間にわたって報告していただいた。
鈴木助教授らは、脊髄再生を@損傷部位をブリッジする人工材料のアルギン酸スポンジ、A神経幹細胞、B骨髄間質細胞の3つを柱に研究してきた。
- 人工材料:損傷ラットの2mmの脊髄のギャップにアルギン酸スポンジを埋め込み、8週後にこの人工材料の中でニューロフィラメントの染色により神経線維が再生していることを確認した。大脳から脊髄に下行する運動経路である錐体路でも神経軸索が再生していた。また再生軸索で機能的にもパルスの流れ、シノプス形成、神経軸索輸送を確認することができた。
- 神経幹細胞:ラットの損傷脊髄に神経幹細胞を移植したところ主にアストロサイト、への分化が確認された。
損傷部への直接注入は脊椎をはずす手術が必要なこと、注入により脊髄に新たな損傷を生ずることから大脳の第四脳室から脳脊髄液へ注入した。注入細胞は3日〜21日まで徐々に増殖し広範囲に広がっていった。
したがって、移植細胞の安全性については長期の観察が必要である。注入後、1年以上観察し神経幹細胞の増殖がいつ止まるのかがわかるまで、現段階では神経幹細胞をヒトに移植することは時期尚早と考えている。また神経幹細胞を用いる場合、免疫や必要量の確保の点から副作用の少ない自家移植が困難であることから、骨髄間質細胞移植を検討するに至った。
- 骨髄間質細胞:脊髄を挫滅させたラットの骨髄間質細胞をシャーレで培養。シャーレに付着した細胞を脳脊髄液経由で投与したところ、脊髄に骨髄間質細胞が広範囲に付着した。その後、注入細胞は消滅して行ったが、行動学的に機能改善が確認され形態学的に空洞の減少をみとめた。
骨髄間質細胞を投与したラットの脳脊髄液を採取し培養中のニューロスフェアにかけてみたところ神経突起の伸張が確認できたことから、何らかの液性成分が作用して神経再生をもたらしたものと考えられる。
* サルによる安全性試験:受傷していないカニクイザルの腰椎付近の脳脊髄液に骨髄間質細胞を注入した。1週間後、脊髄だけでなく延髄や小脳表面にも移植細胞が広がっていた。1ヵ月後に移植細胞は殆ど消失しており、腫瘍化など移植細胞が無限に増殖する危険性はない。1ヵ月後の検査では大脳や脊髄の血管に炎症の発症はなく、髄液・血液検査でも大きな病的変化は確認されなかったことから、骨髄間質細胞移植の安全性を確認した。
◎ 中谷関西医大教授からは、ご自身の研究歴と関西医大救命救急センターの概要について報告された。京大で肝臓移植を研究後、救急医学の臨床のため帝京大学に赴任、13年勤務後、平成10年から関西大救急医学科に赴任。現在は日本救急医学会の専門医認定委員会委員長、メディカル・コントロール委員、編集委員、日本外傷学会理事、日本中毒学会理事、分析委員会委員長、その他多くの関連学会の評議員をつとめ、これまでにも日本外傷学会会長、日本中毒学会会長などを歴任されている。
関西医大高度救命救急センターは大阪の中核的3次救命救急センターで、40床近いベッドを18人の医局員を含む約30名のドクターで運用している。スタッフには脳神経外科、整形外科などからも専門医が講師として出向してきている。脊髄損傷者は年間22名ほどで多くが頸髄損傷である。
◎ 井出京大教授からは、これまでの研究歴から今回の臨床計画に至るお話がなされた。
末梢神経の研究からスタートしたが、末梢神経にはシュワン細胞と基底膜という再生を可能とする構造があるが、中枢神経には再生を可能とする構造がない。ところが、1981年にカナダのAguayoらがラットの延髄と脊髄の間に末梢神経片を移植し、そこに延髄と脊髄の神経細胞が伸びてきたことを発表し、それが脊髄再生研究の起点となった。
脊髄再生のための移植細胞としては、末梢神経のシュワン細胞移植は有効とは言えず、胎児細胞を臨床に用いることはほとんど不可能である。神経幹細胞は胎児組織の問題や必要量の確保の点から困難性が高く、現時点では骨髄間質細胞が臨床研究に使える最も有効な細胞だと考えている。
【臨床研究計画の概要】
<対象は受傷直後の急性期の患者である>
患者の骨髄から骨髄間質細胞を採取→増殖→患者の脳脊髄液に注入する。
通常の脊髄損傷急性期治療のプロセスにこの段階を組み込む。ICUに搬入された脊損患者の治療にあたって、脊椎固定手術のための腸骨を採取する際、その腸骨片から少量の骨髄を採取、それを培養設備で治療に必要と考えられる量まで培養増殖する(10日〜2週間かかる。神経幹細胞に分化させるのではない)。その後、培養間質細胞を腰椎穿刺によりクモ膜下に注入し、脳脊髄液の還流過程に乗せる(細胞数は10の6乗〜7乗;100万〜1000万個)。注入された間質細胞が、脳脊髄液の流れに乗って損傷脊髄部位に到達、付着し、損傷脊髄の修復・再生をサポートする。(この方式については、ラットで成功しており、サルにおいて安全性を確かめている。)
骨髄間質細胞を脳脊髄液中に注入しても神経系の細胞に分化しない。脊髄修復と機能回復が見られたが、それは「骨髄間質細胞から液性の有効成分が出ている」ことによると思える。
移植細胞が時間と共に減少することで、腫瘍化、異常な分化の可能性はほとんどない。なお、関西医大では間質細胞を心筋梗塞の心臓や下腿の血管再生治療に移植し、問題となるような副作用は認めていない。
少数の移植細胞が脊髄損傷部に進入する。これが機能回復の大きな要素かは不明。
損傷レベルにより効果に差が出る。
インフォームド・コンセント(IC)には万全を期す。ラットレベルで効果を確認、サルの脳脊髄液への注入という操作の安全性の確認→臨床応用レベルにあることを文書化して患者に示し承認を得る。採取時(受傷直後)に間質細胞の培養に同意するか否か1回目のIC<家族に>、受傷10-14日頃に移植するか否か2回目のIC<本人に>。
【質疑応答】
事前に日本せきずい基金から研究グループに30項目近い質問項目を提出させていただいた。懇談会ではその各項目について研究者の回答を得て、その後自由討論に移った。以下は質問項目を再構成してその要点をまとめた。
1. 臨床研究による再生の可能性
★ 治療効果をもたらす「液性の成分」とはどのようなものが想定されているのか。
A:注入した骨髄間質細胞から何かが出て、行動学的・組織学的効果が認められる。
その成分を特定することが現在の研究の方向であり、特定されればさらに効果を高めることが期待できる。★ 「機能回復」をどのように判定するのか。また、患者の損傷レベル、病態に応じて、治療効果をどのように判定できるのか?
A:さまざまな検査や評価尺度により機能回復度を判定していく予定で、身体所見、電気生理学的所見、画像所見を含めて検査項目を検討中である。1例だけで論議を尽くすのには難しい側面もあり、将来的には多施設での結果から比較対照していくことが必要である。★ 損傷レベルにより効果にどの程度の差が出ると予測されるか。
A:100〜200例のラットにおいて研究し移植群とコントロール群では統計学的有意差が明らかである。★ 注入された間質細胞は、まず脳脊髄液の下降流に乗って遊走すると思われる。損傷部位直近への注入でないと、十分効果が現れないのでは?〔腰部での注入では大部分がまず下位胸髄以下に遊走する?〕
A:サルの実験では腰部からの注入でも広範な脊髄表面に移植細胞が付着していることが確認されているので腰椎に注入することで問題はない。★ 移植する場合と同様の規格に調整されたヒト骨髄細胞をサルやラットの脊髄損傷モデル動物に移植して治療効果を示すか。
A: 異種移植となるため行っていない。★ 実験モデル動物では鋭利な切断が多いが、実際の患者の脊髄は挫滅タイプ。効果の相違は?
A:脊髄損傷ラットの評価法を定めたニューヨーク大学の挫滅タイプの実験法に則って実験し、挫滅タイプでの効果を確認してきた。★ 動物実験レベルでも、様々な損傷タイプについて比較評価が行われているのかどうか?されているとすれば、その事例は? また成功しなかった事例は?
A: 髄液経由での骨髄間質細胞の有効性はラットの挫滅タイプの損傷で確認した。★ 1例目の結果総括と2例目の実施時期など。
A:倫理委員会の承認を得られている臨床研究は1例にみをさすのでなく、同様の研究プロトコルにより適当な時期に適宜実施していく。
安全性の確認★ 骨髄液の採取量はどのくらいか。
A:1立方センチ(耳かき1杯程度でも可能であるが)程度。受傷直後に脊椎固定術のために取り出す腸骨から採取する。★ 骨髄間質細胞の培養法の安全性について。
A:採取した骨髄は粉砕して培養するが培養液はBSEフリーのものを用い〔培養液である牛血清からのBSE感染の危険性がないこと?〕、ドット管理する。培養のためのフィーダー細胞など使わずまったく普通の培養法であるので、そのプロセスは安全である。★ 脳脊髄液への注入〔腰からくも膜下腔?〕は腰椎穿刺と同じだが、注入間質細胞のクリーン度や相性によっては炎症を起こすことがあるか。〔通常のクモ膜下麻酔・鎮痛の場合でも、髄膜炎やクモ膜下腔感染症がある。〕
A:100例以上のラットで実験しているが炎症が発生したものはなく、移植細胞が骨に分化したこともない。受傷していないカニクイザルへの安全性試験でも問題なく、注入後8ヶ月経過したサルも現存している。ラットは1年以上観察している。
クモ膜下腔に注入した細胞は骨に分化することなく消滅する★ 培養する場合のGMP(優良製造規範)レベルのクリーン度をクリアできるか。培養細胞を臨床で使用する場合、GMP準拠が必要なのか、他施設での培養は不可なのか?
A:当初、細胞を施設外へ持ち出すことが問題と考え、倫理委員会へは関西医大の専用室で培養する方針で申請し認可された。しかし、現在厚生労働省で審議中の神経幹細胞指針ではGMP準拠が必要とされていくことから、(今回の臨床試験で用いるのは神経幹細胞ではないが)、GMP準拠施設で培養をすることを検討中。そのため、認可と異なる方法で実施することになれば倫理委員会に再申請する。★ 安全性に関してサルで確認した方法、内容について。その論拠がヒトにも妥当することの説明は?
A:上記、鈴木報告参照。長期観察でも異常は確認されていない。★ 免疫不全マウスに移植し、がん化しないこと、中枢神経系内で骨などの細胞に分化しないことを確認する必要があるか。
A:臨床研究の前にヒトの骨髄間質細胞を免疫不全マウスへ入れて実験する予定である。
100匹以上のラットの実験で組織の石灰化はなかった。骨髄間質細胞を注入することでBMP(骨形成タンパク質)刺激があるかどうかは分からないが、脳脊髄液は非常に特殊な環境であり刺激があるとは思われない。★ 被験者に伝える予測されるリスクの内容?
A:腰椎穿刺という注入手技に伴うものやウィルス感染によるリスク程度。
細胞注入で予測される最悪の状態は、何の効果もないことで、注入したことで損傷レベルなどがさらに悪化するということはない。(効果を確認したのはラットであり、サルに脊髄損傷を作ることは動物愛護の上からも問題が多いと考えている。この点は患者さんに説明し、同意された場合のみ被験者となっていただく。)★ 対象患者:頸髄損傷の下位レベルか、高齢者・未成年者は、完全麻痺か不全麻痺か?
A:搬送されてきた頸髄損傷の10%は頭蓋内や肺などの合併損傷で亡くなっており、また高位損傷ほど合併症の危険性が高い。高位損傷や高齢者でなく肺・循環器障害や慢性疾患のない人が対象としやすい。C3、4レベルでも単独損傷であれば対象となる。中学高校生程度の未成年者は対象としたい。初回には不全麻痺者は避けたい。★ メチルブレドニゾロンなど急性期治療薬との相互作用は?
A:メチルブレドニゾロンは受傷後8時間以内に投与され、その後24時間以内に終了するものであり、移植は受傷後10〜14日頃になるので相互作用はない。
2. インフォームド・コンセント(IC)について
★ 倫理委員会に提出したインフォームド・コンセントに関する内容。
A:臨床応用準備が完了した時点で準備状況を倫理委員会に提出するが、これはふつう学内に掲示されるだけだが、当事者団体も入手可能であるように配慮したい。
ICフォームは厚生労働省の「臨床研究に関する倫理指針」を踏まえた内容である。★ インフォームド・コンセントの方法:IC文書を被験者に渡すのか、誰がICを行うのか。
A:ICは、はじめは中谷教授が行う。IC文書は被験者に渡す。第一回目のICは本人には不可能と思えるため家族などの代諾となる見込みだが、骨髄液の採取自体は治療行為の一環として実施されるものなので理解を得られやすい。
移植するかどうかを確認する2回目のICは患者本人に行うが、患者本人が自分の病態やその将来をこの時点で十分に理解することは出来ない。そこで、可能であれば当事者団体が患者や家族に接触し、第3者として情報提供をして頂くことが望ましいと考えている。
ICを行う立場としては、患者に当基金の存在を教えるので、当基金と患者(家族)の接触があることが望ましいと考えている。その際に患者に示したIC文書を入手し、基金として意見を述べることが可能である。
患者が発生する前に、倫理委員会に提出したIC文書を第3者に公開するには、倫理委員会の承認が必要と考えるが、患者側から第3者に示されることには問題はないと考える。★ 急性期のインフォームド・コンセント取得という困難な課題を一定のモデル化するために、事後、適切な段階で、本人が同意した場合、第三者−例えば当「基金」などによる当事者聴取は検討できないか。
A:当事者団体の意見も取り入れてよりよい内容としていきたい。
〔質疑では、損傷レベルが軽くなると障害年金が減少して就労もできず障害者手当てでは生活できないという矛盾や、将来、慢性期の患者の治療において、痛みのみが現れる可能性も指摘され、慢性期患者を対象と出来る暁にはこれらも念頭に内容を検討していただくことになった。〕
3. 情報公開について
★ インフォームド・コンセント・フォームは公開できるか。
A:当事者団体が患者に介入することを通して全面的に入手可能である。公開の可否については倫理委員会の判断が必要と考えるが、何も妨げるものはないと考えている。★ 事後、適切な時期に一般向けの公開セミナーの開催などを検討できるか。
A:少しでも効果が認められれば積極的に対応したい。
〔質疑の中で、倫理委員会の再認可後、臨床研究を実施する前に公開セミナーを開催することで合意された。〕
4. その他
★ フォローアップ体制:研究グループにおける脳神経外科医、整形外科医、リハビリ専門医との関わりは。
A:関西医大ICUに脳神経外科医、整形外科医がおり、また各科のサポートも得られる。
ICUは絶えずベッドを開けておくことが必要であり、平均在院日数は10〜13日程度だが、脊髄損傷の場合には2,3ヶ月になっている。現状では大学内の病棟で経過を見ていくことは不可能であるが、再生治療が開始された暁には、学内の他科の病棟で経過を見ていきたい。例数を重ね高度先進医療として認められていけば学内の理解が得られやすい。★ 急性期以降のリハビリをどこでするか、今回被験者の追跡調査の体制。
府内の脊損ユニットを抱える医療機関は数ヶ月待ちの状態にある。もし、院内で経過観察が出来ない場合でも関連病院も含め症状が落ち着く半年程度は見ていきたい。
〔なお、京都大学「医の倫理委員会」では2004年1月13日、倫理委員会で承認した移植手術について、術後に月1〜2回の定期報告を求めることになった〕