| 骨髄間質細胞を用いた神経再生への試み (「実験医学」2002年6月号) |
出澤 真理(横浜市立大学。現、京都大学)
【要約】 骨髄間質細胞は、骨、軟骨、脂肪、心筋や神経などさまざまな細胞に分化する能力を持つ。また比較的に採取が容易であり、免疫拒絶反応の心配のない自家移植への可能性を秘めているため、再生医療へのポテンシャルは注目されつつある。本稿では神経再生を誘導し、なおかつ髄鞘形成能力を有する細胞の分化誘導と神経再生への応用について概説する。
◎ 初めに
- 末梢神経は再生するが、この末梢の環境を利用することで中枢神経再生を引き出せることがわかってきた。また、神経系由来の細胞を主流とした種々の細胞移植も試みられているが、神経系とはまったく異なる細胞も候補となりつつある。
◎ 骨髄間質細胞の多分化能
- これまでの生物学の概念:神経系は外胚葉から、筋肉・造血系は中胚葉から、肝臓などは内胚葉から形成されと考えられてきた。しかし胚葉という既成概念を越えた段階にきた。細胞のもつ可塑性は案外大きいのかもしれない。
◎ 中枢神経と末梢神経の再生能力における違い
- グリア細胞の種類は、中枢と末梢で大きく異なっている。
中枢神経:アストロサイトとオリゴデンドロサイト(ミエリンを形成)からなる。
末梢神経:シュワン細胞が主たるグリア組織であり、ミエリン形成を行っている。
- オリゴデンドロサイトにはNogoやMAG(ミエリン由来糖タンパク質)に代表される伸張阻害因子が含まれており、変性組織に置き換わってアストロサイトが肥大増殖しグリオーシス〔瘢痕〕を形成し、中枢神経の再生を阻害する。
- 末梢神経では、損傷の遠位におけるシュワン細胞が軸索の変性(ワラー変性)を受けて髄鞘を形成する分化状態から未分化な状態に変化し、さまざまなサイトカインや促進因子を産生することによって、再生に適切な環境を作り出す。
- ミエリン:シュワン細胞由来のものではオリゴデンドロサイトに比べてはるかに阻害作用が少なく、その組成自体が末梢と中枢で大きく異なっている。
◎ 神経再生におけるシュワン細胞の有用性
- ワラー変性の中に存在するシュワン細胞:ニューロトロフィン、毛様体神経栄養因子(CNTF)、繊維芽細胞増殖因子(FGF)を初め多くに栄養因子を産生する。これらは、損傷した神経線維に働きかけ、生存と再生に作用する。
- シュワン細胞の基底膜:突起伸張において支持的に働く細胞外基質〔細胞間質〕が含まれL1などの接着分子が線維の伸張を助ける。
- 再生線維とシュワン細胞間における接着の足場構造としてタイト結合〔細胞間の間隙がない〕が、物質流通のホットラインとしてギャップ結合〔細胞間の間隙がある〕が介在し、緊密で構造的な連結が形成されている。
- 中枢神経は再生にネガティブだが、神経細胞そのものは潜在的に再生能力を持っている。阻害的なグリア環境をシュワン細胞に置き換える〔=末梢神経の環境にする〕ことで再生を引き出すことが可能である。すなわち、シュワン細胞は末梢神経だけでなく、中枢神経の再生も誘導できる。
- 他の神経線維再生を引き出す細胞:シュワン細胞のほか、上衣細胞〔脳室の内面を被い線毛を持つ〕、嗅神経鞘細胞(OEC)、神経幹細胞が報告されている。
- シュワン細胞を用いる大きなメリット:ミエリンの再形成。神経系の多くの線維が有髄線維であり、仮に再伸張を導いても線維のミエリン化と跳躍伝導の獲得が機能回復のキーポイントになる。シュワン細胞を中枢神経に移植することによって神経線維の再生を促すことができるだけでなく、それらの線維のミエリン再形成を図ることも可能であり、機能再建における合目的性がある。
◎ 骨髄間質細胞のシュワン細胞への分化誘導と
神経再生への応用
- シュワン細胞以外のソースの必要性:シュワン細胞が末梢神経に存在するため、手足から神経片を採取し単離するので侵襲がある。また成人由来シュワン細胞の大量培養は困難。
- 骨髄間質細胞からのシュワン細胞の分化誘導:
誘導法;成体ラットの骨髄間質細胞を採取し継代培養後、β−メルカプトエタノール(BME)を24時間投与、その後レチノイン酸を3日間添加し、最後にforskolin(FSK)、繊維芽細胞増殖因子(bFGF)、血小板由来成長因子-AA(PDFG)および heregulin-β1(HRG)を同時に培地に加え、シュワン細胞と同形質の細胞に分化誘導された。〔β−メルカプトエタノール:還元剤であり、組織培養分野ではその効果が明らかにされている〕
- この細胞を成体ラットの切断した坐骨神経と視神経に移植した結果、どちらも旺盛な再生を認めた。再生線維の多くは移植片の中の標識された骨髄間質細胞によるミエリン形成が認められた。 このような誘導によりなぜシュワン細胞ができたかは、今後の検討課題。
◎ 今後の展望
- 多分化能を持つために、目的とした細胞以外のものへの自発的な分化を制御することが最大の課題。