| 〔関西医大臨床試験の前提になった動物実験研究の紹介〕 |
2004年4月
関西医大脊髄再生治療臨床試験に向けての前臨床動物実験研究
関西医大と京都大学医学部との共同臨床試験として、脊髄再生治療のヒトへの応用計画が明らかになったのは、2003年12月であった。その基礎となったのは、京都大学の形成外科や神経生物学等の研究者グループが、長年取り組んできた、ラットを用いての一連の動物実験研究である。このグループは、従来治療が不可能とされてきた損傷した脊髄の修復・再生をテーマとして、研究を積み重ねてきた。そのなかから、今回の臨床試験に連なっていると思われる四つの研究を紹介したい。同研究チームが、海外の英文専門誌に発表した4本の研究論文を全文翻訳したものである。「本邦初」という機会に、患者も非専門家も一度位、治療法開発のためにどのような動物実験研究が行われているか、知ってもよいと考えられるからである。患者や非専門家は、専門的な研究論文に触れる機会は殆どない。また、自ら求めて目を通す契機も余りない。今回は、研究者グループの先生から論文を提供して頂き、翻訳紹介の了解を得た。
研究者グループが、実際にヒトへの応用の可能性があり有望である、と判断し、臨床応用試験を企画する際の基礎となった動物実験研究である。是非一覧を試みて頂きたいと思う。
ここで紹介する論文は以下の4本である。発表年次順に紹介する。
▼ これらのそれぞれの研究が、明らかにしようとし、得た結果は以下の通りであった。
1) ラットの胸髄T9〜10レベルを横断的に完全に切除し、その切除部分にスポンジ状の人工材料アルギナート・ゲル(アルギン酸塩)を埋め込むように移植すると、切断した脊髄の断端部から、アルギナートスポンジの穿孔に向かって神経突起が吸い込まれるように伸張して、脊髄神経の切断部分は架橋された。その後、アルギナート・ゲルは分解しやがて消失した。再生部分について、運動神経誘発電位(MEP)と体性感覚誘発電位(SEP)の記録をとると、複合電位が再生部分越しに伝播することが計測された。このことは、切断された脊髄が、切除部分を架橋するように再生したことを示唆する。このことから、アルギナート・ゲルが神経再生を誘導する人工材料として有望であると判断される。
2) 胸髄T8〜9位に錘を落とし脊髄挫傷を負わせたラットの第四脳室に神経幹細胞に注入すると、神経幹細胞は脳脊髄液にのって運ばれ脊髄軟膜に付着し増殖した。ついで損傷した脊髄の病変部に浸入し、宿主脊髄に組み込まれ、分化して一体化しているのが観察された。細胞の移植が脳脊髄液を介して実施できるというのは、貴重な知見の一つである。脳脊髄液を介して細胞の投与を行うことは、神経幹細胞を中枢神経系の病巣部に移植する有望な方法の一つであると考えられる。
3) 骨髄間質細胞を胎児脊髄由来のニューロスフェア(神経前駆細胞)と共培養を行って、その神経前駆細胞への作用を調べ、ついで胸髄T8〜9位に錘を落とし脊髄挫傷を負わせたラットの挫傷部の病変部位に骨髄間質細胞を直接移植してみた。ニューロスフェアに対しては、培養皿への付着と周辺への細胞突起の伸張を促進しているのが観察された。損傷した胸髄への直接移植においては、宿主神経組織の修復と病変部の空洞縮小を促進しているのが観察された。移植されたラットの運動機能は、BBBスコアで統計的に有意に改善していた。これらのことは、骨髄間質細胞が何らかの栄養因子を放出し、神経細胞の分化・増殖を促進することを示唆する。移植した骨髄間質細胞が脊髄病変部の組織を修復する役割を果たしたと考えられよう。骨髄間質細胞の移植による脊髄再生は可能であろう。
4) 胸髄T8〜9位に錘を落とし脊髄挫傷を負わせたラットに第四脳室から他のラットの骨髄間質細胞を注入して、脳脊髄液を介しての移植を行った。その結果、ラットの挫傷部脊髄の病変部分に生じた空洞が縮小し、ラットの運動機能はBBBスコアで改善した。骨髄間質細胞自体が神経細胞に分化した所見はないので、これは、骨髄間質細胞から何らかの液性因子が脳脊髄液中に放出され、それが、病変部の修復を促進する作用を及ぼしたためと考えられる。この結果は、脳脊髄液を介して自己骨髄間質細胞を移植する方法が、免疫上のリスク、外科的手技による追加的脊損惹起のリスク、ともに避けえる脊髄損傷治療の有望な方法であることを示唆する。
▼ これらの研究から引き出される今回の臨床試験実施の論拠を、端的に要約すれば、以下の点に尽きると考えられる。
即ち、一連の動物実験は、ヒトへの臨床応用が可能なことを示唆している。
骨髄間質細胞は、脳脊髄液中で何らかの液性因子(栄養因子)を放出し、その栄養因子は、脊髄の損傷部位における病変部のニューロンやグリア細胞の修復・再生を促進するよう作用する。その結果、病変部の空洞は縮小し、ラットの運動機能がBBBスコアで改善を示した。このような動物実験に基づけば、自己骨髄間質細胞を脳脊髄液に注入することによる脊髄損傷治療も期待出来る。脳脊髄液を介しての自家移植は、免疫上のリスクも少なく、外科手術が不要なことから、追加的外傷性脊髄損傷を引き起こすリスクもない。この方法は、ヒトに適用し得る極めて有望な方法と考えられる。
なお、上記一つ一つの論文の翻訳作業には、以下の方々のご協力とご尽力を頂いた。
井上みち子氏(東京薬科大学)、加藤哲太氏(東京薬科大学)、平野和也氏(東京薬科大学)、新谷進氏(赤十字語学奉仕団)、天野千草氏(赤十字語学奉仕団)、渡辺理恵子氏(赤十字語学奉仕団)、伊藤淑子医師(内科)。なお、伊藤淑子医師には、全体を一読して頂きアドバイスを頂いた。これらの方々に心から感謝申し上げたい。
全ての論文を通しての訳語やワーディングのチェック、調整、補足訳、付注は、阿部由紀が行った。訳語は、訳者の考え方や思想をあらわすこともあるので、出来るだけ、各訳者の翻訳を忠実に生かすようにした。原文の注記引用文献リストの翻訳は省略した。原文にある使用試験薬、器材等の製造企業の在社地域は国名に統一した。論文を読みやすくするため、原文各章節に番号がない場合でも各章に番号を付した。
− 以上 −
阿部由紀・記