| NeuroReport 10(1999) Regeneration of transected spinal cord in young adult rats usingfreeze-dried alginate gel 凍結乾燥アルギナート・ゲルを用いる 若い成体ラットの横断切断脊髄の再生 |
Kyoko Suzuki, Yoshihisa Suzuki(鈴木義久), Katsunori Ohnishi, 1
Katsuaki Endo 2 Masao Tanihara3 and Yoshihiko Nishimura
京都大学医学部形成外科、京都大学医学部神経生理学
要 約
奈良科学技術研究所大学院材料科学(Material Science)
最近報告してきたように、われわれの開発した凍結乾燥アルギナート・ゲルは末梢神経の再生能を高めるものである。本研究の目的は、このアルギナート・ゲルが成体哺乳動物の重症の脊髄損傷においても神経の再生を促進しうるかどうか調べることにある。生後30日のウイスター・ラットを用いて、T9-T10位の脊髄を全部切り取り、アルギナート・ゲルを裂け目に移植した。術後45日目に、アルギナート・ゲルをとどめている裂け目のいたるところに、有髄性および無髄性軸索が再生していた。伸張した軸索は、電気生理学的には裂け目越しに機能的出芽を作り出すものであった。結論として、アルギナート・ゲルは、損傷した中枢神経系を修復する人工的神経誘導体の1つとして有力な材料である。
キーワード:成体ラット、アルギナート〔アルギン酸塩〕、人工的神経、生物分解性の材料、中枢神経系、凍結乾燥ゲル、末梢型シュワン細胞、再生、脊髄
はじめに
褐藻類から分離されるアルギナート〔アルギン酸塩〕は、生物吸収性に富む長鎖多糖類の1つであり、2つの単糖類、β-D-マンヌロン酸およびα-L-グルロン酸から構成されている。われわれは最近、細胞増殖に及ぼす害作用を減弱化した新しい凍結乾燥アルギナート・ゲルを開発した。そしてこのアルギナート・ゲルを介して、末梢神経系内の距離の長い裂け目越しに、軸索の伸張がもたらされることを実験的に示した。本研究の目的は、脊髄損傷によって切断された軸索がアルギナート・ゲルを介して伸張しうるかどうかを、脊髄の再生能力の低い若い成体ラットを使って調べることにある。
材料と方法
外科的処理: 生後30日齢のウイスター・ラット30匹をペントバルビタールの腹腔内注射で麻酔下に置いた。胸椎T7−T9水準で脊髄を露出し、2oの裂け目をつくるためT9−T10位の脊髄部分を取り除き、アルギナート・ゲルを神経断端部の近位と遠位に注入した。
機能評価のための電気生理学的研究: 術後45日目に運動神経誘発電位(MEP)と体性感覚誘発電位(SEP)の記録をとった。方法は以前の論文に記載した通りである(5,6)。簡単に記すと、ケタミン塩酸塩麻酔下に、感覚運動皮質を経皮的に刺激し、後肢の筋肉に刺した電極針で誘発されたMEPを記録した。さらに、後肢の筋肉運動神経を直接刺激し、頭皮に刺した電極針でSEPを記録した。
次にラットを低温のクレブス溶液で経心的に灌流し、再生部分を含む脊髄を速やかに取り出し、記録をとるまで持続的に酸素を付加したクレブス溶液中に保存した。記録チャンバーの内側で、取り出した脊髄の吻側部軸索を刺激し、尾側部で下行性の活動電位を記録した。続いて、脊髄を再生部分の水準で横断面に切断し、上記記録を再度おこなった。
組織学的手法: 術後45日目のラットの心臓を0.1M PBSで灌流し、さらに2%のグルタルアルデヒドを含む0.1M PBS で灌流した。その後の処理についてはわれわれの以前の報告のとおりである(4)。切片(厚さ1μm)を光学顕微鏡用にトルイジンブルーで染色した。位相差顕微鏡用には、切片(厚さ60-90nm)をクエン酸鉛と酢酸ウラニルで染色した。
本研究の実験手順はすべて、京都大学動物実験ガイドラインに準拠した。
結 果
電気生理学的研究:MEPとSEPはすべてのラットで検出された。MEPおよびSEPの潜伏時間は、それぞれ17-22ms、18-22msであった(図1A)。
図1
A:運動神経誘発電位(MEP)と体性感覚誘発電位(SEP)。50振動毎の誘発平均電位。
B:記録装置を示す模型図。再生した脊髄部分で切断前、切断後の活動電位の下行を示す。
図1Bは、複合活動電位が再生部分越しに伝播するが、横断面に切断すると消失することを示すものである。
組織学的知見: 顕微鏡的に確認すると、裂け目の脊髄部分は5mmの半透明な構造物であった。新たに形成された脊髄の切片は、アルギナート・ゲル、多数の軸索神経線維路および血管などをとどめており、ゆるい結合組織実質であることを示すものであった(図2A, B)。中央部には大きな中心管が観察された。数多くの有髄性および無髄性軸索が集合して神経線維路となり、その周りを神経周膜様の構造物が取り囲んでいた。有髄性軸索はシュワン様細胞の鞘に覆われており、シュワン様細胞の周りは基底膜が取り囲んでいる(図2C)。いくつかの無髄性軸索は1個のシュワン様細胞に取り囲まれている(図2D)。
図2
A:新しく形成された脊髄の組織学的切片、顕微鏡画像。中心管(cc)および血管(矢印)が出現していることに注目されたい。画像上方が脊髄の背部側。スケールバーは300μm。
B:図A内の四角いボックスの拡大画像。再生しつつある軸策がまだ残っているアルギナート・ゲル(矢印の先)の中へと伸張しつつあることを示している。急性ないし慢性の炎症反応は観察されなかった。明確な線維束の構造物と、ずんぐりとした抹消型のミエリン鞘を有する軸索が数多く存在する。マクロファージ様細胞(M)および血管(v)が出現していることに注目されたい。スケールバーは20μm。
C:およびD:再生した脊髄の横断面切片、代表的な電子顕微鏡画像。ずんぐりとした末梢型のミエリン鞘がシュヴァン様細胞(S)と一対一の関係を作り上げている。有髄性軸索や無髄性軸策を包囲するシュヴァン細胞(S)の外層部は基底膜(矢印の先)で覆われており、その向うには膠原線維(図CとDの?印)がある。スケールバーは図Cが0.5μm、図Dが1μm。。
考 察
成体の中枢神経系には再生能力がないというセントラル・ドグマを打ち破る試みは以前から続けられてきたことではあるが、最近の研究が示唆するように、成体の脊髄の再生能力はこれまで考えられてきた以上に大きい(7)。一部の研究が実験的に明らかにしているのは、生物学的な基質を移植すれば、損傷した脊髄が裂け目越しに再生してくるだろうということであった。しかし細胞成分ではなく、人工的材料を介して中枢神経系の再生の有無を論じる報告はごく限られている。
今回の組織学的結果が指し示すように、人工的材料の1つである凍結乾燥アルギナート・ゲルもまた、若い成体ラットの損傷した中枢神経系の再生化を示す物の1つである。電気生理学的結果が示唆しているのは、軸索の上行でも下行でも、機能的には有効な出芽を作り上げており、これが裂け目越しに脊髄の他方の側に向かっているということである。脊髄の発達度を基準にするなら(15-17)、生後30日時点で手術をほどこしたラットにおいて、移植したアルギナート・ゲル中に神経線維の芽が出るというのは、発達ではなく、再生と考えられる。
再生した部分は新生血管を十分に形成しており、数多くの末梢型神経線維路も内に含んでいた。すでに、嗅神経鞘細胞ないしはシュワン細胞の移植により、脊髄神経線維の再生に成功したという先行報告は存在している(8, 9)。これらの神経線維は末梢型であり、再生しつつある宿主の軸索と移植した細胞由来成分から構成されると報告されている。それに比べ我々の実験で移植したアルギナート・ゲルは、いかなる細胞成分も含んではおらず、同じような組織学的知見をもたらしてくれた。われわれが標本中に見いだしたシュワン様細胞の由来については、なお検討の余地があるだろう。
非常に興味ぶかいことに、軸索が再生するのは、褐藻類由来の多糖類アルギナート・ゲルを介してである。組織学的知見が示唆しているように、アルギナートは、断端の間に出来上がると身体的障害作用を生ずる線維性瘢痕形成やグリア瘢痕形成を抑制すると言えるだろう。
移植後アルギナートはゆっくりと生物分解を受け、続いて脊髄の軸索が再生するにつれて溶解していくことで、軸索の成長にみあったスペースを整えることになるのかもしれない。またアルギナートのスポンジ構造が、切れた断端部から穿孔部へ放出される誘導信号(guidance cues)を一点に集中させるのかもしれない。かくして、切断された軸索の成長錐体が、誘導信号を含む穿孔部へと引き寄せられ、誘導信号の密度勾配にそって上行しうるのであろう。
結 び
ゲル粘度や穿孔構造をさらに改善する必要はあるが、共有結合を有するアルギナート・ゲルは、成体の脊髄欠損を修復する有力な人工的神経誘導体の1つになると言えそうである。
脚注(References)
1. Suzuki Y, Nishimura Y, Tanihara M et al. J Biomed Mater Res 39, 317‐322(1998).
2. Suzuki Y, Nshimura Y, Tanihara M et al. J Artif Organs 1, 28‐32 (1998).
3. Suzuki Y, Tanihara M, Nishimura Y et al. J Biomed Mater Res 48, 522‐527(1999).
4. Suzuki Y, Tanihara M, Ohnishi K et al. Neurosci Lett 259, 75‐78 (1999).
5. Rapalino O, Lazarov-Spiegler O, Agranov E et al. Nature Med 4, 814‐821(1998).
6. Kalderon N and Fuks Z. Proc Natl Acad Sci USA 93, 11185‐11190 (1996).
7. Olson L. Nature Med 3, 1329‐1335 (1997).
8. Guest JD, Rao A, Olson L et al. Exp Neurol 148, 502‐522 (1997).
9. Ramon CA, Plant GW, Avila J and Bunge MB. J Neurosci 18, 3803‐3815 (1998).
10. Iwashita Y, Kawaguchi S and Murata M. Nature 367, 167‐170 (1994).
11. Giovanini MA, Reier PJ, Eskin TA et al. Exp Neurol 148, 523‐543 (1997).
12. Diener PS and Bregman BS. J Neurosci 18, 763‐778 (1998).
13. Akesson E, Kjaeldgaard A and Seiger A. Exp Neurol 149, 262‐276 (1998).
14. Senoo E, Tamaki N, Fujimoto E and Ide C. Neurosurgery 42, 1347‐1356 (1998).
15. Nagashima M. Neurosci Res 19, 81‐92 (1994).
16. Reh T and Kalil K. J Comp Neurol 200, 55‐67 (1981).
17. Matthews MA and Duncan DA. J Comp Neurol 142, 1‐22 (1971).
なお本研究は、日本文部科学省の科学研究助成、と日本科学振興協会の助成を得て行われた。
翻訳:井上みち子(東京薬科大学・薬学部)