阪大での慢性脊損者への嗅粘膜移植の実施について
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嗅粘膜移植に関する懇談会報告

日本せきずい基金事務局(文責)



 日 時:2006年7月9日(日)午前11時〜午後2時
 会 場:目黒区心身障害者センターあいアイ館会議室
 報 告:大阪大学医学部脳神経外科 吉峰俊樹教授、岩月幸一助手
 

 〔はじめに〕
 吉峰教授を主任研究者とする「自家嗅粘膜移植による損傷脊髄機能再生法の研究」が7月11日の大阪大学倫理委員会で最終的に承認される見込みとなった。7月13日に要望があれば記者会見を開くことになったが、それを前に当事者団体に説明しておきたいという研究者側の意向から、この臨床研究に関する懇談会が開催された。
 当日、研究者側の配布資料は、
1) これまで世界で実施された脊髄損傷に対する細胞療法一覧及び嗅粘膜移植の概要
PDFファイル:阪大OM―3 123kb
2) 「自家嗅粘膜移植による損傷脊髄機能再生法の研究」説明書(患者向け)
PDFファイル:阪大OM―1 866kb
3) 嗅粘膜委嘱直後から阪大独自で実施予定の血管拡張剤「エリル注S」の説明書
PDFファイル:阪大OM―2 193kb
4) アメリカ・パラプレジア協会刊行のJ. of Spinal Cord Medicineの2006年3号に掲載された論文。
(近日中に概要をUP予定)
@ Carlos Lima医師らの7例の治療成績の発表論文
Olfactory Mucosa Autografts in Human Spinal CordInjury:a pilot clinical study
A 米国のケスラーリハビリテーション研究所の医療部長Steven Kirshblumによる上記論文への批判的コメントと、Lima医師らによる反論。

 ◆ 〔岩月先生の報告から〕
脊髄損傷に関する鼻粘膜移植は、ポルトガルのカルロス・リマ医師らのグループが実施している手法で、ポルトガル以外でもコロンビア(20例以上)などで実施され、ニュージーランドでは本年12月から実施される(これまでの実施件数は本年5月まで世界で90件以上)。  
 ポルトガルでは2001年からリスボンの国立エガス・モンツ病院のLima医師〔神経生理学〕や脳外科、耳鼻咽喉科医師らのグループが鼻粘膜移植を開始した。岩月先生は2003年以降、何回かポルトガルで研修を行なってきた。鼻粘膜移植の効果は微々たるもので、改良していくことが必要で、基礎研究が不足していると感じ、阪大では完全離断モデルによるマウスの実験を行ない、現在投稿中である。この手法は臨床研究の時期に来ていると判断している。
今回の臨床試験に関しては、13日に記者会見するが、正確に報道されるかどうか危惧している。発展途上の研究であり、過大な期待をもたれても好ましくない。
この研究はCarlos Limaらを中心としたアメリカ、イタリア、ドイツ、ニュージーランドら各国の研究者が結成した「OMA」研究機関(Olfactory Mucosa Autograft:嗅粘膜移植)の共同研究として実施される。これまで年1回の会合が行なわれ、本年9月のフィレンツェの会議ではリハビリテーション・プロトコルを作成する予定である。Lima医師は代表とはならない。治療成績はOMAに集約して、世界のどこかで副作用が生じれば直ちに共同研究メンバーに伝えるネットワークが出来ている。
移植法について:鼻粘膜を採取し脊髄の瘢痕を除去して移植するということで、非常にプリミティブとも原始的にも見える手法だが、幹細胞を培養して移植する際の様々な問題点を考慮すると非常にプラクティカル(実践的)な手法であると言える。ただ、Lima医師は基礎的なデータ(動物実験などの?〕を持っていない。
 手術では鼻粘膜を採取し1mm角ほどにして、椎弓を切除して脊髄の損傷部位を開き、そこにできているグリア瘢痕をメスで全て取り出し、嗅粘膜を隙間なく列状に入れてから縫合していく。
嗅粘膜(OM:olfactory mucosa)の特異性:ヒトの体で生涯にわたって神経幹細胞が再生している場所は、@海馬歯状回と、A嗅球−鼻粘膜(嗅神経投射)である。Aは発生学的には全く中枢神経で、嗅神経固有層(OLP:olfactory lamina propria)→嗅球→嗅粘膜と発達していくので、発生原基は中枢神経である。つまり嗅粘膜はES細胞に近い基底細胞と考えられ、nature誌には基底細胞からマウスを作成した論文がかつて掲載された。
 <記憶の座である海馬からの幹細胞の採取は考えられない>
 嗅球は絶えず脳脊髄液にさらされているので、脊髄に入れても大きな環境変化を受けない。嗅上皮(olfactory epithelium:OE)は子どもほど活発であるが40歳をすぎると嗅粘膜ではなく呼吸上皮が増えてくるため、この対象患者は40歳以下になる。
 嗅粘膜はさまざまな感染が一般的には心配となるだろうが、実際にはほとんど菌がなく、菌に強いことが分かった。また生着しやすい。
臨床試験計画の概要:(研究計画説明書より)
1) 対象患者は以下のすべてを満たす者。@受傷後6ヶ月以上、A両下肢の完全麻痺(ASIA−AかB)、BMRIで脊髄の損傷部位の長さが3cm以下、C鼻腔に感染症(有害な菌)がない、D40歳以下(理解力を考えて7歳以上)   ‖ ◎実施予定数:40例
2) 手術法:脊椎の後ろ側の骨をとり(椎弓切除)、損傷部位を露出させ、顕微鏡でグリア瘢痕を除去する。内視鏡で鼻の中の嗅粘膜を取り出し細かく切る。最後に嗅粘膜を移植し、傷を閉じて手術終了。術後は、リハビリテーションに力を注ぐ。
 ★ 阪大独自の手法としては、血管拡張剤の市販薬エリル注Sを術後直後から2週間、静注し機能回復の向上を図る。これはくも膜下出血向けの薬剤で、その禁忌である糖尿病、腎・肝機能障害、重度の意識障害、や低血圧や子どもも対象外で、希望者のみに投与する。
3) 海外での治療成績:当日配布の上掲Lima論文による
(術後1年以上の7人の患者の運動感覚機能の変化)
運動機能;ASIAスコアで、完全四肢運動麻痺3人は平均6.3±1.2点の回復
完全両下肢運動麻痺4人は平均3.75±1.1点の回復
上肢運動機能障害の3人はいずれも少し回復
下肢運動機能は7人とも程度は様々だが回復傾向。内2人はごくわずか。
感覚機能:ASIAスコアでライトタッチは7人中6人で平均20.3±5.0点の改善
痛覚では平均19.7±4.6点の改善
 (注記:なおASIAスコアの運動機能得点は、左右50点ずつで合計100点、
ライトタッチは左右56点ずつの計112点、ピン痛覚も左右56点ずつの計112点)
排泄機能は、7人中2人が尿意回復(程度不明)、1人が肛門括約筋の随意収縮が回復
4) 術後合併症(2006年春までの90例において)
@ 術後皮下髄液貯留:11例(ドレナージ/排出処置が2例、他は自然消失)
A 術後髄膜炎:3例(MRSAによる。すべて抗生物質で治癒)
B 術後鼻血:3例、C術後鼻腔感染症:3例、D嗅覚低下:1例/鼻感染症による
嗅粘膜移植による腫瘍・手足の異常な痛み/神経因性疼痛・死亡例はなし。
5) 費用負担:椎弓切除による本人負担分のみ(5本切除で20数万円、その1/3負担)
<ポルトガルでは保険適用されており、国民は無料だが、海外からの患者300―400万円程度支払っている模様>
臨床試験のフローチャート <倫理委員会の承認後の流れ、2006年11月より実施予定>
大阪大学病院未来医療センター:2006年9月より窓口開設後に受診
「審査・評価委員会」(第三者機関、患者の適格性の審査)
 コーディネーター
「適応審査委員会」(整形外科・神経内科・脳外科・リハビリ科)
術前評価(大阪府立心身障害者センター/堺市で神経機能などの評価)
 入 院
「術前検討委員会」
手術・早期リハビリテーション・・・・・以上が、阪大病院にて
リハビリテーション(府立心身障害者センター、大阪労災病院、総合せき損センター)
術後評価・・・・1年以上経過観察する/可能な限りフォローアップする
 リハの国際基準はMOAの9月の会議で決定する(国内の担当リハ機関も参加)。
エリル注Sの使用について
 ミエリン・デブスのMAG、Nogo、OM8p(?)などのミエリン関連タンパク質が髄鞘再生を阻害している。これらRho-kinaseのインヒビター(凝固を中和する作用)のHA-1077はすでにくも膜下出血の治療薬として旭化成ファーマーから市販されており(エリル注S)、これを用いて機能回復の向上をはかる。倫理委員会ではこの投与法がかなり論議され、今回の臨床では上記のように成人の適格の希望者のみに投与されることになった。
 ラットは嗅粘膜と呼吸粘膜を明白に識別できる。T8-9レベルの完全離断モデル(1.5mm)を作成し8週後に嗅粘膜+エリルのものと呼吸粘膜+エリルのラットを比較した。BBBスケールでは回復度は高くないものの、前者で3.5レベルまで回復し後肢の協調運動が見られ、後者では2.5レベルの回復だった。嗅粘膜の成分を含まない呼吸粘膜移植群でも2.5レベルまで回復したことはエリルでも損傷部で足場になれることを示している。
その他
  • 感染対策としては、鼻腔へのイソジンと生理食塩水の使用。予想以上に有害な菌は見られないが阪大ではさらに術前の完全検査の実施のほか、術中の感染検査も検討中である。感染はOMA機関では殆ど問題になっていないが、問題発生すればメールで周知される。
  • 対象患者は受傷後6ヶ月以上とし、逆に受傷後何年以下とはしていない。しかし、長期経過すると神経・筋萎縮や廃用症候群の問題もあり、当初は10年後というのは難しいのではないか。また当初は胸髄損傷から始め、下位頚損へと広げていきたい。

 ◆ 〔吉峰教授から〕
嗅粘膜移植への壁
1) 手術に適した細胞とは何か:一般には「成熟細胞」ほど望ましく、「幹細胞」はその実態が不明の点が多く使えない。嗅粘膜は前駆細胞で、現在の段階で脊髄機能の回復のために使える細胞はこれだけ。<ただし細胞療法ではない。>
2) 脊髄の血管について:脊髄内には様々な血管があった。血管のないまま移植組織をそこにおいてしまうと、弱って潰れていくのではないか。たくさんの嗅粘膜を入れても全部が全部生きているのではないのだから、将来的にはもっと生着しなければ治療成績は向上しない。
3) 脊髄の神経管と神経細胞:構造全体を再生する気配はない
4) 脳と脊髄の関係:運動の0.4秒前から脳には磁場が発生する。この伝達メカニズムのからむ問題・・・・・

 再生のためには自己組織がベストであり、脊髄損傷では嗅粘膜が現在利用可能な最良の組織である。将来の改良が必要で、本治療法はその第一歩である。

<以上>


ポルトガルでの鼻粘膜移植  カルロス・リマ医師 From KCTS

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