嗅粘膜移植に関する懇談会報告
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2006年7月10日

日本せきずい基金事務局(文責)

日 時:2006年7月9日(日)午前11時〜午後2時
会 場:目黒区心身障害者センターあいアイ館会議室
報 告:大阪大学医学部脳神経外科 吉峰俊樹教授、岩月幸一助手

 〔はじめに〕
 吉峰教授を主任研究者とする「自家嗅粘膜移植による損傷脊髄機能再生法の研究」が大阪大学医学部倫理委員会で承認され、近々公表される見込みとなった。それに先立ちあらかじめ当事者団体に正確な内容を説明しておきたいという研究者側の意向から、この臨床研究に関する懇談会が開催された。
 当日、研究者側の配布資料は、
1) これまで世界で実施された脊髄損傷に対する細胞療法一覧及び嗅粘膜移植の概要
2) 「自家嗅粘膜移植による損傷脊髄機能再生法の研究」説明書(患者向け)
<今後、阪大病院未来医療センターのホームページで公開の見込み>
3) 嗅粘膜委嘱直後から阪大独自で実施予定の血管拡張剤「エリル注S」の説明書
4) アメリカ・パラプレジア協会刊行のJ. of Spinal Cord Medicineの2006年3号に掲載された論文。
(近日中に概要をUP予定)
@ Carlos Lima医師らの7例の治療成績の発表論文
Olfactory Mucosa Autografts in Human Spinal CordInjury:a pilot clinical study
A 米国のケスラーリハビリテーション研究所の医療部長Steven Kirshblumによる上記論文への批判的コメントと、Lima医師らによる反論。

 ◆〔岩月先生の報告から〕
 脊髄損傷に関する鼻粘膜移植は、ポルトガルのカルロス・リマ医師らのグループが実施している手法で、ポルトガル以外でもコロンビア(20例以上)などで実施され、ニュージーランドでは本年12月から実施される(これまでの実施件数は本年5月まで世界で90件余り)。
 ポルトガルでは2001年からリスボンの国立エガス・モンツ病院のLima医師〔神経解剖病理学〕を中心として脳外科、耳鼻咽喉科医師らを含むグループが鼻粘膜移植を開始した。岩月先生らは2003年以降、何回かポルトガルを訪問し、手術の実際や術後の回復過程を確認し、その結果この方法は本邦に導入する意義が大きいと確信し、臨床研究としてスタ−トすることとした。ただしこの鼻粘膜移植の効果はまだ限定的であり、将来は改良していくことが必要であると考えている。また基礎研究データが不足していると感じ、ラット脊髄完全離断モデルを用いた実験を行ない、有効性が確認された。以上から、この手法は臨床研究の時期に来ていると判断している。
 この研究はCarlos Limaらを中心としたアメリカ、イタリア、ドイツ、ニュージーランドら各国の研究者が結成した「OMA」研究機関(Olfactory Mucosa Autograft:嗅粘膜自家移植)の国際共同研究として実施される。これまで年1回の会合が行なわれ、本年9月のフィレンツェの会議ではリハビリテーション・プロトコルを作成する予定である。治療成績はOMA機関に集約して、共同研究メンバーに伝えるネットワークが出来ている。
 移植法について:本人の鼻粘膜を採取し脊髄の瘢痕を除去して移植するということで、手法としては簡単であるが、現在考えられている幹細胞を培養して移植するなどの際に見られる様々な問題点を考慮すると、現段階の医学としては非常にプラクティカル(実践的)な手法であると考えている。
 手術では鼻粘膜を採取し1mm角ほどに細切して、椎弓を切除して脊髄の損傷部位を開き、そこにできている瘢痕組織をメスで全て取り出し、その空洞に細切嗅粘膜組織を隙間なく入れて縫合する。
 嗅粘膜(OM:olfactory mucosa)の特異性:ヒトの体で生涯にわたって生理的条件下で神経幹細胞が再生している場所は、@海馬歯状回と、A嗅球−鼻粘膜(嗅神経投射)である。Aは発生学的には中枢神経に属しており、嗅粘膜中の基底細胞は幹細胞様性格を持っている。これに対し脳内の記憶の座である海馬からの幹細胞の採取は医学的にも倫理的にも無理である。
 鼻腔内の粘膜の内嗅粘膜の範囲は子どもほど広く、40歳をすぎると嗅粘膜ではなく呼吸粘膜が増えてくるため、この対象患者は40歳以下が好ましい。
 嗅粘膜はさまざまな感染が一般的に心配とされるが、実際には術後感染は少なく、また生じても抗生物質で対応できている。ほとんど菌がなく、菌に強いことが分かった。また生着しやすい。
 臨床研究計画の概要:(研究計画説明書より)
1) 対象患者は以下のすべてを満たす者。@受傷後6ヶ月以上、A両下肢の完全麻痺(ASIA−AかB)、BMRIで脊髄の損傷部位の長さが3cm以下、C鼻腔に感染症(有害な菌)がない、D40歳以下(本人の理解力を考えて7歳以上) ‖ ◎実施予定数:40例
2) 手術法:脊椎の後ろ側の骨をとり(椎弓切除)、損傷部位を露出させ、顕微鏡下に瘢痕組織を除去する。内視鏡で鼻の中の嗅粘膜を取り出し細かく切る。最後に嗅粘膜を移植し、傷を閉じて手術終了。術後は、リハビリテーションに力を注ぐ。
阪大で改良を考えた手法としては、神経軸索の伸長を阻害するミエリン関連蛋白を阻害するRho-kinase inhibitor〔ローキナーゼ阻害抗体〕を術後直後から2週間、点滴静注し機能回復の向上を図ることである。これはくも膜下出血後の血管攣縮に適応が認められている薬剤であり、糖尿病、腎・肝機能障害、重度の意識障害や低血圧の方や小児は対象となりにくい。また功罪を説明した上で希望者のみに投与するプロトコ−ルである。
3) 海外での治療成績:当日配布の上掲Lima論文による
(術後1年以上の7人の患者の運動感覚機能の変化)
 運動機能;ASIAスコアで、完全四肢運動麻痺3人は平均6.3±1.2点の回復、
 完全両下肢運動麻痺4人は平均3.75±1.1点の回復
 上肢運動機能障害の3人はいずれも少し回復 
 下肢運動機能は7人とも程度は様々だが回復傾向。内2人はごくわずか。
 感覚機能:ASIAスコアでライトタッチは7人中6人で平均20.3±5.0点の改善
 痛覚では平均19.7±4.6点の改善
 (注記:なおASIAスコアの運動機能得点は、左右50点ずつで合計100点、
 ライトタッチは左右56点ずつの計112点、ピン痛覚も左右56点ずつの計112点)
 排泄機能は、7人中2人が尿意回復(程度不明)、1人が肛門括約筋の随意収縮が回復
4) 術後合併症(2006年春までの90例において)
@ 術後皮下髄液貯留:11例(ドレナージ/排出処置を要した例が2例、他は自然消失)
A 術後髄膜炎:3例(MRSAによる。すべて抗生物質で治癒した)
B 術後鼻血:3例、C術後鼻腔感染症:3例、D嗅覚低下:1例
現在のところ悪性腫瘍の発生や手足の異常な痛み(神経因性疼痛)、死亡例はみられていない。
5) 費用負担:手術料は椎弓切除による本人負担分のみ(5本切除で20数万円、その1/3負担)
<ポルトガルでは保険適用されており、国民は無料だが、海外からの患者は実費用として300―400万円程度支払っている模様>
 臨床研究のフローチャート 
<倫理委員会の承認後は大阪大学病院未来医療センター>
2006年9月より窓口開設後に受診
「未来医療センタ−審査・評価委員会」(これにより手順が定められる)
見込みとしては、
@ 本年秋より窓口を開設し、患者応対、コーディネ−タ−配置。
A 「適応検討委員会」(整形外科・神経内科・脳外科・リハビリ科など各方面の代表者)により構成。
B 術前評価(大阪府立心身障害者センター〔堺市〕で神経機能などの評価)
C 阪大病院入院
D 「術前検討委員会」
E 手術・早期リハビリテーション
F 阪大病院退院、リハビリテーション(府立心身障害者センター、大阪労災病院、総合せき損センター)
G 術後評価・・・・1年以上経過観察する/可能な限りフォローアップする
リハの国際基準はOMAの9月の会議で決定する(国内の担当リハ機関も参加)。
 Rho-kinase inhibitorの使用について
 ミエリン・デブリス〔老廃物〕中のMAG、Nogo、OMGPなどのミエリン関連タンパク質がRho-kinaseにつながり神経軸索再生を阻害している。これの阻害剤であるRho kinase inhibitorを用いて神経線維の伸展促進をはかり、機能回復の向上をはかる。倫理委員会ではこの投与がかなり論議され、今回の臨床では上記のように成人のうち本人が希望した場合に投与されることに定められた。
 ラットは嗅粘膜と呼吸粘膜を明白に識別できる。T8-9レベルの完全離断モデル(1.5mm)を作成し8週後に嗅粘膜+Rho kinase inhibitorのものと呼吸粘膜+Rho kinase inhibitorのラットを比較した。BBBスケール*では回復度は高くないものの、前者で3.5レベルまで回復し後肢の協調運動が見られ、後者では2.5レベルの回復であった。嗅粘膜の成分を含まない呼吸粘膜移植群でも2.5レベルまで回復しておりこれは呼吸粘膜であっても足場として適しているのではないかと考えている。
 〔注:BBBスケールは、ニューヨーク大学の3人に研究者が開発した脊損ラットなど詳細な運動機能評価尺度で、完全麻痺が0点、正常が21点になる。〕
 その他
  • 感染対策としては、鼻腔へのイソジンと生理食塩水の使用。予想以上に有害な菌は見られないが阪大ではさらに術前の完全検査の実施のほか、術中の感染検査も検討中である。感染はOMA機関では殆ど問題になっていないが、問題発生すれば周知される。
  • 対象患者は受傷後6ヶ月以上とし、逆に受傷後何年以内とはしていない。しかし、長期経過すると神経・筋萎縮や廃用症候群の問題もあり、当初は10年後というのは難しいのではないか。また当初は胸髄損傷から始め、下位頚損へと広げていきたい。

 ◆〔吉峰教授から〕
 手術に適した組織とは何か:
 外科の手術で組織を補ったり、つないだりする場合には、本人自身の組織を用いることが一番手堅い方法だと考えている。これは血管や消化管、皮膚などで旧くから手術に用いられている方法である。

 しかし脊髄損傷のような場合、その損傷部位を補填するために患者さん自身の他の中枢神経を持ってくることはできません。そのための代用として今回は本人の嗅粘膜を用いるのです。嗅粘膜は鼻粘膜の内鼻腔の上部に存在するものであり、これは発生学的には中枢神経に近く、出生後も神経再生能力をもつ組織です。
 この嗅粘膜を用いて脊髄損傷治療を行おうというのが今回の試みですが、しかし部分的にでも効果があるということは、脊髄損傷の治療としては大きな第一歩であり、これを基本として他の補助療法と組み合わせたり、リハビリテ−ションを工夫しながら、効果を上げていきたいと考えています。

<以上>



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