| ポルトガルでの鼻粘膜移植 カルロス・リマ医師 From KCTS |
以下は、アメリカの公共放送であるPBSが放映した「奇跡の細胞」と題されたドキュメンタリー番組から、リマ医師の部分のみ翻訳したものである。製作は全米科学財団
一部の医師の発言は聞き取れないため訳出していない。
<JSCF事務局 2006年7月>
臨床には最低でも2年先のUSやUKと違い、ここ、ポルトガルではすでに実験的な新しい治療法が臨床研究されている。このリスボンにある公共病院の神経系カルロス・リマ医師は、20人以上もの慎重に選ばれた脊髄損傷患者の、それぞれ自分の嗅粘膜を移植している。
患者のキムは、この手術を受ける前にリマ医師から詳細な説明を受ける。MRI画像を並べて「ここに約3cmの損傷がある。」「で、鼻のどこの辺りの幹細胞を取るのですか?」「この辺り」<と鼻腔の写真を示す> 「ほとんど目の位置ですね。」「ほとんどの変化は自然に起こるのです。僕達がさせるのではなく。」
リマ医師の患者の半分は海外からだ。ジョイは6番目のアメリカ人患者だ。<病室に入るリマ医師。若い女性患者と家族がいる。> 「どうですか?」「体調はとても良いです。」オペから2日後で、彼女にはもうすでに結果が出始めている。まだ幹細胞が作用するには早すぎるため、ほとんどの変化は瘢痕の除去と血圧の上昇によるものだ。リマ医師は先端的なリハビリテーション病院と連携し、慎重に患者を選ぶ。なぜならその回復へのプロセスは命に関わると信じているからだ。
オペから一週間後、ジョイはテキサスの実家に戻った。<家でEasy Standのようなものと、脚で自転車を漕ぐ電動マシンをしている。> オペの前、彼女はインテンシブエクササイズの自主トレをしていた。「私はこの自主トレを毎日時間が許す限りやっていました。なぜなら、最高の回復を移植で得るなら、こうした運動との連携が不可欠だと感じたからです。」ジョイはこうしたリハビリが出来てラッキーな例だろう。彼女の事故は家族で休暇中のロッキーで起こった。子供達が乗った自家用車がゆっくりと彼女に向かって進み、彼女をひき殺す寸前だった。後部タイヤが彼女を轢いた。「バックタイヤでした。バックタイヤが私の足・胴体・首と轢いていきました。首をかしげていたので、頭は轢かれずに命は助かったんです。」「母の叫び声が聞こえ、父が救出してくれましたが、目も轢かれたことで私は父に、どうせ盲目になってしまうだろうからこのまま死なせて!と言いましたが、父は、そんなこと言うな、お前は死にたくないはずだ、と言ったのです。そして次に私が覚えているのは、私を搬送するヘリコプターでした。ごめんなさい。」<涙をぬぐうジョイ>「私の家族のおかげで生きよう、頑張り続けようという願望の力になっています。」
ポルトガルでは、キムがジョイと同様の希望を叶えようとしています。彼女の両親も、彼女の手術の準備のため同行していました。「あの子は事故に遭ってから出来ることは何でも挑戦してきました。」 リマ医師:「何かが変わってきていることは疑う余地がありません。私達の全ての患者は何らかの運動機能の回復や血圧の上昇を示しています。」
まだ自身の臨床研究までは到達していないがUKのライズマン医師(Geoffery Raisman、国立医学研究所の著名なOEC研究者)は、リマ医師の後を追っている。「全くケガする前に戻れるとは思わないが、もし腕が動かせるようになり車でも運転出来るようになれば、彼らの人生は全く別なものになるでしょう。」とライズマン医師は語る。<ライズマンが番組の進行役となっている>
<上唇を剥がし、鼻の粘膜を取り出している> キムの脊髄は3〜9時間にも及ぶオペの準備が完了した。リマ医師は鼻から移植用の細胞を採取し、複雑な手順を踏むがキムのポテンシャルは高かった。「これは損傷を受けた場所が再生をしているのです。自然に幹細胞が壊れた細胞を元どおりにするために作ったのです」 6時間に及ぶオペで、キムの鼻から採取した嗅粘膜細胞は脊髄に移植された。<手術台の脇には、切開された脊髄の画像が放映されている。顕微鏡で見ながら注射で脊髄に何か注入する画像。その後、鼻から採取しガラスのパレット上でピンセットで広げ、不純物なのか黒い部分を取り除いている。その後、ひき肉のような数グラムと思われる嗅粘膜の断片をボウルに移し、ピンセットで損傷箇所の脊髄に縦に並べるように慎重に配置する。ロウソクのロウをたらしたように白い断片が患部に置かれていく> リマ医師:「どんなに時間が掛かろうと運動機能の回復はだんだんに現れる。それが一ヵ月後だろうと一年後だろうと。どこまで回復するかは誰にも分からない。」 キムは翌日病室で家族と再会した。彼女の負ったリスクは回復の恩恵として還元されるだろう。
実家のプールに車椅子ごと入り子供達と泳ぎ始めたジェイ。<水中でも足はマヒしてわずかに動く程度> 「私のゴールは、ケガ以前のように歩き回ることですが、どんな小さな変化でもそれはオペの成果で素晴らしいことなのだとリマ医師に告げました。私はまだオペからたった2ヶ月ですが、右側に改善があったと認識しています。触覚は今までなかった位置まで回復しています」<プール際で下半身を水につけている彼女の足を2人の子供達が屈伸している>
ジェイには同じリハビリを継続するスーザンという友人がいる。2001年11月、スーザンは26歳の時交通事故で下半身不随になった。ジョイとスーザンは同じ経験者同士のユニークな絆で結ばれている。「スーザンは私の大きなサポート。なぜなら私は彼女が日々格闘する苦悩が理解出来るからです。」<2人の若い女性が自転車漕ぎとイージースタンドのような器械を動かしている>
スーザン「これは私の本当の人生ではない。私は介助なしでは飛行機に乗れないことが嫌。洗濯が自分で出来ないのは嫌。お皿を取るのに自分の手が届かないのは嫌。私は自分の子供が出来たら欲しいと思っています。普通に。私は若い時に失ってしまったものを誰かが戻してくれないかと願っています。今日は私のオペ後3ヶ月の記念日です。一つ目は、私は私の膀胱の感覚がある程度戻ってきたことを感じています。そして二つ目は約3週間前の夜、私は自分の足が動いていることを感じました。そして右に倒れろと念じたら、それは痙性のような動きではありましたが、とにかく私の意思に従ったのです。」
デトロイトにある病院の脊髄損傷ユニットにジェイとスーザンは通っている。ここの医師はポルトガルで移植手術を受けた患者の半数の治療をしている。<ミシガンリハビリテーション研究所:中国のOEG移植の患者のフォローも行っていた> 19歳のローラはポルトガルでの最初のオペ経験者で、2001年に交通事故で脊髄を損傷した。c7。スティーブン・シンドラー医師(Steven Hinderer)はリマ医師の移植手術後の患者が、普通の脊髄損傷患者が見せない類の回復を見せることに以前から注目していた。 「彼女が移植手術を受けたのは、彼女が受傷した時からすでに3年の時が経過していた。普通なら受傷後1年を経れば、かわいそうだがこれ以上の回復は望めないと宣告しますし、2年経過すれば我々はそれ以上の変化を期待しない。ローラが手術を受けてから今までの6ヶ月間、彼女は普通ではありえない明白な変化を示した。「手の指の動きは素晴らしいね!」<医師がASIA判定の時のように彼女の指や肩、腹部などをピンクリックしている>
ローラ「とてもゆっくりではありますが、私の胴体の触覚は回復してきました。少しずつ何かが変わっています。脊髄損傷治療には効果的な治療法があるのだと思います。今はリハビリを続けて将来歩けるようになることを願っています。」「触覚はおへそのレベルまで降りてきたね。指も動いてきてるし。すごい可能性があると思います。」
* PS:ここに登場した患者はすべて若い美しい女性ばかりでした。
◆ アイスランドの患者団体のホームページより:www.sci-therapies.info
Dr. Carlos Limaの嗅神経組織移植
手術手順 1)損傷部は切開され、経路は瘢痕組織の中を通して作られる。 2)患者の鼻粘膜の1/4が剥がされる。 3)鼻粘膜は損傷部に移植される。
Dr. Carlos Limaの嗅神経組織移植 <アイスランドのHPより>
カルロス・リマ医師らのグループ(リスボン、ポルトガル、その他の国々)は、患者の(すなわち、拒絶反応がない)すべての鼻粘膜組織を移植する(J Spinal Cord Med 29(3), 2006)。彼は、再生能力を最大化するには複数の細胞タイプが必要であると考えている。それはOEC(嗅神経鞘細胞)だけでなく、異なった発展段階にある嗅神経や幹細胞の前駆体である。今日(2006年6月)まで彼らは90名以上の患者を治療した。おそらく、ほとんどの人はいくらかの効果を挙げた。リマの仕事はアメリカの公共放送のPBSの受賞したドキュメンタリー番組で「軌跡の細胞」と題されて放映された。2005年、ワールド・テクノロジー・ネットワーク(米国で毎年、各分野のワールド・テクノロジー賞を選定している)はリマ医師を医療・保健分野の革新的な賞の最終候補者に挙げた。
画期的な手術法は、患者の嗅神経の1/4を採取するもので、このユニークな手法は採取した組織を最大化し、密着する鼻の呼吸粘膜の採取を最小化するものである。リマ医師の実験が示唆するものは、呼吸粘膜の侵襲はわずかで無害であり、にも関わらず呼吸粘膜には嗅覚組織を再生する成分がない。嗅神経組織は時間と共に衰退するために、患者の年齢は重要であり、その結果として彼は、普通は40歳以上の患者を受け付けない。患者は数週間内に嗅覚の能力を回復する。
損傷部位は椎弓切除術とともに露出され、脊髄切開術が行なわれる(脊髄を覆う膜を開くように切開する)。損傷部位の空洞の全ての瘢痕組織を取り除くことは不可能と思えるが、脊髄が見えるように瘢痕の最上部と一番下の残滓は取り除かれ、瘢痕の中間に孔が作られる。
分離された嗅覚組織は、少量の患者の脳脊髄液に浸されている間に20-30個の切片に刻まれる。切片はその後、損傷部の空洞に移植される。リマ医師は、1平方センチの空洞は最大で40万個の幹細胞と400万個の成熟したニューロン、未成熟ニューロン、支持細胞がそれぞれ400万個で満たされるだろうと見積もっている。
リマ医師は最大限に機能回復させるには集中的リハビリが必要であると信じている。手術の処置自体と理学療法のような機能回復効果を切り離すために、より最近の患者の多くは術後すぐではなく手術前に理学療法を開始することが要求される。 最近、リマ医師らのリスボンのチームは嗅神経組織移植術を他国で実施するために医師のトレーニングを開始した。ポルトガルに加えて、患者はコロンビア、ギリシャ、サウジアラビアでこの治療法を受けるようになった。
<JSCF事務局 試訳>