OEGの背景
Dr. Wise Young 提供 (2002年10月)


訳:赤十字語学奉仕団

 OEGの背景

 嗅神経鞘細胞(OEG:olfactory ensheating glia)は脊髄損傷の治療に期待のもてる再生療法である。OEGはきわめて特異的な細胞で、嗅覚情報を脳に伝搬する器官の嗅神経および嗅球に存在する(図参照)。嗅神経は成体哺乳動物に継続的に再生する唯一の脳神経である。この再生能力はOEGの存在に由来すると考えられている。現在少なくとも6ヵ所以上の研究所がOEGを脳または脊髄に移植した場合に機能的神経再生を促進すると報告している(Almudena Ramon-Cueto, Geoffrey Raisman, Mary Bunge, Giles Plant, Jeff Kocsis, J. Luら)。

 OEGは軸索再生に特化されたように思われるきわめて特殊な細胞である。
  1. 第1に、OEGは成長する軸索に惹きつけられるように見える遊走細胞であり、その標的に軸索を誘導しているかのように見える。

  2. 第2に、OEGは、軸索誘導に刺激を与える多彩な細胞接着因子、すなわちL1やラミニンのような因子を発現する、長い突起を有する多極神経細胞を形成することができる。したがって、OEGは、軸索の適切な伸長を導くガイドラインの働きをすると思われる。

  3. 第3に、OEGは軸索の髄鞘化をもたらすことができる。したがって、その細胞名に「ensheathing」(「鞘でおおう」の意)という語を含んでいる。

 これまでに動物に対し実施した試験により、OEG移植は機能回復を改善することが示唆されている。しかし、現在までの回復は安定していない。移植を受けた動物の多くは治療を受けなかった対照群の動物よりは回復しているが、すべての動物が回復したわけではなく、その多くは完全に回復していない。回復の相違あるいは制約には移植の時期や使われた損傷の種類に関係していると思われるものもある。例えば、試験の大部分では受傷後間もなく、脊髄を半側もしくは全部離断された動物に対してOEG細胞を移植している。

 解決しなければならない主要な問題は移植のためのソースの問題である。次のようにいくつかのソースが可能であることが示されている:成体嗅球(自家移植)、成体嗅粘膜(自家移植)、胎児嗅球(同種移植)、ヒト死体嗅球(同種移植)およびブタ胎児嗅球(異種移植)。すでに中国と豪州で臨床試験が始められており慢性脊髄損傷へのOEG移植の可能性と安全性の評価を行っている。米国では、いくつかの研究機関が臨床試験開始の可能性を検討している。

 中国では、北京のDr. Hongyun Huang〔黄紅雲〕を長とする研究グループがすでに150名以上の人の脊髄に胎児OEG細胞を移植している〔2004年2月で300数十例〕。また豪州では、Dr. Phil Waiteが率いる研究グループが嗅粘膜のOEGを移植しているところである。同じくポルトガルのリスボンで、臨床試験が実施され、すでに慢性脊髄損傷患者4名の脊髄に鼻粘膜を移植している。これらの臨床試験の成績はまだ入手できないが、予備報告書ではOEG移植は可能で安全であることを示唆している。

 米国におけるOEG移植の臨床試験により移植の有効性を厳密に実証するには、プラセボ手術の実施が手術の侵襲性から倫理的に正当化できないので、おそらく比較のための代替療法への患者の無作為化が必要であろう。一つの可能性として、OEG移植が動物モデルに有益な効果があると報告された他の細胞移植と比較することができる。例えば、現在シュワン細胞は少なくとも2つの研究グループにより多発性硬化症と他の脱髄疾患に有益な効果があると報告されている。もう1つの可能性は幹細胞である。

 現在、OEG移植の有効性を評価する臨床試験には、次の3つの問題に答えるため数百名の患者を必要とするであろう。

第1に、細胞の至適移植時期はいつか? 
第2に、いくつの細胞が必要か? 
第3に、OEGの複数のソースのうち、いずれが最もいいか?

 これらの問題は動物モデルで研究が進められている。今後の数ヵ月に中国、豪州およびポルトガルでの第I相臨床試験の成績は、胎児OEG移植あるいは鼻粘膜移植の安全性と可能性を示すのに十分な結果をもたらしているであろう。

 OEG移植の臨床試験の資金はきわめて限られている。いくつかのOEGソースのうち、現在ブタ胎児OEGのみが企業支援を受けている。その結果、臨床試験には政府または民間の支援が必要である。試験には手術、入院およびリハビリを要するので、その費用は多額でおそらく米国で患者1名当たり5万ドルを超えるであろう。したがって、100名の患者の試験には数百万ドルかかる。

 要約すれば、多くの動物関係データはOEG移植が脊髄損傷後の動物に機能を回復させることができることを示している。OEG細胞は嗅神経の軸索再生を促進するのに重要な役割を果たし、損傷した脊髄に移植すると機能回復を促進するものと考えられる。ヒトにOEG細胞を使うことの主な障害は細胞のソースである。OEG細胞は同一個体からの自家移植片、胎児ソースからの同種移植片、もしくはさらに動物からの異種移植片とすることができる。OEG移植の有効性を立証するための臨床試験には他の療法との比較が必要であり、臨床試験費用は手術、入院およびリハビリのために高額となる。

 Wise Young, Ph.D. M.D.は米国ラトガーズ大学W. M. Keck Center for Collaborative Neuroscienceセンター教授・所長である。20年以上にわたり脊髄損傷を専門とする研究者である博士は、高用量のメチルプレドニソロンを脊髄損傷後まもなく投与すれば有効であると実証することに寄与したニューヨーク大学 Medical Center研究チームのリーダーであった。また博士は世界中の100を超える研究所が使用しているラット脊髄損傷標準モデルを開発したMulticenter Animal Spinal Cord Injury Study (MASCIS)のリーダーであった。

 Dr. Youngは何千もの脊髄損傷者の感謝の的である「Carecure Community」〔インターネットサイトhttp://carecure.rutgers.edu:16080/Spinewire/〕の主宰者でもある。


図1 これは嗅球の全体図である。OEGは嗅球から採取することができるが、鼻粘膜から採取する方がはるかに侵襲的でない(図2参照)。本図では、「嗅球」は丸で囲んでいる。


図2 これは嗅球の拡大図で鼻粘膜がよく見えるものである。本図では、「鼻粘膜」は丸で囲んでいる。鼻神経の拡大図は図3を参照のこと。


図3 これは嗅神経の拡大図である。OEGは嗅神経をミエリン鞘で包んでいる。したがってOEGは嗅神経鞘細胞と呼ばれる。本図では、「嗅神経」は丸で囲んでいる。「鼻粘膜」もよく見えるよう丸で囲んでいる。鼻粘膜はOEGの理想的なソースである。


図4 これは典型的な挫傷タイプ脊髄損傷のX線写真である。採取したOEGは損傷部位に置く。OEGは空洞を満たし脊髄に組み込まれる。

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