| 幹細胞研究の現況と展望<韓国> |
| 韓国・細胞応用研究事業団 団長 |
| ソウル医大産婦人科教授 ムン シニョン(文 信容) |
注記:韓国では2004年2月にヒトクローン胚からES細胞を世界で初めて作製した。2005年5月には脊髄損傷などの患者と同一遺伝子を持つクローン胚からのES細胞作製を報告した。これらの研究を行っているソウル大学のリーダー格が文信容教授である。この論文は韓国脊髄損傷者協会の機関誌「Wheel」の2004年創刊号に寄稿されたものである。(原文はハングル、訳者はYAN JAさん、翻訳協力:赤十字語学奉仕団)
幹細胞研究は、何処へ向かうのか?
21世紀、生命工学の話題として登場したヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究はその歴史がまだ浅いにもかかわらず、人類の福祉を増進させるための未来医学として認識されている。ヒト胚性幹細胞確立が初めて報告された1998年度だけでも、細胞治療の効用性について、このような驚くべき発展があろうとは誰も予測しなかったであろう。ヒトの胚性幹細胞に関する研究は幹細胞を確立し、これを利用して細胞の損傷と機能喪失により引き起こされる難病を根本的に治療する細胞治療法を開発する上で、間違いなく必要とされる研究である。
幹細胞とは何か
幹細胞は今日、生命工学の華として位置づけられ、再生医療(regenerative medicine)と呼ばれる難治性疾病を治療するための細胞治療の可能性を提示している。幹細胞は体内の他の細胞とは明らかに異なる。全ての幹細胞は何処から由来したかにより3つの一般的特性を持っている。即ち、1)幹細胞は、長期間それ自体が自ら分裂して増殖する能力があり、2) 幹細胞は、常に未分化状態を維持し、3)条件が合えば特殊な機能性細胞へと分化する事が出来る。現在、生命科学者たちは胚性幹細胞と成体幹細胞を重点的に研究している。
胚性幹細胞
生きたマウスの初期胚から、胚性幹細胞を得る方法は20余年前から研究が始まり、これをパターンにヒトの胚性幹細胞は、1998年にThompsonらにより初めて確立されたのである。韓国内においても2000年から幹細胞が樹立され、2002年7月に科学技術部フロンティア事業の一環として細胞応用事業団(団長:ムン シニョン ソウル医大教授)が組織され、胚性幹細胞バンクを運営している。2001年8月以前に樹立された胚性幹細胞を使用し研究を施行した場合、米国連邦政府の研究費を使えるよう措置をとった。この時点を基準に、国内研究陣も米国国立保健院(NIH)に胚性幹細胞を登録し、ミジュメディ病院のユン ヒョクス博士は5年間に130万ドルの研究費を確保できるようになった。一方、国内で樹立れた胚性幹細胞は、外国と共同研究を施行できる画期的な足がかりを築き、共同研究時には物質譲渡覚書により充分な権利を確保できるようになった。国内胚性幹細胞研究陣は米国国立保健院と共同研究課題を開発中である。国内では試験管ベビー施術後(父母の同意を得て提供される)冷凍保存された残りの胚のみを対象に幹細胞を作っている。
受精後、3〜5日経った桑実胚(blastocyst)(訳者注:原文のママ。胚盤胞のことか?)の時期の胚内部には、内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる30〜40個の細胞があり、この細胞が増殖後、数百万個の分化した細胞になり、胎児の体を構成しながら心臓、肺、皮膚、骨などを作っていくのである。ヒトの胚性幹細胞株は、この内部細胞塊を実験室で培養することで作られる。胚性幹細胞は、心臓や筋肉のように拍動しながら血液が私たちの体を巡るよう手助けする事はなく、赤血球のように酸素を運ぶこともなく又、神経細胞のように電気化学的な信号を伝達する事もない。にもかかわらず、未分化状態にしておいた胚性幹細胞が心臓の筋肉や血球、又は神経細胞へと分化できるのである。ある一定の条件下で胚性幹細胞を培養すると、胚性幹細胞は分化しない状態を維持する。しかし、胚性幹細胞が互いに集まり、育つよう放置した場合、細胞の塊を形成し、胚性幹細胞は自ら分化し始める。
もし研究者たちが胚性幹細胞を特定細胞へと分化させる方法を見つける事が出来れば、このように分化された細胞を利用して疾病治療を行う事が出来る。現在、細胞治療の可能性の高い病気として、退行性神経疾患であるパーキンソン症候群、糖尿病、脊髄損傷、細胞退化疾患、デュシェンヌ型筋ジストロフィ(Duchenne’s muscular dystrophy)、心臓疾患、視覚及び聴覚障害等に関心が集中しており、一部の成功例が動物実験でも立証されている。
成体幹細胞
成体幹細胞は、組織や器官の分化された細胞の間から発見される未分化細胞で、自ら増殖する事ができ、組織や器官の特殊な機能を有する細胞へと分化する能力を持った体性幹細胞(somatic stem cell)を指す。成体幹細胞の主な役割は、成体幹細胞が存在する組織や器官の細胞を維持し、損傷した細胞があれば治療する事である。歴史的に見て、1960年代、研究者たちは骨髄に少なくとも2個の成体幹細胞があることを発見した。造血毛細胞(訳者注:造血幹細胞のことか?)と呼ばれる骨髄幹細胞は、体の血球を作り、一方、骨髄間質細胞(stromal cell)と呼ばれる間葉系幹細胞は、骨、軟骨、脂肪と線維組織を作る。事実上、骨髄にある造血毛細胞(訳者注:造血幹細胞のことか?)は白血病治療に30年以上使われてきた。又、1960年代、脳の2ヶ所に神経細胞に分化する成体幹細胞があるという事実も明らかになった。成体幹細胞を理解する上で重要な点は、成体幹細胞は各々の組織に少量のみ存在する事である。組織が病気にかかったり損傷を受けて、成体幹細胞が活性化されるまでには数年間分裂、もしくは増殖せずに静かにしている。成体幹細胞を持っている事が報告されている器官は脳、骨髄、末梢血液、血管、筋肉、皮膚、肝、脂肪組織などである。学者らは、成体幹細胞を細胞培養を通して増殖させ、特定組織へと分化を誘導し、私たちの体が傷ついたり疾病にかかった時、使用する方法を研究している。例えば、パーキンソン症候群の患者の脳にドーパミンを分泌する神経細胞を移植する治療法を研究中であり、1型糖尿病(type T diabetes)患者にインシュリンを分泌する細胞治療を行い、又、心臓の筋肉が麻痺し損傷した場合、それをも治療しようとしているのである。
成体幹細胞と胚性幹細胞の類似点と相違点は?
細胞治療に基盤をおいた再生医療の有用性という観点からみると、ヒト胚性幹細胞と成体幹細胞には一長一短がある。胚性幹細胞は、体を構成する全ての種類の細胞へと分化でき、全分化能を持っていると考える。成体幹細胞は本来、自らの組織とは性格の異なる細胞へと分化する能力には限界がある。大部分の胚性幹細胞は、細胞培養により容易に増殖させる事が出来るが、反面、成体幹細胞は成熟した組織内にごく少量存在し、細胞培養により成体幹細胞を大きな単位へと増殖させる方法は、未だ開発されていない。成体幹細胞を細胞治療に使用する時、潜在的有用性は、成体幹細胞を細胞培養を通して増殖させた後、再び患者の体内に戻す点である。患者自身の成体幹細胞を細胞治療に使用するという事は、自分自身の細胞であるため、免疫学的に拒否反応を起こさないという長所がある。胚性幹細胞を患者に使用すると、免疫拒否反応を起こすこともある。細胞治療を受ける患者の体が胚性幹細胞を免疫学的に拒否しているかは、未だ人では実験的に証明されていない。
ヒト幹細胞の潜在的有用性とは何か、この潜在的有用性を実現化していくために、どの様な障害を克服しなければならないか?
幹細胞の研究結果に期待される可能性と細胞治療の現実には、未だ多くの技術的な困難がある。ヒト胚性幹細胞に関する研究は、ヒトの初期胚発生中におきる複雑な過程に関して、沢山の情報を提供した。研究の基本的目標は、未分化状態にしておいた幹細胞がどの様に分化していくのかを明らかにする事である。現在解決されていない疾病のうち、癌や先天性奇形のような疾病は、異常な細胞分裂と細胞分化に起因するものである。細胞分裂と分化に関与する遺伝的、又、分子的な制御期前をもっと理解できれば、このような疾病がどのようにして発生したかの情報を得ることができ、更には新しい治療戦略を立てられるであろう。
ヒトの幹細胞は新しい医薬品を検査する上でも利用できる。例えば、全分化能を持つ細胞由来の分化細胞を使い新薬の安定性検査に利用できる。
おそらくは、ヒト幹細胞の最も重要な潜在的有用性は、細胞治療に使用できる分化細胞や組織を作る事である。今日、心臓、腎臓、肝臓などを提供された臓器と置換する臓器移植が行われている。しかし、臓器提供の数は、患者が必要とする需要を未だ満たさない。特定細胞へと分化が誘導された幹細胞は、退行性神経疾患のパーキンソン病や認知症、脊髄損傷、脳卒中、火傷、心臓疾患、糖尿病、退行性関節炎、リウマチ性関節炎のような病気を治療するための細胞や組織として使える可能性を提示している。例えば、将来的に実験室で健康な心臓筋肉細胞を作り、慢性心臓疾患に苦しむ患者に移植手術できるようになるだろう。報告されている予備研究では損傷を受けた心臓に骨髄幹細胞を移植すると、心臓筋肉が再生し心臓機能を回復させている。最近、研究者たちの報告によると、細胞培養を通して胚性幹細胞や成体幹細胞である成人の骨髄細胞を心筋へと分化させた。実験室で、ヒト胚性幹細胞をインシュリンを分泌する細胞へと分化させた後、糖尿病患者に細胞移植を通し治療できる道が開ける事を期待している。
幹細胞を利用した細胞治療を成功させるため、今後次のような研究がされるべきである
治療複製と幹細胞研究の倫理的な側面
- 1)幹細胞を大量に増殖させ、研究に充分な量を確保しなくてはならない。
- 2)思い通りの細胞に分化させなくてはならない。
- 3)細胞移植後、患者の体内で生き残らなくてはならない。
- 4)移植後、周囲の組織と違和感があってはならない。
- 5)患者の一生を通し、その機能を維持しなくてはならない。
- 6)どんな場合でもその患者の害になってはならない。
- 7)この他にも免疫学的拒否反応を防ぐため、拒否反応のない細胞や組織を作るため、いろいろな角度から研究されなくてはならない。
このような免疫学的な問題を解決するため「治療複製」を通し、胚性幹細胞についての研究がされなくてはならない。治療複製とは核が除かれた卵子に患者の体細胞核を移植して、複製された幹細胞を作り細胞治療に使おうという方法である。治療複製を研究すると免疫学的問題が解決でき、ひいては、逆分化(訳者注:脱分化のことか?)を更に理解できれば、体細胞から治療用幹細胞を直接作る方法も可能だろう。胚性幹細胞に関する研究や治療複製についての研究は、常に倫理的問題を伴うため、これらを考慮しなくてはならない。生命倫理をパターンに宗教界、学会、法律界、市民団体代表らによる倫理委員会を構成し、全ての研究について倫理性を検討し、研究を施行するにあたり、生命倫理の基本的事項を遵守しながら施行されなくてはならない。“細胞応用研究事業団”では倫理委員会(委員長:ソウル大 パク ウンジョン教授)が独立して存在し、全ての課題が倫理的に妥当かを審査した後、研究を施行するという安全策を講じている。生命科学の研究は目的が妥当であっても社会的意見を尊重し、合意をみた上で、研究を進めなくてはならない。国内幹細胞研究に関する基本方向は、国家競争力を備えるため、初期に基盤技術を集中支援し、韓国人胚性幹細胞バンクを設立し、研究に必要な幹細胞を充分に供給する事である。そしてこれをパターンに遺伝子及び蛋白質データベースを構築する事で外国幹細胞バンクへの技術従属を防ぎ、国際競争力を確保していく事である。研究開発を通して得られる結果が、公共の利益を毀損してはならない。最終研究結果である細胞治療法は、全国民にその恩恵が還元されるようにする事で、生命医学の公益性具現の理念を実現していくものである。
しかし、幹細胞を利用した細胞治療法は多くの可能性を提示しているが、この先5〜10年かけて熱心に研究し、技術的にむずかしい面を克服して行くというのが現在の判断である。幹細胞を利用した細胞治療は現在、応用可能な治療法ではなく未来の医学である。現在、我が国は胚性幹細胞と複製された胚性幹細胞を確立した状態である。たくさんの方々からいつ治療が可能になるのかという質問が寄せられる。しかし、幹細胞治療は未来医学であり、これから研究者たちが渾身の努力を傾け難病治療法を開発していこうと一歩を踏み出した所である。
参考文献
- http://www.nih.gov/news/stemcell/primer.htm
- NIH report “Stem Cells: Scientific Progress and Future Research Directions” on the Internet at:
http://www.nih.gov/news/stemcell/scireport.htm