米国脊髄損傷資料集

■ II―2 研究成果トピックス(APA会報 1998年夏号)

1. 運動機能訓練によって障害者が歩けるようになる可能性あり

  ドイツのボン大学における新しい実験的なトレーニングプログラムによって、脊髄損傷によって一度は車椅子での生活を余儀なくされた対麻痺の人が何十人も、限られた歩き方ではあるが今では歩けるようになっている。

  十週間のプログラムで、患者たちは装具(ハーネス)である程度体重を支えるかたちで、トレッドミルの上を歩くようになるのである。

  プログラムを終えるまでには、殆どの参加者はウォーカーや杖の助けをしばしば借りながらも一人である程度歩けるようになる。中には、介助をうけながら階段を数段上ることさえできる人もいる。

  運動機能訓練として知られるこの有望な方法は、大規模な臨床試験によって効果を確認する必要がある。そして、たとえ脊髄損傷した人すべてが実際に歩けるようにまではならなくても、トレーニングが筋肉の強さを保つのを助け、血液の循環と心血管の調整を良くし、血圧異常を防ぐ効果があるであろうと指摘している専門家もいる。もしこれらの効果が証明されれば、脊髄損傷者のリハビリへの新たなアプローチをこのトレーニングが喚起することができる。

  運動機能訓練に関しての記事は雑誌「サイエンス」の1998年1月16日号に掲載された。トレーニング方法の原案はボン大学の神経生理学者のAnton Wernigによって作られた。Wernig博士はトレッドミル訓練を完遂した脊髄損傷者は従来の理学療法を受けた人達よりも、独力である程度歩く力を取り戻す確率が遥かに高かったことを発見した。

  これは1995年に出版された European Journal of Neuroscience に掲載された研究結果の中で発表されている。 受傷後間もない人と同様に、受傷後かなり時間が経っている人もそのリハビリプログラムに対して良い反応を示したという。

  Wernigだけでなくその他の人も、このような方法によって明らかな成功を収めており、このことは、殆ど脳とは独立に、大人の哺乳類の脊髄が歩くために必要な筋肉の多くを動かすことができるという実験による数々の証拠とつじつまがあうのである。

  1910年にはすでに、イギリスの神経生理学者は、脊髄を完全に切断された猫がそれでもなお歩く動作をある程度はできるということに気がついていた。歩く動作をするということが、まるで脊髄に歩くための周期的な信号を発生させる事を"教えて"いるかのような働きがあることが、最近30年間の人間と猫両方に対する実験によって分かっている。

  さらに研究者たちは、運動を司っている神経回路は損傷を補うように自分自身を再構成し、新しい動きを"学ぶ"事ができるということを証明している。機能の回復はこの神経の柔軟さによって説明できるのであろう。

  最近では研究者達はこの神経機能の自己補填の仕組みがどのようにできているのか、ということに焦点を当てている。APA(American Paralysis Association, 現在ではChristopher Reeve Foundation と合併してChristopher Reeve Paralysis Foundationと名称を変えている)の Science Advisory Council(科学助言評議会)のメンバーであるV. Reggie Edgerton博士が率いるカリフォルニア大学ロサンゼルス校の神経科学者達は、1990年代初期に、猫の脊髄は、かなり限定されたことしか学べないながらも、訓練の効果があるあることを示している。

  「もし足を踏み出すように教えれば、猫は足を 踏み出せるようになる。もし立ちあがることを教えれば、立つことができるようになる。しかし、足を踏み出すことはできない。」とEdgerton博士は雑誌「サイエンス」の中で言っている。

  1996年に Edgerton 博士と彼の共同研究者たちは、患者の体重を患者自身の足にかければかけるほど、脊髄神経から足の筋肉への神経信号が大きくなることを示した。Edgerton 博士によれば、このことは脊髄神経が末梢神経からの複雑な感覚の情報を処理することによって歩くことを指示していることを示唆しているという。

  殆どの専門家はこの運動機能訓練が標準的なリハビリの一部となるまでには更なる研究が必要であると考えている。そして、訓練の成果は人によって大きく異なっており、その違いはほとんど脊髄損傷の程度に起因するものである。

  しかし、どんな治療法であれ、運動能力を少しでも向上させるのならば、結果的に脊髄損傷者達がもっと自立できて健康状態もよくなるのだ。


2.神経科学分野の1997年における研究成果

  雑誌「サイエンス」では中枢神経系を理解する上で鍵となる進歩を、1997年の最も偉大な10の科学的偉業の一つとして選んだ。サイエンスの12月19日号では、パーキンソン病やアルツハイマー病、そして脊髄損傷の治療につながる劇的な進歩が取り上げられている。

  それによると、ロンドンとサンディエゴにある二つの研究チームは、長い間不可能とされてきた神経の再生を可能にし、脊髄損傷状態の大人のラットの機能を回復させるのに成功したのである。イギリスの科学者たは、嗅覚神経に覆われた細胞を移植することによって成功し、サンディエゴの科学者達は、神経成長因子を作り出すように遺伝子操作された動物の皮膚から取り出された繊維芽細胞を移植することによって成功している。

  イギリスの研究チームの研究結果は雑誌サイエンスの9月26日号に掲載されている。また、サンディエゴのチームの研究は「Journal of Neuroscience」の7月15日号に載っている。


3.新しい移植技術により神経が再成長することが
  可能であることが示される


  怪我や病気は、中枢神経系においてグリアを傷つけることがある。グリアとは、ニューロンに栄養を与え、支え、保護している細胞である。このグリアへの損傷が神経の再成長を阻害する要因を物理的にも科学的にも作り出してしまうのである。しかし、今ではクリーブランドのCase Western Reserve大学において、新たな精緻な技術を使うことでグリアへの損傷を最小にし、大人のラットの中枢神経系へ神経細胞を成功裏に移植することができるようになったのである。

  移植細胞は移植先の神経を保護しているミエリン鞘の中に移植され、その中で移植細胞がすばやく容易に成長したのである。これらの有望な発見は12月18日号の雑誌「ネイチャー」で報告された。Case Westernの研究者達によると、移植細胞の活発な成長は、神経は大人の哺乳類の脳や脊髄の中では神経は再生しないという定説と、通常のミエリンは神経の再生には不充分な環境であるという定説の二つの定説とは矛盾するようだという。

  移植された細胞の軸索は白質(white matter)の中、つまり大部分が有髄神経線維から成る脳の一部と脊髄の中を長く伸びて成長していく。最終的には軸索は細胞体と樹状突起から成るgrey matterの中へと伸びていく。

  科学者達はごく小さな非常に精密な針を、ごく微量な量の大人の脊髄繊維を、大人のラットの神経の道に直接移植するために使った。移植そのものによる外傷を避けることによって、その細胞材料は健康なグリアと直接に接することになる。

  スイスのチューリッヒ大学の神経科学者でAPA(American Paralysis Association)の脊髄損傷研究部会のメンバーでもあるMartin Schwabの実験室において、ミエリンが大人の神経の成長を阻害することを示す研究が多くなされている。

  Case Westernの結果についてクリーブランドのPlain Dealerの中でSchwab博士はコメントしており、研究者は実はなぜ神経細胞が成長するのかということを説明できていないのだと言っている。
 彼によると、細胞が培養もしくは移植された時に、通常であればミエリンに反応したであろう細胞のリセプターがどういうわけか無力化した可能性があるとのことである。「究極的には、鍵は細胞レベルの現象にある」とSchwab博士は言っている。


4.細胞を自殺から救う

  細胞の自殺、つまりアポプトシスは通常の加齢現象である。しかし、アポプトシスは怪我や病気で死んだ細胞の近くの若い細胞でも起こる。健康な細胞は周りで何かが起きていることを感じ取り自分自身を破壊するという反応をするのである。もしこの"自然でない"アポプトシスを阻止できれば、神経学的な障害や、脳卒中、そして脊髄損傷はもっと症状が軽くなるかもしれないのだ。

  セントルイスにあるワシントン大学の科学者達の最近の発見がそのような療法へと導くことになるかもしれない。彼らの発見は雑誌「サイエンス」の10月3日号に掲載されている。

  大学の医学部神経学長のDennis Choi博士と神経学教授のShan Ping博士は、細胞からカリウムが漏れ出るときにアポプトシスが起きるということを発見した。以前の研究ではカルシウムが細胞の自殺に関係しているとしていた。

  カリウムチャンネルブロッカーを投与することにより、研究者達は自殺する細胞の数を減らすことができた。研究者達はこの方法が脳卒中を起こしたラットの脳のダメージを減らすかどうか、そして他の神経学的な問題がないかどうか試験することにしている。

  「我々は今、アルツハイマー病のような対抗的な病気から脳を守るための新たな方法を考え出しテストすることができる段階に来ている」と、APAの脊髄損傷研究部会およびサイエンスアドバイザリーカウンセルのメンバーであるChoi博士は言っている。

                    (中久喜健司 訳)




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