| U.クリストファー・リーブの急性期医療 について |
1995年、落馬事故によって、スーパーマン(クリストファー・リーブ)、が脊損(頸部C1〜C2)者となったことは、周知の事実です。その後の彼の闘病と活躍は良く知られています。彼の急性期に関する情報は少なくなりつつあるので、あえてここで記録しておきたいと思います。
かつての「インターネット」のC・リーブのファンのホームページからの紹介です。
『1995年5月27日落馬事故で頸椎の一番と二番を損傷。年齢42歳。4日後、ヴァージニア大学医療センターで意識を取り戻す。』とC・リーブの事故について記載されています。この、受傷から9日目の6月5日にC・リーブは手術を受けます。C・リーブが事故にあった1ヶ月後の6月28日(水)、C・リーブの治療に当たったヴァージニア大学のドクターの記者会見が行われました。ここでは、その会見における手術に関する報告を紹介します。頸随損傷にたいする処置では、恐らく当時としては、最先端の医療が施されたものと思われますので、紹介することに致しました。
《ジェーン博士の報告》
受傷はほぼC1ーC2部分であった。脊椎の一番と二番、即ち頸部椎骨の上から二つが骨折していた。我々は先ず、横隔神経(脊髄から横隔膜につながる神経)が傷つかずに完全な形で残っていることを見いだした。 彼は自立呼吸できる状態ではなかったが、呼吸機能自体はきちんと残存していた。
第二に指摘すべき点は、肩の後ろ側の筋肉(僧帽筋)に至る神経が右側で、きわめて良好に機能していることがわかったことである。第三に、これら二点を総合すると、彼の体の左側の感覚は損なわれているが全体として感覚は残っており、またC4から胸部にかけての感覚はきわめてよい状態で残存していることが結論づけられる。 これらのこと全ては、脊髄が完全にやられてしまったのではないことを物語っている。彼の脊髄は手の着けられないほど重傷ではなかったのである。このことは、MRI検査でも確認されている。それは彼の脊髄が受けたダメージが主として左側であることを示していた。
彼の場合、いわゆる変形ブラウン‐セカール症候群(脊髄の片側半分が損傷されて起こる症状)であった。幸運とも言えた。 時たま彼は胸の筋肉をいくらか収縮させているように思えた。また実際その動きはC4、C5レベルあたりまで降りてきているようであった。ついで我々が知ろうとしたことは横隔神経が多少とも活性化するかどうかである。 以上が彼の受傷と彼が治療を始めるに当たって置かれた状況である。では我々は損傷した背骨を修復するために何をしたか? 損傷は主にC1であった。 彼の場合、歯状突起骨折( odontoid fracture歯が鋭く尖ったような折れ方)のいわゆるタイプ1とタイプ3が認められた。
タイプ3は通常のくさびが打ち込まれたようなタイプの損傷ではなく、砕け散ったようなタイプである。
C1とC2の間は不安定であった。また恐らく、頭蓋骨の後頭部の骨とC1椎骨の間も不安定であった。
我々の手術の手順は以下の通りである。
先ず、C1とC2の間をしっかりと安定させるため、脊髄を保護するための二枚の薄い骨片をワイヤーの上に載せて、C1とC2間に置き、縫いかがりながら押し込んだ。この薄い骨片は彼の腰の骨から採った。一旦それがしっかり固定されたのを確認してから、今度はチタンのリングを利用し、そのリングと薄い骨片の下に置かれたC1からC2に至るワイヤーを溶接して接合させた。(チタンを使った理由はMRI検査に適応できる素材だからである。)ついで我々は頭蓋骨にドリルで穴をあけ、先のワイヤーを通してから再度リングにしっかり溶接した。
我々は、先週月曜日に、これまでの経過を見るためCTスキャンで検査を行った。フィルムは彼の腰から採った骨片が頸椎にしっかりと組み込まれていることを示していた。もはや脊椎がバラバラになることはないであろう。我々はこの検査の結果を喜んでいる。しかし、接合が完全であるかどうか結論を出すのはまだ早すぎる。
接合の結果の評価に関しては、およそ8週間以内にケスラー・リハビリテーション研究所において行われることになるだろう。 現時点でのC・リーブの治療状況の概要は以上である。
(翻訳・解説:阿部由紀)