| 第 3 章 |
| 循 環 器 系 |
循環器系は食物からの栄養や肺からの酸素を体中に分配する。
循環器系は心臓、動脈、静脈、毛細血管より成る。血液はこのシステムにより体中に送られる。
受傷後の循環器系には、幾つかの特殊な変化がある。始めに、循環器系の基本的な内容に触れ、問題となる変化について述べる。
◆ 循環機能はどのように働くか
すべての細胞に血液を供給するのが心臓の役割である。心臓は血管を通して血液を送るポンプの役割をしている。血液はからだから心臓の右側に入り、酸素を取り入れるために肺組織に送られる。(血液は肺の空気部分には行かない。家の壁に張り巡らされた電線のように肺の壁面を通る。)
肺を過ぎると心臓の左側に戻り、動脈に押し出される。動脈は毛細血管まで血液を運ぶ。これらの細い血管は、身体組織全体に走っている。必要に応じて酸素と栄養を運搬し、老廃物を回収する。
血液は毛細血管より静脈へ流れる。その後、血液は静脈を通って心臓の右側に戻り、このサイクルが繰り返される(図3-2を参照)。
【図3−2】 心肺機能
血圧とその調整
血圧は血管を流れる血液の力である。血圧は基本的に次の2つのことにより規定される。
1.血液を送り出す心機能の状態。
2.動脈に加わる圧力の強さ。
正常とされる血圧の範囲は広い。安定している血圧は一定範囲内を変動する。
神経系は血管の太さを調整する。その太さは姿勢や活動状態によって調節され、血圧の安定を保つように働く。たとえば坐位姿勢から立ったとき、脚の血管が細くなり血圧を安定させる。この作用がないと血液は心臓へ戻らず、下肢に滞留してしまう。このため血圧の低下が生じる。
◆ 脊髄損傷による血液循環への影響
脊髄損傷は、血圧やからだから心臓に戻る血流に大きな変化を与える。血液を送り出す心機能は脊髄損傷によって影響されないが、動脈内の圧力は影響される。前述のように、神経系は動脈の太さを調節する働きをする。したがって、損傷により影響を受けた部分の動脈も影響を受ける。
動脈は細くなると血圧を上げ、太くなると血圧を下げる。庭のホースを思い浮かべてみよう。蛇口をひねって水を出し、ちょうど良い水量に調節する。ノズルの使い方によって、それを閉めると抵抗が増大し、圧が高くて真っすぐな少量の水が送られる。ノズルを開くと抵抗が減少して、ゆるやかな流れの水が大量に出てくるだろう。
血圧の上昇は、ノズルをすぼめた状態と同様である。血圧の低下は、ちょうどノズルを開け、蛇口を出るときの勢いを未調整のままにして水を出すようなものである。ノズルを十分に閉めることによって、水の特性により、水はより狭い場所を通過するとその力や速さを増大させる。そのとき、あなたは10歩離れた、隣のすばらしいバラを射落とすことができる。
同様に、血圧は迅速かつ効果的に酸素や栄養を循環するために、十分な強さが必要である。しかし、体に不調を引き起こすほど高くてはならない。受傷後、動脈は広い(拡張状態の)ままになる傾向がある。受傷前と同じように狭く(収縮)することはできない。その結果、血圧は受傷前より低い値を保つようになる。
たいてい筋活動は、随意的であれ痙性であれ、収縮したり弛緩(しかん)したりすることで血流を保つのを助ける。痙性は多少血流に対して働くことはあるものの、受傷によって影響を受けた筋肉はもはや血流に対し機能することはできない。
受傷後のこれらの血液循環の変化が以下のようなリスクを増大させる。
1.浮腫(腫脹)
2.血栓/肺塞栓(血塊)
3.起立性低血圧(起き上がった時に血圧が下がる)
4.心拍数の低下
浮 腫(腫脹)
腫脹(しゅちょう)は、損傷レベルによって、下肢あるいは上下肢に生じることがある。腫脹は、血管を出た液体が組織間隙に蓄積した状態である。腫脹は(心臓の位置より低い部分に生じる)「就下性浮腫」と呼ばれる。筋活動により、血液が心臓に戻るのを促しているため、上下肢の筋活動の消失により腫脹を生じるようになる。もし心臓に戻る血流が遅すぎる場合には、より多くの液体が血液外や組織細胞に漏れているだろう。
下肢の腫脹を防ぐために、次のようなことをするとよい。
腫脹が片足だけの場合は血栓が考えられる!(次節参照) もし、両足であれば以下の方法を試みる。
- 弾性ストッキングを常用すること: 伸縮性のあるぴったりしたストッキングで、 たいていは大腿部の上方まである。血液が心臓に戻るのを助け、下肢に血液が溜まることを防ぐ。
- 可動域訓練を毎日行ない、2〜3時間ごとに下肢をある肢位から他の肢位へ必ず動かすこと。
- 関節可動域訓練を増やし規則正しく行なう。自力で行なう、 あるいは誰かに行なってもらう。
- 10〜15分間、両下肢を少なくとも心臓の位置より高くする。 日に4〜5回行なう。
これには次のような方法がある。
- 横になり、両方の足部およびふくらはぎの下に枕を置く。症状により手や腕の下に置くことも必要になる。
- 車いすをベッド脇まで移し、ベッド上に両方の足をのせる。
最初に車いすのブレーキをかけておくことを忘れずに!。- ソファやゆったりできる椅子にすわり、両方の足部や下肢を車いすの上に置く。
- 起き上がって椅子に座っている間は、必ず弾性ストッキングを着用する。
- 治療努力を続けても、1週間以上腫脹が続いたり、腫れが急に悪化したら脊損センターやもよりの医師を訪れること。
血 栓(血餅)
下肢や肺における血栓は、重大な問題である。血液が規則正しく、一様のペースで流れない時に血栓は生じやすい。これは腫脹を起こす原因と同じく、下肢における血流を促す筋活動の消失による。
下肢における同様の筋肉のポンプ活動の喪失は、血流の低下を促進させる原因となり血栓を引き起こす。血栓は静脈で始まり、とりわけ下肢に生じる。下肢の深部の静脈に生じたものを「深部静脈血栓」(DVT)と呼ぶ(図3ー3参照)。下肢静脈の血栓は剥離して体の他の部分に遊動していく。血塊が一ヶ所にとどまるものを血栓という。血塊が剥離し遊動するものを塞栓という。
塞栓がもっとも起きやすい場所が肺である。これを肺塞栓(肺動脈塞栓)という。肺塞栓は緊急事態であり医療従事者はのやっかいな問題を予防するために十分な注意を払わなければならない。あなたはこうしたハプニングの機会を減少させるために学ぶことが必要である。
受傷後には血栓ができることはごく普通である。受傷後最初の数ヶ月が、その危険性が最も高い。血栓は身体活動が減少し、下肢静脈の血流が鈍化した時に起こることが一般的である。下肢の外科手術や受傷もまた血栓の危険性を高める。やがては血栓の危険性は減少するが、脊損者は一般人よりつねに高い危険性がある。 ある状態において血栓の危険性を高める。ガン、下肢の骨折、外科手術、老化、心疾患などを人々は避けることができない。あなたは以下のような危険性のある状態を避けるようにしなければならない。体重増加、喫煙、脱水症状、何の益もない無気力。妊娠もまた血栓の危険を高めるので、妊娠したい女性は、血栓の兆候に十分に注意しなければならない。
最後に、すでに血栓ができてしまったら、他の部分にも生じている可能性が高い。
血栓の場合は一般に、医師はしばしば薬や他の治療法によってそれを予防しようと試みる。まず、腫脹の治療に薬を使うことから開始される。医師は薬物治療により、血塊が形成されるのを抑制しようとするだろう。それらの薬剤は、「血液希釈剤」あるいは「抗凝固剤」として知られている。血塊を予防するために使用される最も一般的薬剤は、ヘパリンである。
ヘパリンにはいくつかのタイプがあり、エノキパリン(enoxaparin)、ロベノックス(Love-nox)、 「低分子量ヘパリン」と呼ばれている。時に医師は下肢の血栓予防にプラスチック・エアーポンプを使用する。この機器は足のまわりを空気でふくらませ圧迫するものである。下肢から血液を押し出し肺へ送り戻す。 これらの治療は血栓のリスクを減少させるが、一部の人々は薬剤や他の治療をうけたにも関らず血栓となる。
下肢に生じる血栓の徴候と症状の一般的なものは以下の通りである。
- 片側のふくらはぎや大腿部が熱感を帯び、赤くなることもある。
- 片側のふくらはぎや大腿部が腫れる。腫脹の有無を調べる簡単な方法として両方のふくらはぎや大腿部のサイズを計測するとよい。血栓が大きくなると下肢は急激に腫れてくる。このため、受傷直後に看護スタッフは日に2回ふくらはぎと大腿部を計測する。これを家でも週に1回は行なってほしい。
- 片側の足が痛み、触ると痛くなるか重く感じるだろう。しかし両足の正常な感覚がなく、何も感じないだろう。血栓が生じたときにはしばしば、あなたに自覚症状がなければ、医師も専門的テストなしには分からない。
* 血栓があると感じたら何をするか
- 片側のふくらはぎや大腿部が腫れてきたら
- 活動レベルを増大してはいけない。
- 可動域訓練を行なってはいけない。
- 下肢を動かしてはいけない。活動することによって血栓が移動してしまうかもしれないからである。
- ベッドに横になり、脊損センターの担当の医師や看護師に連絡して、指示を受ける。下肢に血栓があるなら、血栓が遊離して肺に移動してしまうのを予防する治療が行なわれる。
- 血栓がみとめられると、3〜6カ月間は抗凝固薬を服用しなければならないことが多い。
* 肺塞栓の場合はどのような症状を訴えるか
以下のような自覚症状のうち少なくともひとつが当てはまれば肺塞栓が疑われる。
- 突然息切れする。胸が締め付けられるような感じを伴う。
- 脇、胸、背中に痛みを感じる。痛みは、息を吸ったときにひどくなり、吐くと弱まることが多い。
- 突然咳が出る。咳はしばしば痰や粘液を伴うことが多く、痰や粘液はわずかにピンクや赤色をしていることがある。
* 予 防
肺塞栓は生命を脅かすことがあるので、予防はきわめて重要である。肺塞栓は下肢の血栓により起きることがもっとも多く、下肢の血栓を予防する方法は前述の「血栓の予防」の項に述べられている。
* 肺塞栓と感じたら何をすべきか
1.救急通報「911」に電話する。肺塞栓は緊急事態である。
2.急いで担当の近医や脊損センター医に連絡する。
3.息切れを感じるなら、車いすでの坐位のほうが楽なことがある。
4.精密な検査や治療が必要であり、病院で行なう必要がある。
* 血栓の治療
血栓が下肢にできるか、肺の中に行ってしまった場合、体内で血栓を溶解することを助けるため、一般に血液希釈剤が投与される。最も一般的な血液希釈剤はヘパリンとワーファリン(Cou-madin)である。これら薬剤の主な副作用は出血である。出血は少ない場合は鼻血程度で、深刻な場合は胃潰瘍のような出血となる。これらのリスクのため、血液希釈剤を服用する者は、医学的フォローアップが必要とされる。時には、投与されている血液希釈剤の適量を確かめるために頻回の血液検査が必要とされる。これらの薬剤は他の薬や時には食物とも相互に影響し合う。退院後に血液希釈剤を服用する場合には、こうした相互作用の情報について質問すべきだろう。血液希釈剤をあなたが必要な場合は、一般に薬剤師があなたとこの点について話し合うだろう。
起立性低血圧
脊髄損傷になると血圧が低下する。血管を収縮させる機能が損なわれ、高い圧を維持することができなくなるからである。足を下げて座ったり、立ったりすると、さらに血圧は低下する。血液が心臓に返らずに下肢の血管に滞留するため低血圧となる。これを起立性低血圧と言う。「起立性」とは姿勢を変えることで起こるという意味で、「低血圧」とは血圧が低い状態のことである。
低血圧は脳への血流量を減少させるため、姿勢を変えたときに意識の低下やめまいが起きる。普通この症状は時間がたつと改善される。これは受傷後に初めて離床する際に重大な問題となる。幸いなことに、多くの人の場合は一般に時とともにこの問題は改善する
* 意識低下やめまいを防ぐために
- 起き上がるときには、次のような手順をふむこと。
- ゆっくりと体を起こす。
- 2、3分休むこと。
- 足をゆっくりと下げていくこと。
- それから動きだすこと。
- 急に姿勢を変えてはならない。ゆっくりと動くこと。
- 処方された場合は、弾性ストッキングや腹帯を着用すること。それらは下肢に血液が滞留するのを防ぎ血液の心臓への還流を助ける。
* もし起立性低血圧の症状が持続するなら、次のことを勧める。
- 十分な水分を必ず摂取すること。
- ここで述べたような予防法を試しても、めまいや意識低下が続くようなら、脊損臨床医や看護師に相談すること。血圧を上げる薬を一時的に飲む必要があるかもしれない。
著しく血圧が低下すると十分な血液が脳に運ばれず、意識を失うこともある。ときたま起こる意識消失は心配ないが、頻発する場合には予防治療が必要である。
* もし気を失ったら
- 家族や介助者は患者の体を横たえ、 下肢を心臓より高く上げること。
- 車いすに乗っているときは後方に45度くらい傾けること。 必ず始めにブレーキをかけておくこと。
心拍数の減少
脊髄損傷後に、心拍数は減少傾向になる。血圧をコントロールする神経系は、同じく心拍数を上昇させる機能も果たす。損傷レベルが上位胸髄以上なら、このような機能は損なわれる。もし運動をするとき等に、必要に応じて心拍数を上げることができないと、起立性低血圧の症状と同じようなめまいや意識低下が起きる。
* 心拍数が減少している自覚症状
ほとんどの人は心拍数が減少しても自覚症状はない。しかし、人によっては心拍数が毎分50以下になるとめまいや意識低下をきたす。このような症状がある場合は脊損クリニックに相談すること。自分のふだんの血液や心拍数を覚えておくことが望ましい。そうすれば、他の医師にかかるときは医師は治療記録がないので、自分でふだんの血液や心拍数を伝えることができる。血圧や脈拍の低下のために新たな医学的問題が生じた際にも医師は別の方法を考えるであろう。
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