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第 10 章
神経、筋肉、骨


 脊髄損傷のあとには、数多くのさまざまな要因が神経、筋肉及び骨に悪影響を及ぼす。本章では、代表的な症候、その長所・短所およびそれらにどのように対処すべきかについて述べる。


 ◆ 痙 性

 脊髄の神経細胞は脳との連絡を断たれると、反射が亢進し、徐々に過剰に活性化するようになる。皮膚への接触や刺激、筋肉や膀胱の伸張などの単純なことでも、コントロールできないような筋肉の反射性収縮が起こることがある。脊髄損傷後にみられる筋収縮の代表的なタイプは、ひざとつま先が強直して伸びてしまうもの (伸筋痙縮) と、股関節と膝が曲がるもの(屈筋痙縮)である。

 痙性の長所
  1. 痙性が増強することにより、感覚の失われた部位に起こっている損傷や障害(たとえば尿路感染や褥瘡)を察知できる。

  2. 痙性によって、筋肉のサイズと骨の強度が維持される。

  3. 痙性によって、血液循環が促進される。

  4. 痙性を実用的に応用することが、習得可能である。たとえば、伸筋痙縮をうまく応用して車いすの乗り降りや固定具(ブレース)を用いた歩行を容易にする。

 痙性の短所
  1. 睡眠、ドライブ、セックス、固定具(ブレース)を用いた歩行などを、妨げる可能性がある。

  2. 皮膚をこすり、すり傷などの外傷を引き起こすことがある。

  3. 関節可動域を制限することがある。(本章の「拘縮」の項を参照)。

 《対処法》
 ほとんどの痙性は耐えられるものであり、その長所をうまく応用することができる。痙性をコントロールし、合併症を防止するいくつかの方法を、以下に述べる。
  1. 痙性を緩和するため、毎日、関節可動域の訓練を実行する。

  2. 痙性の悪化要因と考えられる刺激を避ける(速い動きや特定の姿勢など)。

  3. 痙性のコントロールの助けとなるパッドのついたストラップや副木の使用についてセラピストに相談する。

  4. 痙性によって、足を尖ったものや硬いものにぶつけないようにする(たとえば車いすの乗り降りの際、車いすに足をぶつけないように)。

  5. 風呂かシャワーで身体を温める(熱くないように! )。

  6. リラックスしてストレスを減らすようにする。
 痙性が睡眠、車の運転、あるいは他の機能に悪影響を及ぼすようであれば、その対処法について脊髄損傷の専門医と相談する。

 対処法のいくつかを以下に述べる。
  1. 薬物療法:ただし、どの薬にも副作用はあり、痙性を完全に除去することはできない。

  2. 痙性を緩和する特定の薬の筋肉または神経への注射。

  3. 神経根または脊髄の外科的手術。

  4. バクロフェン・ポンプ:薬剤を直接脊髄管(canal)に注入するポンプを体内に外科的に植え込む。〔訳注:日本では現在、第一製薬が治験中で1、2年内で認可の見込み〕
 痙性の増強は、身体の感覚のない部位に何らかの障害が起こっているサインの場合があることを自覚しておくこと。このような痙性の増加は、尿路感染症、褥瘡、腎臓結石、中垂炎、足の巻き爪など、あらゆることの警告である可能性がある。痙性の著しい増強や減弱に気づいた場合は、脊髄損傷の専門医、看護師、またはセラピストに相談すること。


 ◆ 萎縮と拘縮

 「萎縮」とは、使われないことによっておこる筋肉のサイズの減少である。ほとんどの脊髄損傷で、多かれ少なかれ筋萎縮がみられる。「拘縮」とは、関節周囲組織や筋肉の硬化で、身体の動きや機能を制限する。

 拘縮は、深刻な問題となり得るものであるが、予防は可能である。関節可動域の訓練を怠ると、拘縮が不可逆的に関節運動を制限してしまうことがある。拘縮は、車いすの乗り降りや日常活動の妨げとなる。また、姿勢も変化させ、褥瘡の原因となる。

 一方、場合によっては、握力を改善するために手の筋肉の一部を計画的に硬化させることもある(腱固定、テノデーシスとよぶ)。

 筋萎縮は、一般的に医学的な問題にはならない。


 治 療
 拘縮は規則的に関節可動域の訓練を十分に行なっていれば、予防することができる。筋肉の働かない部位の関節は、自分で、あるいは介助者がその部位を手でもって動かすようにする。セラピストは、あなたにとってもっとも重要な関節可動域の訓練が何で、どのようにそれを実施すればよいかを指導してくれるはずである。一般に肩、ひじ、股関節、ひざ及び足首は、拘縮を防ぐべきもっとも重要な関節である。強い痙性がある場合、関節可動域の訓練は特に重要で、1日に数回実施することが必要なこともある。

 一般的に、萎縮のみを対象に治療されることはない。ただし、褥瘡を防ぐために尻や肩のような骨の突出した部位が長時間圧迫を受けることは避けるように指導される。萎縮は、通常、1日あたり2〜3回の電気刺激を実施することで防止できる。しかし、治療すべき筋肉をすべてそれぞれ電気刺激しなくてはならず、非常に時間とコストがかかる。したがって、電気刺激によってある機能が回復する場合、あるいはこの電気刺激が医学的に必須の場合以外は、一般に脊髄損傷者には適応とされない。


 ◆ 神経原性異所性骨化 

 「神経原性異所性骨化」(Neurogenic heterotopis ossification: NHO)とは、損傷部位より下位の軟部組織にこぶ状に骨が形成される現象である。この骨は筋肉の間の、特に関節に近い部位に形成されやすい。この骨化は脊髄損傷部位より下位のすべての関節に影響を及ぼす可能性がある。股関節、ひざ及びひじが障害される場合がもっとも多い(図10−1参照)。

 最終的には骨化の進行は自然に停止する。通常、骨化が始まってから4〜10週間後よりX線で確認できるようになる。この骨形成過程は約8〜30ヵ月で終了し、完全な骨の塊りとして残ることとなる。それは特別な機能を何ももたないことを除いては、他の骨と何ら変わりはないが、しばしば関節の動きに問題を引き起こすことがある。


【図10-1】 神経原性異所性骨化


 原 因
 残念ながら現在まで、この異所性骨化の原因は分かっていない。脊髄損傷のすべての人に起こるわけではなく、どのような理由で特定の人のみに起こるのかも明らかにされていない。何らかの原因により幼弱な骨細胞が軟部組織に出現し、その後、成熟して硬化する。

 骨化を引き起こし、促進させる要因は、脊髄損傷による身体の変化と関連したものであると考えられる。異所性骨化の部位では、血流、ホルモン、あるいはその他の体内の生化学反応に何らかの変化が起こっている可能性がある。一部では、過度に激しい関節可動域の訓練が組織を障害し、原因となっているのではないかと考えられている。また、局所的な出血や組織損傷が、骨細胞を軟部組織に輸送し、定着させることが原因であるという学説もある。


 症 状

 他の原因で起こる異所性骨化
 脊髄損傷以外の以下のような要因によっても同様の症状が起こり得るため、検査が必要である。

 異所性骨化の主原因を明らかにするためには、医師による複数種の検査が必要となる場合がある。特に、「深部静脈血栓症」は緊急を要する致死的疾患であり、医師による早急の摘除が必要である(第3章「循環器系」を参照)。

 影 響
 もっとも好ましくないのは、関節可動域の顕著な減少と拘縮を併発するケースであり、日常生活や運動の大きな妨げとなる。座ること、下半身の着替え、車いすの乗り降り、入浴動作、歩行などに問題が生じる場合がある。


 神経原性異所性骨化に対する検査
 脊髄損傷による神経原性異所性骨化(NHO)を鑑別診断するために以下の3つの検査が行なわれる。
  1. アルカリホスファターゼ:骨形成の活発な期間には、血中のアルカリホスファターゼのレベルは高値を維持する。NHOの進行が止まると正常値に戻る。

  2. X線:X線検査はNHOの部位とその骨の成熟度を確認するために使われる。X線検査では、NHOがどれくらい時間経過しているかは判断できない。

  3. 骨スキャン:骨スキャンは、NHOを診断するもっとも有効な検査である。X線よりも約4週間早期の段階で検出することができる。

 治 療
 神経原性異所性骨化に対する有効な治療法はない。ディドロナール(Didronal)と呼ばれる薬物が、発症や進行を防ぐために処方される場合がある。

 血中のアルカリフォスフォターゼ・レベルが正常値に戻り、骨スキャンで活動的な成長骨が確認できなくなった時点で、神経原性異所性骨化が完了したと判断される。その後、関節の動きを改善するために、骨を外科的に取り除くことがある。異所性骨が動作に支障をきたさないようであれば、そのまま放置される場合もある。

 関節可動域の維持
 関節可動域の訓練は、無理のない状態で介助をつけて受動的、あるいは能動的に行なえば、障害を受けることなく、有益なものとなるため、可動域を維持するよう努めるべきである。


 ◆ 骨粗鬆症または骨の弱化

 骨粗鬆症(こつそしょうしょう)とは、骨からリンとカルシウムが失われる疾患で、脊髄損傷後によくみられる。骨は通常、筋肉の活動や歩くことで強さを維持しているが、脊髄損傷によってそれらの活動が断たれると、骨を強化する刺激がなくなってしまう。骨粗鬆症では骨が弱く、骨折しやすくなり、また、骨折後の治癒にも時間がかかるようになる。

 脊髄損傷者の骨粗鬆症
 骨粗鬆症の治療法あるいは予防法に関しては、実験的なものが試みられているが、まだ確立されたものはない。もっとも重要な対処法は骨折を防止することである。車いすの乗り降りの際などには、足を何かにぶつけたりしないよう特に注意を払う必要がある。関節可動域の訓練に関しては、セラピストから正しい方法を指導してもらい、骨に過度なストレスや圧迫をかけないようにする。装具を着けて歩行することによって、足の骨粗鬆症の進行をある程度抑制することができると考えられている。


 ◆ 上肢の保護

 脊髄損傷者にとって上肢、すなわち肩、ひじ、手首および手などはとても大切である。車いす、特に手動式車いすを使う場合、歩いていたときよりも腕をよく使うことになる。使い過ぎにより傷害を招くことがあるが、以下の簡単な指示を守れば、それはほとんど防ぐことができる。

 予 防
 肩を保護するプログラムは、肩の前方および後方へのストレッチ、肩回転可動域の強化、肩への衝撃の回避を含めるようにする。肩への衝撃とは、肩の高さかそれより上の腕の体重がかかってしまうことである。車いすの乗り降りは、できるだけ手を下にして、肩にかかる体重を減らすために、頭と上半身で釣り合いがとれるように、前かがみの姿勢で行なう。頭上の吊り輪や握り棒は決して使わないこと。手動車いすを使っていて、その乗り降りも自分で行なっている場合は、理学療法士に、毎日規則的に行なうべき簡単な訓練法について相談すること。

 痛みは、何らかの障害の兆候である。関節、肩または腕に痛みがあるが、その原因となるような動作をした覚えがない場合は、セラピストに相談し、適切な判断を仰ぐべきである。できるだけ早く相談することが重要である。


 その他の上肢の問題




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