中国OEG移植に関する 日本せきずい基金の見解


2004年6月15日

 これまでに日本せきずい基金が入手してきた情報を整理し、弊基金としての見解を以下にまとめた。中国のOEG移植をどのように受け止めるか、皆様の参考になれば幸いである。

日本せきずい基金理事会


〔要 点〕
 現在、北京の首都医科大学の黄紅雲教授らによって実施されている慢性脊髄損傷者等への胎児嗅神経鞘グリア細胞(OEG)移植手術では以下の諸点が明らかになっていない。
  1. 2001年秋から現在までに300数十人にOEG移植を実施したと言われているが、長期の治療成績が依然として明らかとなっていない。

  2. 脊髄に注入する細胞の安全性が確保されているか明らかではない。

  3. 移植手術後にニューロパシー痛(神経障害性異常疼痛)の広範な発生が報告されているがどのような疼痛治療をしているか、またそれ以外の重篤な副作用がないのか。

 最低これらの内容を研究者自らによって明らかにされない限り、この治療法の妥当性を評価することはできない。これでは科学的な臨床研究とは言えず、現段階では皆様に推奨すべき治療法と言うことはできない。


〔私たちが望むこと〕
  1. 人を対象にした臨床研究である以上、OEG移植のプロトコル(臨床研究試験計画書)を公開すること〔ホームページあるいは審査システムをもつ国際専門誌において〕。

  2. 移植するOEG細胞の免疫学的・遺伝学的安全性を明示すること。

  3. 移植手術後帰国した患者のリハビリを含む長期のフォローアップ体制の確立。

 中国のOEG移植に関する情報は、中国の脊髄損傷国際回復支援センターの日本語版ホームページ(http://www.spine-damage.com)、米国ラトガーズ大学のワイズ・ヤング博士の主宰する「Care Cure Community」の投稿板(http://carecure.atinfopop.com)、それに回復支援センターや移植希望者がせきずい基金に寄せてきた情報程度に限られている。それらから移植の実態を正確に捉えることは困難であるが、「Care Cure Community」へは毎週のようにOEGの被験者やその返信などの投稿が掲載されており、その投稿を中心に、現状とその問題点を以下にまとめた(〔〕内の日付はCare Cure Communityへの投稿日)。


1. 治療成績について
 昨年10月の中国国内の英文誌Chinese Medical Journalに掲載された黄医師らの「脊髄損傷への嗅神経鞘細胞移植後の機能回復における患者の年齢の影響」がほとんど唯一の人へのOEG移植に関する論文ということが出来る(当基金HPに全訳掲載)。
 171人の治療成績を掲載しているが、これは年齢集団ごとに運動機能・感覚機能・痛覚についてASIA評価〔米国脊髄損傷協会機能評価スケール〕がどのように変化したかをまとめたもので、その治療成績について日本の脊髄専門医は評価不能と述べている。
 ヤング博士は、「黄医師のデータは患者が在院している4−6週間の観察をベースにしており、今のところ10%の患者についてのみ長期のフォローアップをしている」と述べている〔2004-5-14〕。この文脈からは、長期のフォローアップをしている10%の患者のデータは今後明らかにされるものと推察できる。
 ヤング博士はラットへのOEG移植では4週間後に脊髄が再有髄化され、人間に移植後ラットと同様の効果が現れるにはラットの4倍の期間がかかり、「私たちの結果は、OEG細胞が数か月の間、人間の脊髄を再髄鞘化しないことを示唆する」と述べている〔2003-11-22〕。これは、人への移植細胞が損傷部位の上下に生着しても、その結果が出るのは手術から3、4ヶ月先ということになり、ここに挙げた黄論文はOEGそのものの効果を示すものではない、ということになる。
 移植直後に患者が感じるという末梢部位での感覚の相違や何か力がみなぎる様な感覚、というものも黄医師自身、OEG移植の結果ではなく、手術にともなう椎弓切除術や同時に注入していると思われる神経栄養因子などの作用である、としている。 
昨年の3月と8月に胸髄損傷の息子を持つ米国女性が北京でOEG移植した9人の患者(中国人と思われる)へインタビューを行った。その結果は、殆ど/全く効果がなし:2名、わずかに向上:4名、効果あり/満足:3名で、中には術後半年以上も脊髄ショック状況が継続している者もいたと報告している〔2003-11-7〕。主観性の強い報告であるにしても、これほどの差が何に起因するのかは不明である。
 300人以上に実施したという情報には疑問を呈する日本の専門家もいるが、本年5月で28人目という外国人患者の今後のデータ以外には、必要なフォローアップもないまま移植手術が行われてきたことになる。
 しかも、手術の方法、手順もあらかじめ明確に提示されているわけではない。
手術方法もこの1年で変化しているようである〔2004-4-27〕。椎弓切除を行って大きく損傷部を切り開き、露出させた脊髄にOEGを移植する方法から、部分麻酔で脊椎の2ヶ所に鍵穴ほどの穴を開けて注入する方法になったという。また急性期の治療薬として用いられているステロイド剤(メチルプレドニゾロン)をOEG細胞と一緒に注入することも始められたと報告されているが、手術方法を変えた理由も明示されていない。米国の何人かのALS患者にも脳の2ヶ所と脊髄にOEG移植が行われているが、果たしてどのような前臨床試験を踏まえてALS患者への移植が行われたのかも不明である。このような臨床研究は世界的には考えられないものと言わざるをえない。
 なお、中国でのOEG移植に関してヤング博士は本年5月に次のように要約している。「OEG移植は控えめな(modest)回復を作り出し、多くの場合、4−5レベルの感覚の回復と1−2レベルの部分的な運動機能の回復をもたらす。これは、受傷後16年から32年ほどたった完全ないし不全マヒの脊髄損傷者に生じるように見える。たぶんこの回復効果は脊髄徐圧術や脊髄係留解除術によるものではないように見える。私の見解では、手法はこの1年で、特にもし他の治療法と組み合わせることができればよりよいものとなるだろう。」〔2004-5-14〕


2. 患者の安全性・副作用に関して
 ヤング博士は、中国でのOEG手術後に3人の患者が死亡したが、すべて手術の数ヵ月後で手術との因果関係はないと思えると述べている〔2004-4-27〕。それがどのような原因によるものかは不明である。
 かなり明らかになってきたのは術後の異常疼痛である。2003年9月、黄医師のラトガーズ大学での講演では、「術後数週間ないし数ヶ月、手術を受けた殆どの患者が損傷部以下にある程度のニューロパシー痛(神経障害性異常疼痛)が生じることに言及している。いくつかの例では苦痛は極めて強く、ある患者が苦痛のために叫んでいたことに言及した。しかし、痛みは1,2ヶ月で消え去る」と報告した〔2003-9-10〕。このニューロパシー痛には、通常の鎮痛剤や麻薬もオピオイドも余り効かないことが知られている。
 黄医師がどのような疼痛治療をしているか明らかでないが、他の米国人患者が持参した鎮痛剤を使うよう指示されたという投稿や、術後に疼痛が増強し耐えがたくなった米国男性の投稿も何回も登場している〔2004-4-2〕。疼痛の発生は十分予測できる問題であるのに、その対処法が全く見えてこない。
 また長期の経過観察がなされてこなかったため、細胞注入による長期的な安全性を明らかにできない。異所性の骨化や腫瘍化の問題が完全に否定できるかどうか、のデータがない。
 手術に伴う副作用としては、ほかに脳脊髄液の漏出による頭痛が報告されている。これは硬膜の切開に伴うものだが、これが一過性の症状でなく「低髄液圧症候群」として慢性化した事例の有無は不明である。

 また使用される細胞ソースの問題もある。「1人子政策」が取られている中国における新生児の男女比は男117対女100(2000年人口センサス)であり、女児の選択的中絶がかなり広範に実施されていることがうかがわれる。公式データによれば中国全土の2000年の妊娠中絶数は149万件とされているが、北京・首都医科大学のLiju Wengは毎年1000万〜2000万件の中絶が行われていると述べている(2000年・アジア性科学学会シンポジウムにて)。
 都市部に広がる売春などに起因する中絶胎児を用いることはないか。中国ではある種の先天障害が判明した場合は中絶が義務付けられているが、そうした胎児が用いられることがないのか。培養に用いる中絶胎児細胞の安全性はどのように確認されているのだろうか。遺伝性疾患、AIDSなどのウイルス性疾患のチェックはどうなっているのか。
 培養についてはウシ胎児血清が用いられているが、日本ではBSE問題の影響で米国産のものを用いることが出来ないが、中国ではどうなっているのか。
 日本では体内に入れる物質は最も厳しいGMP基準のもとでの操作が求められているが、中国で移植細胞がどのような環境下で異物や雑菌の混入なく培養されているのかは不明である。
 中国は国家レベルでは近年急速に医薬品製造基準を国際レベルまで引上げようとしてきているが、条文ができただけでまだそれが現実のものとなっていないものが多いと言われる。これら医療におけるカントリーリスクを、中国で移植を受けようとする者が自ら回避することは不可能であろう。


3. 回復支援センターについて
  脊髄損傷(中国)国際回復支援センター(http://www.spine-damage.com )開設の案内が当基金にあった本年1月、その本部は瀋陽の中国国際移植支援ネットワークセンター(国際臓器移植支援センター)にあった(http://www.zoukiishoku.com)。瀋陽のセンターも日本人を対象に臓器移植の斡旋を行っている民間の中国法人というが、その実態は不明である。どちらもセンターのトップは日本人であり、黄医師とパートナーシップを結んだという脊髄損傷国際回復支援センターはこの3月に北京事務所を開設した。
 米国から北京に渡った患者たちのメールにはこのセンターのことは一切登場せず、連絡先としてあるのは黄医師の病院の電話とファックスのみである。この「国際回復支援センター」は日本人患者の斡旋のみを目的に設立されたとも考えられる。
 米国患者の費用は2万ドルとなっている。1ドル112円換算では224万円となる。
 日本人患者本人の費用は20万元(1元=14円で280万円)とされており、米国との差額は56万円。日本人患者は手術を予約すると50万円をまず回復支援センター代表の日本の銀行口座に振り込むことになっている。瀋陽の臓器移植支援センターの予約金も50万円であり、これはセンターの取り分なのか?。
 日本法人であれば、医療過誤や副作用などの問題で訴訟を起こされる危険性があるが、中国法人ではその危険性は遥かに小さく、何があっても実質上、訴訟は不可能であろう。
 しかし、日本人患者を募る以上、手術法や治療成績、予測される副作用など被験者の安全に関する十分な情報を提供する責任が回復支援センターにあることは言うまでもない。
 
 以上、中国でのOEG移植の現在までに明らかになってきた様々な問題点を挙げてきた。
 どこの国で行われるものであれ、臨床研究は患者の安全性がまず第一に追求されなければならず、科学的妥当性を持つものでなければならない。
 OEGそのものの神経再生の可能性については多くの動物実験で確認されてきており、人への臨床研究が世界的にも、また日本でも射程に入ってきている。
それだけに、中国のOEG移植はより透明な世界標準の臨床研究手順が求められており、第三者評価可能なデータの提供がなされることを今後も中国側の研究者に求めていきたい。

以上


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