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第1回「日本せきずい基金」医学講演会 報告書

演題「脊髄損傷者の性機能」
(勃起・射精障害治療、挙児、出産)

「日本せきずい基金」 医学講演会
1999年6月6日 大宮ソニックシティー4階国際会議室

講演者
国立身体障害者リハビリテーションセンター病院
診療部長 泌尿器科医師  牛山 武久氏


  ただいまご紹介にあずかりました牛山です。

  最初に自己紹介をします。私は1942年(昭和17年)の満州生まれです。
専門は泌尿器科です。泌尿器科医は約6000人います。医者の総数は約24万人ですので、泌尿器科医は少ない部類です。泌尿器科医の中で、脊髄損傷や性機能を専門にしている医師はその1割もいません。少数派ですが重要な問題なので、ずうっと続けてやっています。日本性機能学会、日本神経因性膀胱学会、日本パラプレジアイ医学会等で討論しています。本日は脊髄損傷者の「挙児」(子供を作る)に焦点を合わせてお話したいと思います。

  脊髄損傷の方が約10万人、この数は多いというのでしょうか、少ないというのでしょうか。長年、脊髄損傷者を診療してきましたが、確かに一般の病院ではそれほど多くは見かけません。 10万人という数にこだわって、ほかに10万人の集団はいないのかと思って調べてみました。

  オストメートという人工肛門や人工膀胱の方が10万人です。それから人工透析をしている方が16万7千人います。高齢者で10万人の集団は平成8年の統計で男性では86歳以上の方が10万人います。女性では89歳以上の方が10万人いる。「超高齢者」といっていいと思います。10万人の集団、 それをどう考えるかというのは特に答えはありませんが、数は少ないけれども団結すればいろいろなことができるでしょう。「治りたい」ということを声を大きくして叫べば、政府を動かし予算を出してもらう効果は十分あると思います。

  さて、本題に入ります。
  最初に脊髄損傷者の勃起と射精の問題をお話します。

  脊髄損傷の勃起率は60%から80%ぐらいです。北大の辻先生が、データを出しています。それによると54%です。これらは一応勃起するという事で、それが持続するかということには言及していません。

表1 脊髄損傷者の勃起率と射精率
    (BENNETT 2 の文献より引用)
Reference No.Pts. Erection
No.(%)
Ejacuiation
No.(%)
Munro and associates 84 62(74) 7(8)
Talbot 200 127(63.5) 20(10)
Talbot 208 143(69) 17(8)
Zeitlin and associates 100 64(64) 3(3)
Bors and Comarr 529 427(80) 80(15)
Tsuji and associates 638 341(54) 60(9)
Comarr 150 123(82) 16(11)


  射精のほうはもっと低く10%前後の人しか射精ができません。したがって健常者と同じように子供を作るのが難しいというのが現状です。


 いろいろな感覚臓器(脳、陰茎、皮膚、眼、耳等)が性的に刺激される勃起が起きます。刺激によって陰茎海綿体、尿道海綿体に血液が充満して勃起という現象が起こります。以前、勃起のメカニズムは「コンチの説」で説明されていました。バイアグラが発見される前の話です。どうして陰茎に血液が充満するのかというと、コンチの説はシャントいうものがあって、陰茎の中で動脈と静脈が短絡(シャント)しており普段、血液はバイパスを通っている。バイパスを閉じると町の中に車があふれるようにシャントが閉じると血液がどんどん陰茎のほうに流れ込んできて勃起が成立するという説明でした。われわれも、ああそうかと、思っていましたが、バイアグラが出てきて、この説は間違いだったということが分かりました。現在の勃起のメカニズム説明は二部の小谷先生の講演を聞いてください。


  勃起不全の定義は勃起が不十分なため性交に必要な硬度と持続時間が得られない状態をいいます。「硬度」と「持続力」の二つが問題です。十分な勃起が得られても持続力がなければ勃起不全です。このことは重要な問題です。脊損の60〜80%は勃起しますがその中に持続できない人がいて持続するにはどうしたらいいか悩んでいる方がいます。 勃起不全は脊損の人だけでなく、世界中の男性の病気です。心因性勃起不全や器種的に糖尿病や循環器系の疾患、薬物、アルコール、骨盤内手術後や脊髄損傷が勃起不全の原因になります。

その一般的な治療方法を説明します。


陰圧式勃起補助具という器具があります。原理は陰茎にプラスチックの筒を被せなかを掃除機で吸うように陰圧にすると、血液が陰茎の中に流れ込んできて硬くなる。硬く大きくなったときに、根元をゴム製の太いリングで止める。ゴムのふといリングを筒の先に付け、硬くなったときにはずして陰茎の根元止めると勃起の状態になります。根元を止めても、陰茎海綿体は、体のなかに半分ぐらい入っているので、表に出ている部分しか勃起してないという欠点がありますが、十分役に立ちます。使用時間は30分以内です。医療器具として承認され6万円ぐらいします。

  十年以上前にこれをポルノショップで買って、患者さんで試してみことがあります。しかし最初の患者さんがあまりいいと言わなかったので、それ以後、使うのを躊躇していたら、そのあと学会で取り上げられるようになり広まってきました。今は、医療器具としてテストし、役に立ち安全であることを確認して許可されます。


 もう一つ、自己注射という方法があります。血管拡張薬を陰茎に直接注射すると勃起します。薬は塩酸パパベリンやプロスタグランジンE1、フェントラミンなどを使います。脊髄損傷による勃起不全への効果はパパベリンの場合は約95%が勃起する。持続時間は1時間以上です。プロスタグランジンE1の場合は、勃起率76%で持続時間は約1時間です。 問題は副作用です。パパペリンの副作用の頻度はやや高くて、持続勃起症が起こります。例えば24時間以上勃起した例もあります。そうなると陰茎の繊維化が起こったりしてあとで陰茎が使えなくなってしまうので、6時間以上の勃起例は病院で治療する必要があります。ほかに注射部位の感染、硬結などがおこります。この自己注射は日本の健康保健では認められていないので費用は自費であり、自己責任で行わなければなりません。

  もう一つは手術です。プロステーシスという器具を陰茎海綿体の中に2本埋め込みます。勃起させたいときポンプのスイッチを押すと、リザーバーの液体がプロステーシス中へ移動し勃起状態となります。使い終わってスイッチを再び押すとレザーバーに液体が戻り勃起しない状態になります。リザーバーと本体とが一緒になっているものもあります。値段は60万円から70万円ぐらいです。シリコンの棒だけを入れる手術はもっと安いです。

  勃起を誘発する薬については第二部(講師小谷先生)におまかせしてあるので、そちらにお譲ります。


 次に「射精」の話をします。


勃起と同じように神経の働きによって射精します。射精の神経は脊髄の下部胸髄、上部腰髄、から出て腹腔内へ入って交感神経幹,下腹神経を通って前立腺,精管、副睾丸、睾丸を支配します。脊髄損傷者が射精できないのはなぜか。神経障害によるものですがレベルによって射精率が違います。神経の走行をちょっと覚えていてほしい。例えば頸髄損傷の方は脊髄射精中枢は健在なので後で述べるバイブレーターによる反射性射精が得られます。胸髄下部、腰髄損傷は脊髄射精中枢が破壊され反射性射精はなくなります。精子は睾丸で作られて、射精の時、副睾丸、精管にいる精子が出てきます。

  射精は精子が出てくる過程を2つに分けます。第一段階はエミッションといって副睾丸、精管の精液が尿道に出てくる過程です。性嚢腺液、前立腺液も含まれます。第二段階は尿道の球海綿体筋の収縮運動によって精液が外尿道口から出てくる過程です。通常われわれはこれを射精とよんでいます。このときに膀胱頸部が神経麻痺によって閉じないと精液は前に出てこないで、膀胱の方へ行っていってしまいます。これを逆行性射精と呼び、導尿して精子を回収します。

  先ほど10%ぐらいしか射精できないという話をしましたが、射精させるにはどうしたらよいでしょうか。これは難しい問題で二十年ぐらい前、私が国立身障者リハビリテーションセンターに勤めはじめたころは、ネオスチグミンという薬を脊髄くも膜下腔に入れる方法以外はほとんど人工的に射精させることはできませんでした。あちこちの文献を見たり外国へ行ったり、学会で討論をしたりしているうちになんとか今の状態になりました。


 その一つはバイブレーターを使うという方法です。最初、バイブレーターで射精ができるという文献を読みましたが、バイブレーターそのものが何かわかりませんでした。イギリス人が書いた論文だったので、イギリスに行く人に頼んでバイブレーターを買ってきてもらいました。それは非常に重く精巧な機械で、振動の回数が自由に変えられるものでした。例えば1秒間の振動数を1回から1000回まで変えられる。それで陰茎を刺激してみましたが文献どおりに射精させる事はできませんでした。

  あるときオーストラリアのブリスリスベーンの病院で二分脊髄の患者さんの人工射精を見る機会がありました。それを見て私は初めて、ああ、こうやるのかと思って、使っている器具を見たら日本のマトバという会社が作った腰や肩をマッサージするバイブレーターだったのです。外国へ器具を買いに行かなくてもよかったのです。日本の電気製品で射精させられるということがわかりましたので、それ以来またやりはじめて、39人目に初めて射精させることができました。それまではコツがわからなかったが、それ以後は結構出せるようになりました。


 図は我々のバイブレーターによる人工射精の成績です。頸損のレベルで56.3%の射精率です。胸損の上位で23.4%、下位で 7.7%の成功率です。施行する術者によって違うのではないか、Aが私で、Bが若い医師です。頸損に関して言えばBの方がうまい。それ以外では例数が少ないが、Bはあまり成功していない。どの人でも慣れればできます。患者さんに、買ってもらったり、あるいは貸したりして、自分のうちでやって射精したら、それを奥さんの膣に入れなさいという指導をしています。



 もう一つ、電気刺激による人工射精という方法があります。直腸(肛門)に電極を入れて10ボルトから15ボルトぐらいの電圧をかけると射精が起こります。交流でも直流でもかまいません。刺激装置は外国で売っています。日本ではまだ輸入許可がおりていません。従ってどこの病院にもあるというものではありません。九州脊損センター、星が丘厚生年金病院、中部労災病院、神奈川リハセンター、国立身体障害者リハビリセンター病院、大坂大学など全部で七つか八つぐくらいの病院しか持っていない。この成功率は80%以上です。バイブレーターでだめな人もこれを使えばかなり射精させることができます。

  ほかに精巣上体(副睾丸)を切開して直接精子を取り出すという方法があります。この方法は何回も使えませんが、精子がきれいで、汚染されてない利点があります。さきの方法は何回もできる利点がありますが、感染を起こしている前立腺液や精嚢腺液がいっしょに出てくるので精液が汚染されてしまい、受精能力が落ちてしまう心配があります。

  つぎにどのようにして子供を作るかが課題です。人工射精で精子を取り出し、それを子宮の体内に入れる。夫の精子を使うのをAIHといいます。もう一つはAIDといって、ほかの人の精子をもらって入れる。この二つの方法が簡単な人工授精の方法です。これを産婦人科の先生にやっていただく。

  もう一つは体外受精です。超音波下で卵巣に針を刺して卵子を吸い出し受精に使います。あらかじめ薬を与えて、成熟した卵子を一度に数個取り出します。取り出してきた卵子を顕微鏡の下で見ながら細いてガラス管を使って卵子の中に精子を入れる。そしてそれを培養器で培養します。受精が起こると分割が起こる。分割し始めたら子宮の中に戻してやります。これが体外受精の方法です。

  取った卵、精子を凍結することができます。凍結して解凍すれば、またあとで使える。その場で全部使わなくても、後で解凍して使う。凍結には液体チッソを使用し−197°まで下がります。

  どのくらい脊髄損傷の方から子供が生まれているのでしょうか。1997年11月に日本パラプレジア医学会(脊髄麻痺を対象とした学会)で「脊髄損傷後の挙児」という題で、シンポジュームをやりました。星が丘厚生病院の百瀬先生の発表によると、人工射精、人工受精AIHで3名の方に子供ができております。もう1人体外受精でできたそうです。九州にあるセントマザー産婦人科医院の田中先生の発表によると、脊損だけの妊娠率は52.4%です。

  通常、体外受精の1回の成功率は20%です。費用は40万から60万円ぐらいかかります。高度な機械と技術がいり、保険がきかないので費用がかかることはやむ得ないようです。 残念ながら挙児にはいろいろな問題があります。いろいろな技術を駆使していますが、簡単にはできない。出来ない原因一つは精子の運動率が悪い。通常、正常人の運動率は60%以上ですが、人工射精で取った精子の運動率は5%とか10%と低い人がいます。また精液、精子が汚れている問題があり検討中です。

  次は脊髄損傷女子の出産の話をします。女性脊損の方は、一端生理は止まるがまた元にもどります。妊娠能力には問題はありません。1997年に妊娠出産した24例の女子脊損の調査を我々のところでしました。子供の数で33児です。第一子の出産年齢は22歳から40歳で平均29歳でした。妊娠の方法は自然妊娠が32児。体外受精が1児でした。出産機関は一般病院が67%、大学病院が21%、開業医が12%でした。

  妊娠の合併症は、一般的な合併症と脊損の独特な合併症がありました。腎盂腎炎、褥瘡などです。子供の分たいじゅうが増えるので褥瘡になりやすく注意しなくてはいけないと思います。

表2.妊娠時合併症

切迫流産      5(15%)
前期破水 3(9%)
妊娠中毒 3(9%)
重症悪祖 1(3%)
腎盂腎炎 6(18%)
膀胱炎 2(6%)
褥創 7(21%)


  出産方法は自然の経膣分娩と帝王切開があります。Th6というのは麻痺が第6胸髄レベルいう意味で、胸髄の6番以上の麻痺の方は自律神経過反射が起きやすく、出産のときに血圧が上がってしまうのです。われわれの集計では帝王切開が20例で経膣分娩が13例でした。より安全な帝王切開が多く取られたのかもしれません。外国の報告を見ると帝王切開は26%で少なく経膣は74%というデーターになっています。

  麻酔の方法は全身麻酔、硬膜外麻酔が使われ、無麻酔というのもあります。このような方法で出産が行われていました。

表1.出産方法と麻酔

. 経膣 帝王切開 全麻 硬膜外 腰麻
TH6以上 4(29%) 10(71%) 7 1 1 5
TH7以下 9(47%) 10(53%) 7 1 2 9


  次に医療機関の問題点をあげてもらいました。入口が入りにくい、駐車場やトイレが狭い、内診台が高すぎるという意見がありました。医学的なことでは脊損の身体状況を知らない。褥瘡防止マットがない、麻酔医との連携がよくないというようなご意見もありました。

表4.医療機関の問題点

A 移動(車椅子)に関すること
入り口が入りにくい(医院)
駐車場が狭い
トイレが狭い
内診台が高すぎる
体重測定が狭い
授乳室が狭い
B 医学的なこと
脊髄の身体状況を知らない
褥創防止マットがない
麻酔医などとの連携がよくない


  ここで本の宣伝をさせていただきます。われわれのグループが去年出した『頸髄損傷のリハビリテーション』(共同医書出版社)に、今日お話した内容の一部が出ています。50人のスタッフによって書かれた本で医学的記載も半分入っていますが、一般の人が読みやすいように書かれており脊損の方も執筆者になっています。興味があったら読んでください。この表紙を書いたのが斎藤日出男という頸損の方です。表紙はご本人が描いた絵でグラフィックデザイナーをしています。編集を手伝っていただきました。


 最後にまとめを述べます。

  21世紀に向かってわれわれは何をすべきか。一つは予防です。交通事故では毎年1万人ぐらいの人が亡くなっている。一向に減らない。シートベルトで多少はよくなっているとは思いますが、なくすのはなかなか難しい。脊損で今取り上げられているのは予防です。スポーツ事故、特に水泳の事故による脊損の予防はやるべきだと思います。 諸外国ではポスターや映画を作る。水泳事故に対しては「足から飛び込め」という。「飛び込むな」というのもあります。

  去年ここで飛び込んで何ともなかったのに今年飛び込んだら脊損になってしまった。なぜかと言うと岩が移動してそこにあったそうです。「知らないところに飛び込むな」というフレーズのポスターも外国にはあるそうです。日本の水泳プールは1メートル20cmぐらいで浅い。危ないから飛び込みは教えなくなった。先生が飛び込みの見本を示して、先生自身が脊損になってしまったという例があります。全体的には飛び込みが下手になってしまって水泳事故が多い。そういう予防のキャンペーン、映画、ビデオ、ポスターを作るべきだと思います。

  それから神経再生移植治療。これはこの次に講演会が予定されているので期待したい。今日の講演に関係していることでは、挙児を考慮した初期の尿路管理をもっと厳しくやらなくていけない。

  それから精子バンク。アメリカにはあるがどちらかというと精子を売るバンクのようです。脊損になって年月が経つと精子の造精機能が落ちてくる。どのくらいでだめになるということまでは正確に言えませんがだんだん悪くなるので、脊損になったら早目に人工射精でもいいから精子を取ってバンクに預けておく、ということも考えなくてはいけない。残念ながら現状で精子バンクはないです。ただし産婦人科では子供を作ることを前提とした精子の凍結は行っています。

  もう一つはスパイナルユニット,脊損病棟です。日本で脊損の方だけを扱って、治療している病院は九州脊損センターだけです。通常一般病院かリハビリテーションセンターに入院します。さきほどの10万人という数と関係しますが日本で年間 100万人あたり40〜50人の脊損の人が発生しています。総数で5000人とか6000人という数になります。

  そういう人たちが全国の病院にばらばらに入れられると、いろいろな問題が生じてくる。褥瘡が多い。尿路管理も問題となる。地域毎に一か所に集めてやるというのが諸外国の例です。イギリスは第2次世界大戦中からそういうことをやっていた。戦争によって脊損の方が発生する。そのとき軍はグッドマンという人にそういう専門の施設を作りなさいと言い予算も当然出した。それまで脊損になった人は、主に褥瘡と尿路感染が原因で数ヶ月以内で亡くなっていました。それができたおかげで脊髄損傷者は長く生きることができるようになり、それが世界中に広まり今のスタイルができたのです。

  以上で私の話を終ります。ご清聴ありがとうございました。


21世紀に向かって

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神経再生移植
拳児のための尿路管理
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