2005-11-5NHK.pdf 117kb

立花隆最前線報告 「サイボーグ技術が人類を変える」
2005-11-5 NHKスペシャル<テキスト版、一部は事務局で加筆>
作成:JSCF事務局

 サイボーグ、それは人間の身体が機械と結びつき一体となったシステムです。 今人間の脳とコンピュータで結びつけることが可能となりました。サイボーグ技術に革命が起ころうとしています。

 アメリカ・テネシー州:考えただけで動く機械の腕
 アメリカ・オハイオ州:コンピューターが脳を動かす
 カナダ・オンタリオ州:脳につながった機械の目

 立花:この技術の可能性。この技術は悪用されたらとんでもない可能性に道を開く。
 N:(ナレーション)巨大なビジネスチャンスが生まれました。軍事に使われるサイボーグ技術。アメリカは次世代の覇権をこの技術で握ろうとしています。サイボーグ技術は人類の進化をもたらす究極の科学。許されざる人体改造か。
 <人類の未来とは>
 「物質文明の行き着く先は・・・生命の神秘・・・ヒトはどこへいくのか」・・立花隆
 立花:サイボーグはサイエンス・フィクション、つまりSFの世界の話だと私は考えてきました。最近、それが現実のものになりはじめた、と聞きました。人間は様々な機械や道具を発明し、社会は大きく変わってきました。しかし、人間の肉体それ自身は全く変わりませんでした。ところがサイボーグ技術、つまり機械と身体、そして神経を一体化させて融合させる技術が生まれたことで、史上初めて人間の肉体が変わり始めた。



 【中国・上海】 電気電子工学会・生体医学工学部門。   
 技術者と医学者が一堂に会する国際学会でサイボーグ技術に関する発表が相次ぎました。脳と機械をコンピュータで結ぶ「神経工学」という科学が急成長しています。

 立花:この分野が急速に発展していることに驚きました。
神経工学分野責任者:神経工学は今、爆発的な勢いで成長しています。5年前までこの学会でこの分野は存在すらしていませんでした。それが今、世界中から研究者が集まってきています。
 N:学会で最先端の研究者たちを驚かせる発表が行われました。肩から先を完全に失った男性です。この男性は考えるとその通りに機械の腕が動く。サイボーグ技術で腕をまるごと機械に置き換えることができました。これは世界で始めてのことです。


 第1章 脳の信号を使用するサイボーグ技術
 【アメリカ・テネシー州】 


 N:立花さんはこの男性の取材から始めることにしました。ジェシ−・サリバンさん(58歳)。4年前、7,000ボルトの高圧の電線に触れ両腕を失いました。立花さんは「考えるだけで腕が動く」とはどのようなことなのか、その点をもっとも確かめたいと思いました。
 機械の腕はこの胸に取り付けられました。
 サリバン:胸の下にある神経の情報を読み取って腕が動くのです。機械を動かすスイッチのようなものはありませんでした(肩に装具着用)。
 N:サリバンさんは機械の腕をかつての自分の腕と同じように自由に動かせる、と言います。(片手で掃除機を動かし室内を掃除する)。
 腕を動かす・・脳からその指令を伝える電気信号の流れです。サリバンさんは腕を失いましたが、肩までその神経が残っていました。これを胸の筋肉に付け替えました。電気信号は胸に届くと筋肉を動かします。このとき筋肉から出る電気信号をコンピュータで読み取り、考えたとおりに腕が動くのです。
 立花:胸を触られた時、どう感じますか。
 サリバン:胸を触られると自分の腕を触られたように感じます。
 立花:触ってもいいですか。
 サリバン:そこ(乳首の辺り)はほとんど感じません。もう少し上を触ってみてください。そこです。そこ(鎖骨の下辺り)は手首の付け根です。ちょうど皆さんが腕時計をつけるあたりです。私の胸のいろいろなところに自分の腕のいろいろな部分を感じます。そこは肘の辺りです。
 立花:本当ですか。ここが肘だそうです。
 N:サリバンさんは機械の腕を使っているうちに、そこに自分の腕があるという感覚がよみがえってきたといいます。
 立花:機械の腕がうまく動いている時、どう感じていますか。
 サリバン:あなたが手を開くのと同じように、私も手を開くことが出来ます。あなたには見えませんが、私には私の腕や手も見えるのです。あなたと同じように心の中で開けたり閉じたりしているのです。

 N:サイボーグ技術が急に進んだのは、人間の脳から出る電気信号を読み取る技術力が飛躍的に高まったからです。脳から全身に流れる膨大な数の神経。電気信号を逆に、神経を通して脳に送り込み、身体の機能を補うことにも成功しています。



 立花:次に私が会ったのはサイボーグ技術により目を機械に置き換えた人です。
カナダに住むイエンス・ナウマンさん(42歳)、この人は22年前に失明し、3年前から機械の目を持つようになりました。見るという視覚能力は人間の感覚の中でもっとも多くの情報を脳に運ぶ情報ハイウェイです。
 目を機械に置き換えそれをデジタル情報処理できたら、その技術は無限の応用可能性を秘めているといわれます。<22年前、機械の破片が目に入り失明>
 字幕:「サイボーグ技術はどこまで進んでいるのか。会うことで確認したいと思いました。
 子どもの顔が見たい、と3年前に手術を受けた」
 N:22年前に失明したナウマンさん。新しい目はメガネに取り付けられたビデオカメラです。映像は腰に付けたコンピュータで電気信号に変えられます。これからこれを(頭部に開けられた端子に)つなぎますので見ていてください。髪の毛が挟まらないように全部除けていきます。
 立花:何から何まで一人でやるんですか。
 ナウマン:ええ、もちろん。これについては人に助けてほしくないんです。いわばわが子のように大切なものなんです。
 N:メガネについたカメラがコンピュータ。カメラの映像が脳に送られます。
 ナウマン:さあ、装置が立ち上がりました。音が聞こえました。これから電圧をゆっくりと上げていこうと思います。ここで光の信号が見えてくるまでゆっくりと頭を動かします。あっ、電圧が最高値に届いたのでしょうか。見えてきました。あなたがそこにいらっしゃるのが見えてきました。
 立花:私が見えるのですか。
 ナウマン:ええ。こことここに光の点が見えます。(屋外へ出て行く) あそこに木が1本立っています。枝が少し揺れているのが見えるからです。光が走るのです。
 立花:あの納屋はみえますか。
 ナウマン:いや、あれは見えません。遠くの景色を眺める時、山々が青くぼんやりと見えることがありますの。それと同じ状態なのです。

 N:メガネにつけたカメラの映像はコンピュータに送られます。そこで画像情報は人間の身体の中の神経と同じような電気信号に変換され、直接脳に送られます。それを映像として認識します。
これが脳に送られえいると思われる映像のイメージです。<イエンスさんが見ていると思われる映像のイメージ> 色は白黒だけで、映像を100個の点に分け輪郭だけを見ています。ナウマンさんが手術を受けた直後、手術を手がけた研究者が死亡し研究が中断しました。機械が老朽化し今ナウマンさんが見える点は100個から6個に減ってしまったといいます。
 立花:たとえ6個の光だけでも大きな意味がありますか。
 ナウマン:もちろんです。大きな意味があります。光が見られるだけでも、それは完全な闇ではないのです。私はこの目をつけて初めて帰宅した時、暖炉の炎が見えました。クリスマスツリーが見えました。家々の屋根のクリスマスのイルミネーションが見えました。光の点で見えました。本当に美しい光景でした。
 N:サイボーグ技術によって機械の目を作ろうという試みは今世界20以上の研究機関で進められています。



 【日 本】
 N:サイボーグ技術は今、医療や福祉の分野から産業の分野に広がろうとしています。
 筑波大学が開発を進めるロボット・スーツ。神経の信号をコンピュータで読み取り、ロボットに同じ動きをさせます。下半身に障害のある人の筋力を補い歩くことができるように開発されました。人の筋力を最大10倍に増やします。<災害時の復旧工事や建設現場での使用も検討>
 山海嘉之教授(筑波大学システム情報工学):
 今まで人類ができなかったことがドーンとできる分野が広がってくる、ということになります。人間が得意な部分と機械が得意な部分、あるいは情報システムが得意な部分が一緒になって、それぞれが持っている部分よりも遥かに機能が向上した部分が出来上がっていきます。<今年、実用化の予定>



 立花:これは取材すればするほど、またものすごく不思議な気持ちになってくる取材なんですね。いったい何が起きているのだろう、これはどういう方向に向かっているんだろうという、脳の中でどういう情報、どういう命令が出て身体に動きを伝える、そういう身体の運動機能の発現がどういうプロセスでどのように進行していくのかを研究していった結果、その情報系をうまく使うというか盗み取るというか、応用的に使うと、何かとんでもない、ものすごく大きな可能性が出てきたということなんですね。しかもその可能を工学的な技術を利用して、医学のいろいろな知識を加えると、とんでもない新しい世界が今生まれつつある。それがどこまで広がるか分からない。

 N:失われた体の機能を補う目的で発達したサイボーグ技術。ところが脳と機械が結びついた時、脳そのものが大きく変化したことが分かってきた。


 第2章 脳は機械に合わせて進化する

 N:サイボーグ技術が人間の脳をどう変えるかを研究している横井浩史助教授(東京大学精密機械工学http://www.arai.pe.u-tokyo.ac.jp/research/intro05/all-j.htm#dcm )。
 笠井ヒロ子さんは事故で右手を失いました。この研究室が開発した機械の手を今年6月から使い始めている。
 立花:ここをギュっとできますか。
 N:笠井さんの機械の手もサリバンさんの機械の手と同じように脳の信号を読み取って、脳から出された手を動かそうという信号が腕の筋肉を動かします。コンピュータが表示しているのは腕の筋肉が動いた時に出る電気信号です。その信号を拾って、笠井さんが考えたように動きます。
 この機械の最大の特徴は、物に触れたときに触ったかどうかが分かるセンサーを取り付けたことです。どれくらいの力でものを掴むのか。実際の生活ではとても重要です。
 N:【北海道津別町】 笠井さんは夫、建夫さんの協力を得て日常生活で訓練を始めました。7年前、事故で手を失って以来、握ったことを笠井さんが認識できるのははじめて初めてのことです。訓練を重ねるうちに笠井さんは機械の手で物を掴む能力を徐々に獲得し始めたのです。
 笠井:トレーニングしていくうちに、だんだん自分の手がここにあるという感覚が強くなってきて、いつまでもなくならないようになってきました。
 N:訓練を始めてから1ヶ月。笠井さんの脳の変化が調べられました。MRI、脳の働きを調べる画像診断装置です。MRIが出す強い磁気の影響で壊れるのを防ぐため、機械は隣の部屋に置かれました。笠井さんの腕から出た電気信号は、ケーブルからコンピュータに送られ機械の腕を動かすというシステムです。
「はい、握ってください」。指示に従い、笠井さんは頭の中で手を握ろうとします。
 N:1ヶ月前、機械の手を使い始めた時の脳です。赤いところが活動している部分です。脳の部分が活動しています。脳が混乱しながら手を動かしていた、と横井助教授は考えています。
 1ヵ月後、驚くべき変化が現れました。脳は普段手を動かすのに使うのとほぼ同じ領域だけを使っていました。センサーを通して物を握る感覚を覚えたことで、脳は機械の手を自分の手として捉え始めた、横井助教授はそう見ています。
 横井:これが安定しますと、領域的に非常に限られてきます。何かに強く反応が出てきて。

 N:機械から感覚が送られると、なぜ変化していくのでしょうか。
 【東京大学工学部・満渕(マブチ)研究室http://www.mels.ipc.i.u-tokyo.ac.jp/ 】
 N:立花さんは機械からの感覚を自らの脳がどう感じるのか体験することになりました。医師が針電極を立花さんの腕の神経に刺しました。狙ったのは指から脳に伸びる触角神経です。横に置いたロボットの指、その指の先の圧力センサーを押すと、コンピュータによって人間の身体に普段流れている電気信号に変えられます。この電気信号が針電極を通して立花さんの腕の神経から脳へと伝わる仕組みです。立花さんの手は、何も触っていませんが、機械の指の圧力センサーが触られたのと同じように感じているのです。
 立花:これを何度もやっているとそのまま自分のものになっていくんだと思う。
 N:自分がそれと認識しながら機械の感覚を受け入れていくと、脳はそれにしたがって急速に適応していくという実感を立花さんは持ちました。



 N:人間の脳が持つこの驚異的な力を、実証している少年がいます。小学校4年生の悠太君(9歳)です。生まれた時はほとんど耳が聞こえませんでした。
 「せみの声が聞こえる?」、うん。「どんなふうに聞こえる?」
 悠太:「だからカラカラとかジージーとか」。
 N:3歳のとき、悠太君は音の世界を機械で獲得しました。頭の中に、人工の耳、人工内耳が埋め込まれています。
 悠太:ここに磁石があって、・・・
 N:悠太くんはこの装置のマイクで音を拾っています。悠太くんのレントゲン写真。音を大きくする補聴器と違い、人工内耳は頭の中に埋め込まれています。音はコンピュータで電気信号に変えられて、聴覚神経に直接流し込まれ脳に送られています。
 これが人工内耳です。音はこの人工内耳がもつ22の電極と呼ばれる接点を通して神経とつながっています。銀色の輪のように見える金属の部分が22個の電極です。同じ役割を果たす人間の耳の中の細胞(有毛細胞)です。その数はおよそ1万5000。それに対して人工内耳の数はわずかに22個。それでも音が聞こえるのは、脳が変化し、不足する情報を補って新たな能力を獲得しているからだと考えられています。
 「先生、こんにちは」「こんにちは」。手術前の悠太君です。補聴器を付けても言葉を正確に聞き取ることが出来ませんでした。幼い子に機械を脳に埋め込む大手術を受けさせて良いかどうか、両親は悩んだ末、人工内耳を決断しました。
 手術直後の悠太君です。音に反応しはじめました。
 悠太君が6歳の時まで通っていた訓練教室。今、3人に1人が人工内耳をつけています。人工内耳は手術を受けたあとも、1人ひとりに合わせた長期間の訓練が必要です。
 手術から1年後の悠太君です。
 手術から2年後。
 悠太:「・・・・どんどんピリピリとしなくなって、うるさくなくなって、声が聞こえるようになった」
 N:悠太君は今、自分から進んでバイオリンを習っています。人工内耳の子どもがここまでできることはきわめて珍しいことです。人工内耳を受け入れた悠太君の脳は、・・



 N:機械と結びつくことでもたらされた人間の脳の変化は意図せざるものでした。そしていま、サイボーグ技術は脳そのものを意図的に調整することに踏み込んでいます。


 第3章:脳が機械で調整される

 N:胸に埋め込まれたコンピュータから電気信号が送られ脳を刺激しています。
(アメリカ・オハイオ州・クリーブランドクリニックhttp://www.clevelandclinic.org/ )
 Cleveland Clinic one of the nation's top four hospitals in its annual "America's Best Hospitals" survey.2005
 脳を機械で調整する技術が今、医療の現場で急速に広がっています。
立花さんが訪ねたのはアリ・リザイ医師(Ali R. Rezai, M.D., 脳神経外科)です。リザイ医師はコンピュータと脳に伝える電極を取り出しました。これが実際の電極です。こうやって脳に入ります。これは「脳深部刺激療法」と呼ばれる治療法です。病気の症状を引き起こしている部分に脳のペースメーカーとも呼ばれる装置で電気の刺激を与えるというものです。ここ(中脳?)を刺激するとパーキンソン病がなおります。この部分(脳幹?)を刺激するとジストニアという病気が治ります。場所を変えるだけでさまざまな病気が治ります。
 脳深部刺激療法はパーキンソン病やジストニアなどの患者に全国で30ヶ所ほどの医療機関で行っている(日本メドトロニック社のHP参照 http://www.medtronic.co.jp/ 病院リスト:http://www.h2.dion.ne.jp/~park/index1/DBSlink.html )
薬によるどんな治療をしても救われない人たちがこの治療により救われているのです。リザイ医師は立花さんにビデオを見せました。身体の動きをコントロールできなくなったジストニアの少年です。これは手術前の映像です。非常に優秀で成績もクラスで1番ですがジストニアです。ごらんのように彼は足のコントロールが出来ません。手と足が勝手に動いてしまうのです。そしてこれが手術1年後の映像です。
 立花:信じられません。<自転車に乗り、プールで泳いでいる>
 リザイ:泳いでいます。彼は足にまだ問題がありますが、今ではサッカーをすることもできます。この技術がどんなに役立つのか、これはほんの一例にすぎません。

 N:立花さんはリザイ医師の紹介で患者を訪問することになりました。立花さんの目の前に馬に乗って現れたのは51歳のドナルド・ニコルさんです。見たところ普通の人とまったく変わりがありませんでした。11年前に体の震えがとまらず動けなくなる難病パーキンソン病を発病したというのです。 
 ニコル:夜トイレに行くにも妻に助けてもらわねばならず、手と膝で這いずり回っていました。私は、家に閉じこもっていました。誰にも見られたくなかったのです。(ハンドミキサーでボールのバターをかき回している)
 妻のカレンさん:ニコルさんの症状が進行していたとき二度と元の生活は取り戻すことは出来ないと考えていました。1人の男性と結婚し、その人が病気でどんどん悪くなるのをすぐ側で見ていることはとても辛いことでした。そして今、生まれ変わった男性と生活しているのです。とても不思議な人生の旅です。
 N:ニコルさんの脳には今も電気信号が24時間送られています。その効果を見せたい、とニコルさんは自らリモコンの電源を切りました。「こちら側を切りました。右側も切ります」 5分後、異変が現れました。「私のほほの筋肉が垂れ下がってきたのがわかりますか」
 N:この治療法は病気を完治させるものではありません。電源を切ると元の体に戻ってしまうのです。「こんなふうになるなんて信じられないでしょう」「もう普通に話すこともできません」
 立花:「電源を入れたほうがいいのでは」「もう元に戻りましたか」
 ニコル:「私の笑顔が見えますか」。(椅子から立ち上がり室内を歩き回り、後ろ足で戻る)
 「奇跡みたい」この技術はすばらしい。
 立花:病院であなたの主治医リザイ医師に会いました。多くの患者の映像を見せてもらいました。信じられませんでした。まさに奇跡だと思いました。
 ニコル:ええそうです。先生に会ったとき私は生きる意味のある生活をしたいんだ、と言いました。先生の返事は心を揺さぶるものでした。先生は「あなたの人生を取り戻してあげることが出来ると思う」といいました。だが、脳の手術なので、脳卒中の危険も、また死にいたることもあるといいました。私は先生にいいました。今のままでは悪くなる道しか残されていません。このままなにもせず、ただ手をこまねいたまま一生を終わりたくはないのです。
 N:人生を取り戻したリトルさん夫婦。手術を受けた人はこれまでに2万人に上るとも言われている。



 〔東京・板橋、日本大学板橋病院(脳神経外科:片山容一教授〕〕

 N:日本でも脳を機械で調整する手術が行われている。西郡修子(ニシゴオリノブコ)さん。パーキンソン病に20年以上苦しんできました。筋肉の強張りと痛み。2年ほど前から1日中ベッドで過ごすようになりました。「何か、とめてないと倒れちゃうからね」(夫)、西郡さんは夫に支えられてようやく歩くことができます。(夫が妻の足を自分の足で前にずらして歩行している)
 西郡さん:体が痛いの。あとは、たまにしか出て行かない、自分の行動がね。
 N:この夏、手術を決断しました。パーキンソン病特有の震え。意識のあるまま西郡さんの手術が行われます。
 人の脳は電気信号をやり取りしてさまざまな情報を処理しています。パーキンソン病患者の脳には異常な信号を発する部分があります。ここに電極を入れ、電気刺激で異常を押さえるのです。電極を差し込む目標は脳の中で厚さ5mmしかない部分です。長さ30cm近い電極。これが頭蓋骨に孔を空けたあと、ゆっくりと脳の中に差し込まれていきます。脳に入れた電極に電気を通します。1ボルトです、2ボルトです。・・・西郡さんの手と足に劇的な変化が現れました。「手が止まりましたね」「足も止まった」「じゃー、こちら、(掌を)グーパー・グーパーしてみてください」「そう」「いいですね」「左手はどうですか。前と比べて軽くなりましたか」「今、刺激しているんだけど」。「軽くなった」(西郡)。
 2週間後の西郡さんです。自分の足で歩いていました。「びっくりしたよ」(夫)。
 「こうやって一緒に歩けると思わなかったよ」「本当に。ありがとうございます」



 N:サイボーグ技術が踏み込んだ脳の調整という治療法はどこまで広がるのでしょうか。脳深部刺激療法は今、薬の効かないうつ病や強迫神経症や精神の病でも臨床試験が始まっています。
 この分野の世界的権威、カナダのアンドレ・ロザーノ医師(脳神経外科)を立花さんが取材しました。我々が発見したのは(脳の)CG25という部分です。悲しいときにはここが非常に活性化します。我々は「悲しみの中枢」と名づけました。赤く表示されたCG25.悲しいときだけに活性化され、ここがうつ病の原因と考えられました。電気刺激を行うと11人の患者のうち8人の症状が改善したのです。
 手術前のうつ病患者の映像です。「ブラックホールに取り残されたようです」。
 3ヵ月後の映像です。「すばらしいです」「人と話すことが多くなり、電話に出ることもできます。何年もいっていなかった買い物にも行きました。いろいろなことを自分で決断できるようになりました。」
 この女性にうつ病の症状は殆ど見られなくなったといいます。
 立花:私はショックを受けました。人間の心はこんなものだったのか。想像したこともありませんでした。まるで機械のようではありませんか。このような方法で精神の病を治療できるのなら、人間について考え直さなければなりません。
 ロザーノ:これは哲学的な問題です。脳は複雑な組織でどう機能するかについては今も完全には理解できていません。ただ、確実に分かっていることは、患者の脳の中に嵐を引き起こしている部分がある、ということです。
 立花:別の感情の中枢を見つけたらどうなりますか。幸福感などもコントロールできますか。
 ロザーノ:ほかの部分にも効果があることが次第に分かってきています。ですから、ほかの感情にも効果を上げられる可能性があります。



 立花:取材すればするほど、この新しい脳科学の展開というか、神経科学の新しい展開に驚くことの連続という印象を受けました。それは非常にポジティブな可能性がものすごく広がっている技術であるとともに、この技術の進展がこのままでいいのだろうかと心配させる側面もあるわぇです。常に技術の両面と見据えながら取材していかなければいけないな、と今思っているところです。



 第4章 脳とすべての機械が直結した
 
 アメリカは21世紀の覇権を握るため、サイボーグ技術の研究に国をあげて取り組んでいる。米国国防総省高等研究計画庁DARPA: Defense Advanced Research Projects Agency。アメリカ軍の巨額な資金が投入され、先端的な軍事技術の開発を一手に行っています。ダーパ(DARPA)はサイボーグ技術を使って兵士の能力を極限まで高めようとしています。
 DARPAトニー・テザート長官:不可能に見えるかもしれませんが、我々は腕を失った兵士が能力を取り戻し、考えるだけで動く機械の腕を開発しています。あなた方の新鮮なアイデアがほしいのです。私たちに挑戦的なアイデアを持ってきてください。
 軍事科学者:私は戦場の兵士のために神経科学を役立てます。
 米軍将校:我々は革命的な科学技術を発展させていきます。今後も世界で最も強力な軍隊であり続けます。
「DARPA年次報告書」
 DARPAが今、軍に底知れない利益をもたらすとして注目しているサイボーグ技術があります。「脳コンピュータ・インターフェース」。脳とコンピュータを直結させ、あらゆる機会を習字に動かせるという技術です。
 これまでのサイボーグ技術は、脳からの電気刺激を体の筋肉から拾っていました。脳から直接信号を読み取るのは技術的に不可能だと考えられてきました。
 <脳細胞のイメージ>
 数千億を越えるとも言われる脳細胞があるからです。脳コンピュータ・インターフェースは脳の指令となる電気信号を脳細胞から直接読み取ることに成功したのです。

 〔アメリカ・ニューヨーク〕
 世界で初めてその技術を開発した研究者を立花さんは訪ねました。ジョン・シェーピン教授(John Scheypin? ニューヨーク州立大The State University of New York学、神経工学)。20年以上にわたってこの研究に取り組んできました。シェーピン教授が立花さんに見せたのは、脳からの情報を取り出すことに成功した装置です。この16本の電極を脳に直接刺しました。
 シェーピン教授が考え出したアイデアです。脳の中には体を動かすことだけを司る部分があります。この電極をその中でも腕を動かす部分に刺します。膨大な脳細胞があります。わずかな数の電極でここから腕を動かす情報だけを取り出すというのです。
 シェーピン:驚くべきことでした。脳コンピュータ・インターフェースが示した驚くべき事実です。僅かな神経の記録を取るだけで、8割から9割の腕の動きを推測できたのです。
 N:情報を初めて取り出すことに成功したのはネズミの脳からでした。ネズミの脳から取り出した電気信号。1本の色の線が1つの神経から取り出した信号を表している。コンピュータで解析するとネズミの前足の動きが予測できました。取り出した信号を利用できないか。教授はさらに実験を繰り返しました。その結果できたシステムです。レバーを押すと蛇口が出てきてネズミが水を飲むことが出来ます。次第にネズミは学習し、水を飲みたいときは前足でレバーを押すようになりました。このとき、ネズミの脳に電極を差し込みます。水を飲もうとしてレバーを押したときに出る脳の信号を記録します。レバーを押すと蛇口が出る回路。このあとその接続を切りました。蛇口をレバーの信号ではなく、脳からの信号で動く回路に切り替えました。ネズミは前足でレバーを押します。その時、脳から出る信号だけでコンピュータが作動し、蛇口が動いて水が飲める仕組みにしたのです。シェーピン教授が考えたとおり、脳から取り出した信号だけでネズミは水を飲むことが出来たのです。
 このあと、予想もしないことが起こりました。ネズミが前足を動かさないで水を飲んでいたのです。ネズミの脳は前足を動かさなくても動かしたのと同じ信号をコンピュータに送れるようになっていたのです。
 シェーピン:そんなことはありえないとそれまで考えていました。ふとネズミのほうを見たとき、蛇口のほうを動かしていたのです。私は驚きの声を上げました。本当に動いていたのです。
 N:シェーピン教授はネズミの脳が発達したのではないかと考えています。脳の指令だけで外の機械を動かすことが出来たのです。



 N:脳コンピュータ・インターフェースは開発競争が世界中で始まりました。
 <アメリカ・ペンシルバル州、ピッツバーグ大学 University of Pittsburgh>
 N:ロボットの腕。この大学ではサルの脳から取り出した信号だけでこれを動かしました。サルの脳には100本にものぼる電極が埋め込まれています。サルの脳はコンピュータに合わせて活動し始めました。考えるだけでロボットの腕を上下左右に自在に動かし、餌をつかんでいます。10年以上のサルでの実験の積み重ねの上で、アメリカ政府はついに人間での使用を去年初めて認めました。
 マシュー・ネーゲルさん(男性)、25歳。頚椎を損傷し首から下を全く動かすことが出来ません。頭の上のこの装置で脳の中の情報を直接取り出しています。これが脳の腕をうごかす部分。そこに刺さっている電極です。電極からの情報はこの(頭部に開けられた)コネクターを通して外に送り出されます。ネーゲルさんの脳は発達したと見られ、今や腕を動かそうと思うのでなく、コンピュータのカーソルを動かそうと考えるだけで線が引けます。ネーゲルさんは脳からの信号でテレビのスイッチを入れ、チャンネルを変えてきます。考えただけでロボットの手の操作が出来ます。この技術を使えばコンピュータのネットワークに接続した機械は世界中どこにあっても考えただけで動かせることになります。



 N:脳コンピュータ・インターフェースの軍事利用が始まろうとしています。シェーピン教授が今開発している「ロボラット」です。(http://www.forteantimes.com/articles/186_animalmachines1.shtml )
 ネズミの脳には外からの指令を送り込む電極が埋め込まれています。この電極に無線で信号を送ります。リモコンとなっているパソコンの操作どおりにネズミは右・左と動きます。リモコンで命令を送ると、高いところが嫌いなネズミがはしごを登っていきました。ネズミはこうした動作を嫌がることなく行っていきます。ネズミを右に行かせたいときは、右のひげの感覚の部分を担う脳の部分を刺激します。そして指示通りに右に行くと快感をもたらす快楽中枢を刺激するのです。いわば報酬です。こうしたことをくりかえした結果、指示通りに動くようになるのです。
 迷路のような複雑な場所でも、指示したとおりに、「ここを戻ってここから出ます。右、左、左・・・、いいぞ、右、・・」。
 シェーピン教授はロボラットの背中にカメラを積みました。脳を操られたロボラット。シェーピン教授はサルでも成功しました。
<ロボットラットの実用実験>
 アメリカ国防総省はこの研究の支援を続けている。



 サイボーグ技術は脳の機能を新たに作り出そうとしています。1人ひとりすべて違う記憶。記憶は脳の海馬と呼ばれる部分を通って行われるとみられています。この脳のシステムを人工的に作ろうという試みが行われている。
〔アメリカ・カリフォルニア州、南カリフォルニア大学〕
http://www.newscientist.com/article.ns?id=dn6574
 ネズミの海馬をまだ細胞が生きているうちに切ります。厚さ1mm以下の切片にします。きった海馬の画像です。この切った海馬の中を流れる電気信号を解析します。それと同じように電気信号が流れる単純なICチップを作り出すことに成功しました。「海馬チップ」。
 海馬の機能により近づけるために、何枚にも切って同じようなIC回路を作っていきます。最終的に1つにまとめチップを人間の脳に埋め込む計画です。記憶をパソコンに保存したり交換することも考えています。
 セオドア・バーガー教授(Theodore Berger南カリフォルニア大学University of Southern California、神経工学):私たちの海馬チップは単純なものですが、例えば人工内耳のことを思い出してください。人工内耳では簡単な情報でも脳がどんどん学習していきます。同じことが記憶のシステムでも出来ないとは思えません。脳の機能を広げることは非常に理にかなっていると思います。後ろに下がったりためらったりする必要はないのです。
 立花:この技術を脳の機能を拡大することに使えるとしたら、あなたはその先に何をみているのでしょう。
 バーガー:脳のことがもっと分かれば、脳の情報処理速度を高める加速器だって作り出せます。でもそれは社会が決めることです。技術を使うべきなのか、使うのならどこまでなのか、社会が決めることなのです。



 サイボーグ技術は、今、脳の中でその働くシステムが分かってきた部分については機械に置き換え徹底的に利用しようという動きが広がっています。脳をどこまで変え、利用してよいのか。アメリカでは大統領の倫理委員会が設けられ、国を挙げた本格的な議論が始まっています。立花さんは最後に、この問題で法的・倫理的な面から積極的に発言しているグリーリー教授への取材を行いました
 立花:この技術は脳の機能を変化させます。脳が変化すれば、人間の人格すら変えてしまうのではないでしょうか。
 ハンク・グリーリー教授(Hank Greely, director of Stanford University's Center for Law and the Biosciences、神経倫理):脳は人間の中心にあるため問題があるのです。脳を変えすぎた場合、それでも人間は人間という種に属するのでしょうか、それとも違う種になってしまうのでしょうかを決めることはとても難しいことになってきます。さらに、人間を超えたものに変わっていくとしたら、それが良いことなのか悪いことなのか、その答えを私は持っていません。この技術が本当に広く人間に使われるまでに、あと数年しかありません。世界中の人たちがそれがもたらす社会的影響の問題に意見を述べ合い論じ合うべきだと思います。話し合いが早すぎることはありません。

 <ヒトはどこに行くのか・・・立花 隆>
 立花:サイボーグというのは、人間と機械をある意味で融合する技術だと思うんですが、それが本当にこの社会の現実になっているということを、この番組を通じてお伝えできたと思うんです。しかしその技術の先がどうなっているのだろう、それを考えると1つの方向として、例えば脳とコンピュータを直接つないでコンピュータを操作する、現実に技術が進んでいます。それが可能になると、現代社会はコンピュータであらゆるものが動いている社会、脳だけで体がまったく動かない人ですら脳だけでこの世界とあらゆる関係を回復することが出来るようになるわけです。コンピュータだけではなく、人間サイボーグ化の方向で使うあらゆる技術がどんどん精巧なものに今なりつつあります。そしてどんどん小さなものになりつつあります。ですから、人間サイボーグ化はほとんど目に見えないくらいの部品となって、人間の体にこれからどんどん入っていく。この技術は非常に広く使われる技術になると思う。そのときこの技術が違う方向、例えば軍事技術のほうに使われたりすると、とんでもない、人間にスーパー殺人マシーンのような能力を与えたりする訳です。ですから、この技術はこちらの可能性を追えば人間にすばらしい可能性を与えるけれども、反対の方向に行ったら人とんでもない破壊本能を人間に働かせる方向にも行くわけです。スタンフォード大学のグリーリー教授がおっしゃっていたように、いまこそ我々はこの技術を直視して、一体この技術をどっちの方向に持っていくのか。そういうことをみんなで真剣に議論しあわなければならない時期に今まさに来ていると思うんです。
 まさにこの技術はほんとうに5年前にはなかった技術が今、ワァーと爆発しそうになってきているといわれるこの時点、この時点だからこそ今、そういう議論をする必要があると思うんです。


 特集 NHKスペシャル補遺 - SCI(サイ)
http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/sci/project/nhksp/

〔了〕