米国脊髄損傷資料集

■ II―1 各種刊行物から


1.科学者たちは4つの点で進歩した

 Anita Manning US TODAY紙 1998/5/4

  長い間、脊髄損傷とは1つの事を意味した。つまり、すぐに悪化する肺炎や、事故にあったら残りの人生は椅子の上で過ごす運命にある、ということだ。

  脊髄損傷は"治療ができない"と2500年まえのエジプト人は書いていた。また、10年くらい前まではこれに挑戦しようとする人もいなかった。数人の若い研究者達が袋小路に陥ると信じられていたこの研究に人生をかけるにすぎなかた。人々を驚かせるような発見により、これが劇的に変化した。アメリカ麻痺協会の研究長Susan Howleyは言う。

  「この5〜7年の進歩は本当にあっという間です。あと数年のうちに研究や人間を含む臨床の動きに革新的なことが見られるでしょう。」ニュージャージーにあるRutgers大学の神経科学センター長Wise Young氏が言うには、進歩は次の4点でおこっている。


▼1 神経の損傷の軽減

  1990年以来、メチルプレドニゾロン(ステロイド)は一般的な治療薬であった。この年の研究で、受傷後8時間以内にこの薬を服用した人は細胞膜に対する損傷が少ないということが示されたのだ。この細胞膜は神経細胞の死の一因となっている。またこの薬は傷のまわりの炎症を軽減し、神経への損傷の要因となる免疫細胞の活動を抑制する。

  ほかの薬もテストされている。そのなかにGM-1ガングリオシドがある。 これは二次損傷を防ぎ、受傷後の傷付いた神経細胞の回復を促進するようである。最近の研究では受傷後24時間以内にメチルプレドニゾロンを投与し、その後の6〜8週間、GM-1を投与するのがよいようである。

  薬物療法で、次の2箇所の場合のように脊髄に支配されている機能を回復させることができる。たとえばC2(首の付け根)を怪我した患者がC4(背中の下部へと興奮を伝える)の機能を回復できた。


▼2 神経細胞の取り替え

  神経細胞は傷を癒すための分裂をしないので、傷を負った場所に細胞を移植することが考えられている。胎児の神経細胞移植は動物では成功したが、人間では倫理的な意識があったり、拒絶の可能性がある。それで科学者達は組織移植で神経細胞を作り出すことを考え出している。またある種の幹細胞(分化していない細胞で神経細胞に分化しうる)の使用を調べている。


▼3 軸索の再建

  軸索は電気的刺激を伝える長い神経細胞である。軸索が傷付くと、運動性支配と興奮が失われる。末梢神経系(脳と脊髄と網膜以外の神経)の細胞は再建する事ができる、ということは知られている。この細胞がラットの脊髄の切断端に移植され、神経繊維が成長するように成長因子を注いでも、最近までは神経繊維が脊髄で広がることはなかった。しかし5月15日に発行のJournal of Neuroscience では、脊髄で神経繊維が初めて再建されたことをつたえている。


▼4 残った神経繊維機能の促進

  受傷後に再び機能するように神経間の結合を確保する試みがなされている。多くの場合、うまく機能しない理由の1つはミエリン鞘の損傷である。ミエリン鞘は神経繊維を被っていて神経に沿ってシグナルの変化を増やしている。研究者達は4-アミノピリジンという薬をテストしている。これは一時的にミエリン鞘に働きかけて筋肉の応答を促進させる。

  「より長く効かせるにはミエリンの再建とミエリンを再建した細胞の移植を刺激するような薬が必要だ。」とヤング氏は言う。

 
セントルイス大学健康科学センターのXiao Ming Xu氏は語る。

  「研究者にとって刺激的なことは、人は神経繊維の機能の100%の回復を必要としているわけではない、ということである。10%回復できたら機能回復としては大変よい。」

  「あと4〜5年のうちに解明されるであろう一方で、まだ不明なことはたくさんある。まだまだ研究する必要がある。私は水晶のボールは持っていないが到達可能なゴールだと信じている。多くの研究者達が喜んでこの研究に挑戦し懸命に仕事をしていることに私はもっとも感銘を受ける。我々は、ラットを歩かせる治療法を有している。そして我々の課題は、こういった治療法を臨床で使えるようにすることである。

  治療はミサイルのようである。一度発射されるとターゲットに当たるのを願うのだ。」これはヤング氏の話である。 


2. 脳と脊髄の損傷 APA Reportより
 
  神経系は外からの損傷を非常に受けやすい。脳から体への情報が中断されると部分的に機能しなくなったり、あるいは完全に麻痺する結果となる。1990年代は"鋭い"治療により回復の見込があがった。この治療は損傷の原因となっている事故後数時間以内に行われる。研究者はこの治療を発展させ、能力を回復する方法を探している。

  一度受傷したら、中枢神経系(脳と脊髄)の神経細胞はそれ自体では修復も再生もできない、というのが長い間の科学的見地であった。しかしながら、1990年代の実験室での研究によりこの考えは打ち砕かれた。

  脳と脊髄ではある種の蛋白が神経細胞(特に軸索として知られている長い繊維)の成長を抑制しているのだ。スイスの研究チームはこの抑制蛋白を中和する抗体を考案した。1998年の研究で脳傷害をもつラットを使い、IN-1という特別に処理された抗体が脳や脊髄の損傷を受けていない部分で正常な軸索を増やす、ということを見出した。これらの新しい軸索は損傷を受けたものに取って変わり、損傷を受けた神経と対になっていたものと結合するようである。このラットは実験のために脳幹(脊髄と脳が結合するところで運動抑制のネキサス)を損傷しており部分的に麻痺していた。IN-1を用いた治療後、このラットは前足を使ってロープを上ったりえさの粒を掴む事ができた。"代償物の"増殖という新しい考えは、脳傷害のための治療に新しい方法を与えるかもしれない。

  脊髄の外傷に引き続いて起こる困難は傷自身よりも二次損傷によるほうが多い。二次損傷とは、傷付いた細胞が有毒な化学物質、特に神経伝達物質のグルタミンをまき散らすためにおこる。鋭い治療ではこの二次損傷を抑える。最近ではメチルプレドニゾロンというステロイドを服用して抑制する。無傷な軸索がたとえ少しでも損傷箇所は十分に機能することができるので、二次損傷を防ぐことは優先すべき治療である。

  1998年に、ワシントン医科大学の研究者達は新しいアプローチの可能性を見出した。彼等は希突起神経膠細胞と呼ばれる主たる脳細胞がグルタミンによって損傷を受けやすいということを発見したのだ。希突起神経膠細胞は実際に神経の刺激を伝えたりはしない。その仕事はミエリンをつくり出すことである。

  ミエリンとは軸索を取り巻く鞘で、電線に対する絶縁体のようなものである。ミエリンが損傷すると脳からのメッセージが途絶えるので、ミエリンの喪失は脊髄損傷や多発性硬化症での不能の主な理由となる。

  1998年の研究で、AMPA受容器の拮抗物質(これがグルタミンの硬化を抑える)が、発作や脊髄損傷を持つモデル動物の希突起神経膠細胞を保護していることがわかった。こういった化合物の安全性は臨床治験で調べられている最中で、中枢神経系の損傷に対する効果をテストするのも間もなくであろう。

  希突起神経膠細胞は1998年のもう一つの発見でも注目された。成長因子あるいはニューロトロピンと呼ばれる化合物(神経細胞に栄養を与え、保護している)は実験室で軸索が脊髄の損傷を越えて成長する手助けをするために使われてきた。しかしあるグループの研究では、ニューロトロピンが希突起神経膠細胞の成長を刺激し、増殖しつつある神経繊維のミエリンを増やすこともありうるということがわかった。そのグループは5種類のニューロトロピンを産生するための細胞を作り出し、その細胞を実験用の傷害を持つラットの脊髄に移植した。

  移植をした所は全て新しい軸索が成長していた。特にニューロトロピン3と脳に由来するニューロトロピン様因子という2つの物質ではミエリンとミエリンを産生する希突起神経膠細胞の増加が著しかった。こういった発見は中枢神経系の病や多発性硬化症のような脱鞘(注*)にとって重要な意味を持つかもしれない。
注* 1本あるいは複数の神経のミエリン鞘の崩壊、消失。

  軸索が通常どのように成長するかということに対する新しい見方は成長円錐を調べた1998年の研究に由来する。成長円錐は軸索の端における構造で、ここで神経伝達の案内となる化学物質に応答する。San Diegoのカリフォルニア大学の研究チームは、与えられる化学的信号はどれも引き付けるかはじくかのどちらかであるということを測定した。それを決定する因子は化学信号それ自体ではなく成長円錐の内部事情なのだ。

  さらにそれはサイクリックAMPあるいは GMPと呼ばれる脳細胞化学物質によって調整されている。成長円錐中のサイクリックAMPやGMPが減ると、通常活性化している信号がはね返る。サイクリックAMPやGMPが増えるとと、通常はね返る信号が活性化する。複雑な脳の発達の基礎となる神経化学のメカニズムの解明のほかに、軸索の成長円錐内での化学的バランスを巧みに扱う事によってこの研究は受傷神経の再生の見込みを切り開いた。


3. 軸索にあるミエリンの抑制因子(形成性を含む) 
   Andrew R. Blight Nature Neuroscience vol. 1 no.2 1998/6
 
  中枢神経系のミエリンの軸索形成を抑制する因子は、縦横している神経繊維の再建を制限することで主に知られている。しかし新しい研究から、傷を負っていない神経間の結合の発生や形成性を著しく抑えている事がわかってきた。

  ヒトの中枢神経系(CNS)においては軸索が再建しないため、神経科学では臨床的実験的な挑戦が必要とされている。下等動物の中枢神経と、哺乳動物の末梢神経を含む生物学的神経系の大部分では、適度な怪我であれば構造的、機能的に修復する。

  同様に考えて、中枢神経系の怪我も簡単な治療で済むと切望されてきた。10年前まで、この分野では傷に対する応答の際に、グリア細胞が変性し、脊柱の成長が妨げられているということに関心が集っていた。

  正常な、無傷の哺乳動物の中枢神経のミエリンで、軸索の成長を抑制する2つの蛋白が発見され、考えが大きく変わった。この蛋白はおおよその分子量に基づいてNI-35とNI-250というが、詳しい構造はまだ解明されていない。

  単クローン抗体のIN-1は、これらの蛋白の軸索抑制機能を阻止する。IN-1を使った実験的研究では、脊柱の再生が増したことと、連結機能の向上が示された。しかしながらこの技術を用いての再成長はかなり限度があり、他の分子も抑制のメカニズムに起因しているようである。脳の白質による抑制に対する神経的応答は、脊柱自体の固有の因子によるものであるようである。進化の過程で有髄神経束が分離し安定化したことと、特別な神経解剖領域での神経の結合と関係しているからではないかと推測されているが、成人の中枢神経での"通常の"成長抑制因子の重要性はまだ明らかになっていない。

  IN-1抗体を使った新しい研究で、形成性や厳格性や、哺乳動物の中枢神経における成長と機能的回復の関係の可能性についての考えが変わったようである。

  Thallmairらは、片側の脳幹中の脊髄皮質神経路の横断面を追っていく事により、ラットの前肢機能の回復についてIN-1抗体を使った治療の効果を調べた。治療をしないと対側前肢の運動制御は永久に失われる。しかしIN-1を選択するヒドローマ細胞を移植すれば、感覚及び運動の調整などの方法によって、傷害を受けた足でも十分に回復する。

  また脊髄皮質神経繊維や延髄皮質神経繊維が正中線をこえて増殖する、といった2次的な形成も見られた。受傷に対するこの反応は、無関係な抗体を分泌するヒドローマ細胞を移植された制御動物において、機能傷害が続いていたり構造的な形成性が欠けているのと対照的である。

  脊髄皮質神経路の役割は、そのアウトラインだけが分かっている。それはラットのように小さい哺乳動物では、かなりとらえにくい。脊髄皮質神経路は機能の正常化に役立っており、脳と脊髄の連絡路のほんの一部を成している。ラットでは脊髄皮質神経路は約40,000の有髄神経を含んでおり(それらは頚部の脊髄に下りている)、脊髄の運動機能と感覚機能の両方を調整する刺激を運び、特に前肢の動きを支えている。

  こういった神経繊維は、腰椎の脊髄に繋がっているものもあり、介在神経細胞と運動神経細胞(後肢の制御をも含む)を刺激する。さらに運動中に障害物を上手に越えるように手足を動かす触覚応答にも特に関わっている。

  構造的には、大脳皮質の左と右から下りた2本の神経束が脳幹の高さで交差して、反対側の脊髄灰白質の感覚神経と運動神経を刺激する。脊髄と同じ側へ下りる神経繊維は比較的少ない。主束に沿ってところどころ形成される側枝の一部が正中線を越え、両側の間の制御機構を共有している。この研究では側枝の増殖が見受けられた。従って対側の傷害による前肢機能の回復に矛盾はないようである。

  臨床的には、こうした結果のかかわり合いの解明は程遠いようである。また完全な機能回復は、もっとも興味のあるところである。たとえラットの場合の損傷による機能障害が人間の場合に予想されるよりもずっと少ないとしてもである。

  この現象が抗体だけに対する応答で、臨床で使える分子と摘出方法で達成されうるならば、怪我とある種の発作の治療ではすばらしい成果が得られるだろう。現在は脊髄皮質神経系に対する損傷のために、機能が破壊的なまでに損傷している状態なのだ。

  脊髄と脳の傷害において、形成性の向上は臨床的に有効であり、リハビリは残っている機能の活動を最大限にすることである。

  動物の研究から、脊髄の部分的損傷での機能の自然回復は、ある程度局在している脊髄回路の再生次第である。事実、脊髄の通路を再生するための様々な試みを報告した機能の回復は、損傷した軸索の再生と同じくらい、あるいはもっと多く脊髄の形成性を有しているかもしれない。
 
  化学的観点から、この研究の結果は感銘を与えなくはない。中枢神経が最大に機能するメカニズムを、我々がいかに理解していないかを思わせる。片側に傷を負った後、正中線を越えて正常な行動のバランスを回復する能力は、機能的な出力の結果と、神経基質を作り維持しているメカニズムとの間に強力なフィードバックがあるに違いない、ということを示唆している。

  このフィードバックの媒体を知るのも有効である。産まれたばかりの動物と幼児期の動物での共通点なのだが、IN-1によりあらわれた形成性は成体ではうまく機能しないミエリン蛋白によって隠されている、というのも面白い。

  多くの証明が次の考えを支持している。軸索側枝の形成と軸索の再生は異なるメカニズムによる現象である。しかし共通の抑制物質を共有している可能性はある。この抑制物質は、高等脊椎動物の成体における神経学の厳格な進化に、その存在理由があるのかもしれない。

  成体の神経系の機能には歳を重ねることへの形成性を残しているが、その他は子供時代に凍ってしまったようである。われわれは新しい曲を容易く覚えるが、生活スタイルはほとんど変わらない。また行動の一貫性という理由もあって、我々は個人を認識する。基礎となっている神経学的厳格さは、機能にはとても重要である。

  つまり、神経は付け加えられて広がりをもって再構築されているにも関わらず、バイオリンを手にしたことによりピアノを弾く能力を失ったりしないし、音楽を聞くことを学ぶことによって新聞を読む能力をが危うくなったりはしない。

  大脳皮質機能の進化とともに、高等動物の中枢神経系の活動は多様性、状況と環境、刺激に対する象徴的な表示、意志を含むようになった。簡単な生物は、行動がパターン形成源と反射弓により堅く結びつけられていて、どの段階でも形成性を残しておくことができる。幾分反直感的に、同じ情報チャネルを全く違うことに使う精巧な生物は、神経組織のある部分に形成性を打ち立てることが必要である。  

  高等動物は、末梢神経系においてと同様に、情報の流れがあいまいでない場合だけ、あるいは行動の柔軟性に対して形成性が欠かせない場合にのみ形成性を見出すことができるのかもしれない。それゆえに、幼児では贅沢な程の形成性が、その独特な環境に神経系を適応させるために必要なのであるが、成長するにしたがって徐々に抑制される必要がある。

  軸索の成長抑制因子を抑える能力は、行動の厳格さという現象についての切り口を与える可能性があるようである。IN-1抗体の臨床的潜在性を探す過程で、また神経系のなかで予想されていないレベルでのまだ発見されていない形成性を探す過程で、我々の失望の根源についてもっと判るかもしれない。


4.治療でラットの神経繊維が新しく誕生する
   The Washington Post 1998/5/19

  脳に損傷を受けたラットに実験的治療の注射を投与したところ、新たに神経繊維が形成され、ラットはロープを上ったり、えさの粒を掴んだり、前足をベトベトするテープから離したりすることが再びできるようになった。

昨日、このような報告があった。

  この研究は、人間の脊髄や脳の損傷に対する新たなアプローチにつながるだろう、と専門家達は言う。損傷を受けた神経繊維は、成人では再生することはないため、脊髄や脳の損傷は特に辛辣である。

  チューリッヒ大学のMartin Schwab氏らは、ラットの脳幹(ここで脊髄の上部と脳が結合している)の一部分を神経繊維にそって切った。これにより、ラットの前足の運動神経支配が破壊されてしまった。人間の場合、この領域はキーボードをタイピングするというような動きを支配している。

  雑誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」6月号では次のことが報告されている。「IN-1」という特別につくり出された抗体を投与された動物が、脳や脊髄の損傷を受けた場所にかわって、損傷を受けていない場所で正常な神経繊維を新たに形成した。この神経は増殖し新しい結合をつくった。この結合は正常のように見える、とSchwab氏は言う。損傷を受けた繊維も何らかの再生を示した。(25頁以降参照)
 
  受傷した神経繊維を治すというよりもむしろ補足的に新しい神経繊維の成長を促すIN-1の効力は発作の治療に有益であろう。


5.脊髄損傷のラットが部分的に回復
     Weizmann 協会による研究
     
    EMBARGOED FOR REI EASE 1998/6/29

◆ 革新的な治療により、麻痺状態のラットが
   後ろ足を部分的につかえるようになる


  イスラエルにある Weizmann 協会の科学者達は、7月に発行された Nature Medicine で報告された研究で、実験動物の脊髄損傷を部分的に治療することをこころみた。

  神経生物学部門の Michal Schwartz 教授が率いるこのチーム、は革新的な治療を用いて、脊椎の損傷のために麻痺していたラットの後ろ足を一部動けるようにした。

 Schwartz 教授は言う。

  「我々の実験の結果は将来有望である。しかし成功しているのはラットでだけてあり、人間に適応可能な新しい治療がなされるまでにはもっと多くの研究が必要である。」

  魚のような下等動物は、中枢神経系(脊髄と脳)の神経繊維が損傷をうけても、修復し失った機能を回復することができる、ということは昔から知られている。これに対し、人間を含む哺乳動物は、末梢神経の損傷だけしか修復することができない。従って脳や脊椎に受傷すると、哺乳動物は永久に麻痺するか、あるいは障害を負うことになる。

  新しいアプローチは Schwartz 教授の理論を基本にしている。その理論では、哺乳動物は中枢神経と免疫系の独特な関係のために進化の過程で修復能力を失った、と述べている。さらに、この喪失はおそらく免疫系の影響から哺乳類の脳を守るためであると Schwartz 教授は信じている。

  免疫細胞は通常、傷害を受けた組織を癒す手助けをするのであるが、脳に対しては個々の生活で構築した複雑で膨大な神経ネットワークを中断させる。一般的に、組織が損傷するとマクロファージとして知られている免疫細胞が受傷箇所に集り、損傷した細胞を除き治るのを促進する物質を放出する。この点について、哺乳動物の中枢神経系は異なっている。受傷しても免疫系による有効な援助はない。
 
  Schwartz 教授のチームは、これは哺乳動物の中枢神経系がマクロファージを抑制するメカニズムを持っているからだということをつきとめた。その結果、中枢神経系の傷に集るマクロファージは少なくなり、集ったマクロファージは十分に活性化されず有効に働けない。

  これらの発見により、研究者達はラットを使った実験をかさね、受傷した中枢神経系の修復能力の限界をなんとか克服し、マクロファージを増やして活性化させようとした。マクロファージを分離し、受傷した末梢神経とともに試験管で培養した。このマクロファージは、末梢神経からの信号をうけて活性化した。

  この段階で、活性化しているマクロファージを麻痺しているラットの中枢神経の損傷部分にもどした。この移植されたマクロファージは、損傷した組織のまわりに増殖を誘発する環境をつくった。その結果、以前は麻痺していた足に部分的に運動機能がよみがえったのだ。ラットは後ろ足を動かす事ができ、そのなかの数匹は、その後ろ足に体重をかけることができるまでになった。

  このような治療でおもだって革新的なのは、その動物自身の自己修復のメカニズムを促進している点にある。このため実際に新しい治療は、動物自身の細胞の使用という選択を提示している。人間のようにより高等な動物にこの方法を用いるにはさらなる研究が必要である。

  Weizmann協会の技術譲渡部門であるYeda Research & Development Co.Ltd.は、新しい治療の特許申請を提出した。この研究を促進し臨床で使えるようにするために、Yeda 氏は Proneuron Biotechnology Ltd.と契約をむすんだ。

  イスラエルの Rehovot にある Weizmann 科学協会は、世界最先端の研究所のひとつである。2,500人の研究者、学生、技術者、エンジニアが、知識と人類の向上のために基礎研究を続けている。病気や飢えとの戦い、環境の保全、エネルギー資源の利用に関する新しい方法が優先である。  


6.神経が"歩くこと"を学ぶのを観察する
Ingrid Wickelgren www.sciencemag.org Science vol. 279 1998/1/16

  脳においては、神経細胞間の結合を強めたり弱めたりする変化を学習によって調和する、ということは以前から研究者たちは知っていた。その結果、神経細胞の<形成性>は、事故で脳との結合を壊された後に歩き方を学ぶ脊髄の能力の基礎となっていると考えられた。しかし、運動神経での形成は観察されているが、脊髄の歩行に関する回路ではいまだに観察されていない。

  ネコを使った実験で、カナダのアルバータ大学の神経生物学者 Keir Pearson 氏らは、脊髄の運動系中の感覚神経は損傷を補うように順応しうることを示した。「反射を含む運動系をのぞむなら、この反射は軽減されるにちがいない。我々の研究では一目でこの種のことがわかる。」とPearsonは言う。彼のチームの研究結果は1995年と1997年の Journal of Neurophysiology に掲載された。

  Pearsonらは、ネコで足の筋肉からの刺激伝導路が歩行に与える影響を研究中に、偶然の発見をした。1994年、この研究の最中に、外側腓腹筋(LG)と呼ばれるふくらはぎの筋肉の感覚神経を切った。この神経が刺激されると、この神経が脊髄に送る信号が足の運動神経での応答を引き出し、この応答が足の位置を長くした。つまり歩いている動物の足を、しかもその場で伸ばしたのだ。これにより、足を踏み出すごとのタイミングを調べることができた。

  神経切断後数日して、神経を刺激しても通常ほど長く地面に足を置いていられないことに気がついた。同時に、ネコは再び普通に歩き始めた。そこで彼等は、脊髄でのなんらかの変化がLGの感覚神経の損傷を補ったのではないかと考えるようになった。

  これを示すために、ネコの成体10匹のそれぞれの後ろ足のLG神経を切断した。それから3〜28日後、ネコがトレッドミルを歩いている間に、LG神経とふくらはぎの別の筋肉(内側腓腹筋(MG))の感覚神経を両方とも刺激した。5日以内に結果ははっきりとあらわれた。 

  切断されたLG神経で足の位置を長くする能力は、制御する能力に比べずっと低かった。一方、MG神経の足の位置を長くする能力は増えていた。このようにして、神経回路は損傷により引き起こされた不都合を補うように変化していた。この変化は、脊髄で起こっていて脳で起こったのではない、ということを証明するために、Pearsonらは別のネコを使って実験をくり返した。今回は10匹中9匹の脊髄を切断した。今や脊髄は脳から切り離されてしまっているのに、LG神経の影響は同じように減少していた。ネコの中にはMG神経の効果が増えているものもいた。以上から、少なくとも形成性の一部は脊髄で起きていることがわかった。

  この形成性の基礎となっているメカニズムは、ほとんど分かっていない。Pearson氏は次のように推測する。歩行が<活動依存性の競争>を生み出すのだ。その競争では、同様の機能を有する2つの感覚神経が、例えば脊髄で競争する。一方の神経がその時に切断されると、脊髄神経とのつながりが弱まって、競争相手がより強い影響を持つことになる。

  歩行からくる感覚神経のフィードバックが、脊髄神経との結合の強さに影響を与えるなら、この種の形成性は運動神経のトレーニングによって対麻痺患者にみれたような、歩行機能の向上の基礎となるものであろう。感覚神経、あるいは運動神経の弱った部分を補うことによって(この場合末梢神経傷害よりむしろ脊髄傷害だが)、次の一歩にむけて足を伸ばしたり曲げたりするときを脊髄が覚え、患者の歩行のリズムをつくるのだ。


                     (西木裕美 訳)



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